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◇2◇ 風評被害でクビになりました
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◇ ◇ ◇
……少し時をさかのぼって、5月。
それはとても晴れた日のこと。
「リリス、申し訳ない。もう君をこの劇団に置いておくことはできないんだ」
その日、私は、沈痛な面持ちでそう告げられた。
相手は劇団長。幼児の頃から私がお世話になっている男性だ。
「……退団、ですか」
「ああ。ついこの間まで看板女優だった君を、こんなかたちで追い出すことになるなんて……」
たった1か月前まで、17歳の私、リリス・ウィンザーは、人気役者だった。
4歳で初舞台。14歳の時、初主演の歴史冒険活劇『ハルモニア一代記』がヒットした。
演技と得意の殺陣が評価され、それ以来次々に主役に抜擢された。
背が高めではっきりした顔立ちから、最近はいわゆる悪役令嬢の役が増え、
「悪役令嬢役といえばリリス・ウィンザー」
と芝居好きの人々からは評価されている。
中でも今年大反響だった演目が『悪役令嬢セレスティアーナの破滅』。
貴族令嬢の鑑と謳われた主人公が、婚約者の裏切りにあい、それでも彼を愛することを止められず狂気に囚われて恐ろしい悪女に変貌する、復讐と破滅の物語。
これが暗いストーリーと酷いバッドエンドにもかかわらず、劇団始まって以来の大ヒット作に。
私もびっくりするほどの数のファンレターを受け取った。
────だけど、築き上げたものが崩れるのは一瞬のことだった。
最新作の上演中、同じ劇団の女優ラミナが突然舞台に乱入し、私に、火のついたオイルランプを投げつけてきた。
商売道具の顔はとっさに腕で覆って守ったけど、炎は激しく服を燃やし右肩から二の腕にかけて深い火傷を負った。
高熱を出して幾日も寝込み……どうにか動けるようにはなったものの、右腕が肩より上がらなくなってしまった。
父は、治療費を出すのを渋って、私が寝込んでいる間に逃亡。
母は、絶望のあまり無理心中を仕掛けてきて、反撃するとそのまま姿を消した。
ずっと得意だった殺陣が使えなくなってしまったことが、両親の失踪以上にショックだった。
そしてその上さらに、私の役者生命を断つ問題が起きてしまった。
「────君も知ってのとおり、なぜか、恐ろしいほどデマが広がっているんだ。
リリスがラミナをいじめていた、今回の事件はその復讐だった、という、根も葉もない話が……」
「ええ、何人かに直接『自業自得だろう』と言われました」
ラミナが私を襲った動機は、まだよくわかっていない。
だからまったく心当りのない『いじめ』が動機だという噂を聞いたときは驚き、いったい何がどうなってそんな話が広まったのかと混乱した。
(もしかして、私の言動で何かラミナを傷つけてしまうようなことがあったのかも??)
……そう思って、私は一生懸命思い出そうともした。
それでも結局思い当たることはなく、むしろ昔からラミナに嫌がらせされたことの方が多かったことを思い出してムカムカした。
そもそも憲兵に捕えられた彼女の口からいじめなんて言葉が出てきたとは、当事者の私も聞いていない。
じゃあ、『いじめ』って話はどこから来たのか?
いろいろ聞いて回った結果、噂の連鎖がこれを生んだらしいとわかった。
『上演中に火のついたランプをぶつけて焼き殺そうとするなんて、普通の恨みじゃないだろ。
リリスはラミナにいったいどんな酷いことをしたんだ?』
……みたいなことを言う人から始まり、
『女優同士ってドロドロしてそう!
ねぇねぇ、もしこれがいじめの報復とかだったら、やった!ざまぁ!!って感じ!』
……みたいなことを言う人が加わり、
『リリスはあれだけ、悪役令嬢役がうまいものねぇ』
……といった言葉が媒体になって、
『え、リリスが役柄の悪役令嬢みたいにラミナをいじめていて、それでとうとうこらえかねてやった報復なんでしょ? 知らないの?』
『そうそう、むしろかわいそうなのはラミナだよな!』
と、なった。
どちらかというと自分、こどもの頃からいじめられてましたけど?
ついでに親からの虐待もありましたけど?
……と、すごく言いたい。
言いたいけど敵が不特定多数過ぎて、想像しただけで徒労感に襲われる。
「噂が広まって、なんでそんな女優を置いてるんだって苦情を言いにくるお客も出てきてしまって……。
本当に、怪我が癒えるまでゆっくり休んで、それからまた活躍してもらえれば、と思ったのに」
「…………人気商売ですから、仕方がないですよ」
言いながら、出そうになる涙をこらえる。
仕方ないなんて、そんな簡単に諦められる気持ちで芝居やってない。
だけど、この劇団のみんなも生活がかかっている。
私におきた悪評の分、どうにか立て直さなきゃいけないんだ。
「今までありがとうございました。お世話になりました」
「あ、少し待ってくれ」
団長は、手元から何かの書類と、紙幣を20枚ほど束ねたものを出してきた。
その書類は、銀行の手形だった。
「君のギャラは、両親がしょっちゅう使い切ってしまっていただろう?
だからギャラを値上げしたタイミングから、一部を君名義で銀行に預けていたんだ。こっちの一覧はその会計の記録だ。勝手にやっていてすまない」
「本当ですか、助かります!
父と母が、手元の小銭まで持っていってしまったので」
「それと、こちらは私からの餞別だ。
あまり多くなくて申し訳ないのだが……」
「すみません、治療費も出してくださったのに……本当にありがとうございます」
治療費はバカにならない。一回で治療が済むような怪我じゃなかった。たぶん、これからもかかるんだろうけど。
何度も頭を下げてお金と書類を受け取り、私は団長の部屋を出た。
「ほんと、リリスってば、いったいどんないじめ方したら、あんな報復されるのかしら」
出ていく途中、劇団の建物のどこかで話す声が耳に届いた。
ああ、あれは最近移籍してきた女優たちだ。
「やっぱりあの悪役令嬢役が、リリスの本性なのね!道理ではまり役だと思ったわよ」
「いじめって、やった人間はいじめだとも思っていなかったり、やったことすぐ忘れちゃうのよね。
でも、やられた方は、一生忘れない。私も新人の頃先輩からされたことは絶対忘れないわ」
「焼き殺そうとするなんて酷い~とか、リリスを擁護する連中は、絶対いじめられたことないのよ」
「もっと広めればいいわ! いま人をいじめてるブタどもにも、『いじめてたらおまえもこうなるぞ』って突きつけるのよ!」
うわ……なるほど……。
この人たち(※私よりも年上)、流れてきた噂を信じてしまって、義憤に駆られて拡散しているのか。
きっとこういう人が、劇団の外にもいるんだろう。
あなたたちも誰かにかつていじめられたのなら、その気持ちはわかる。
そうだね。何かやられたあとって、苦しいの続くよね。
なんで私は今でもこんなに悔しいのに、あいつらは平気な顔してるんだろうって思うよね。
だけど、その振り上げた拳を振るうべき相手は、私じゃなかったよ。
(あと、この劇団から私がいなくなるというのは自分たちの仕事もぐっと減るということだけど、それはわかっているのかな)
チラッと思ったけど、まぁどうでもいいやという気分だったので、私は足早に建物から出て荷物をまとめるべく寮に向かった。
◇ ◇ ◇
……少し時をさかのぼって、5月。
それはとても晴れた日のこと。
「リリス、申し訳ない。もう君をこの劇団に置いておくことはできないんだ」
その日、私は、沈痛な面持ちでそう告げられた。
相手は劇団長。幼児の頃から私がお世話になっている男性だ。
「……退団、ですか」
「ああ。ついこの間まで看板女優だった君を、こんなかたちで追い出すことになるなんて……」
たった1か月前まで、17歳の私、リリス・ウィンザーは、人気役者だった。
4歳で初舞台。14歳の時、初主演の歴史冒険活劇『ハルモニア一代記』がヒットした。
演技と得意の殺陣が評価され、それ以来次々に主役に抜擢された。
背が高めではっきりした顔立ちから、最近はいわゆる悪役令嬢の役が増え、
「悪役令嬢役といえばリリス・ウィンザー」
と芝居好きの人々からは評価されている。
中でも今年大反響だった演目が『悪役令嬢セレスティアーナの破滅』。
貴族令嬢の鑑と謳われた主人公が、婚約者の裏切りにあい、それでも彼を愛することを止められず狂気に囚われて恐ろしい悪女に変貌する、復讐と破滅の物語。
これが暗いストーリーと酷いバッドエンドにもかかわらず、劇団始まって以来の大ヒット作に。
私もびっくりするほどの数のファンレターを受け取った。
────だけど、築き上げたものが崩れるのは一瞬のことだった。
最新作の上演中、同じ劇団の女優ラミナが突然舞台に乱入し、私に、火のついたオイルランプを投げつけてきた。
商売道具の顔はとっさに腕で覆って守ったけど、炎は激しく服を燃やし右肩から二の腕にかけて深い火傷を負った。
高熱を出して幾日も寝込み……どうにか動けるようにはなったものの、右腕が肩より上がらなくなってしまった。
父は、治療費を出すのを渋って、私が寝込んでいる間に逃亡。
母は、絶望のあまり無理心中を仕掛けてきて、反撃するとそのまま姿を消した。
ずっと得意だった殺陣が使えなくなってしまったことが、両親の失踪以上にショックだった。
そしてその上さらに、私の役者生命を断つ問題が起きてしまった。
「────君も知ってのとおり、なぜか、恐ろしいほどデマが広がっているんだ。
リリスがラミナをいじめていた、今回の事件はその復讐だった、という、根も葉もない話が……」
「ええ、何人かに直接『自業自得だろう』と言われました」
ラミナが私を襲った動機は、まだよくわかっていない。
だからまったく心当りのない『いじめ』が動機だという噂を聞いたときは驚き、いったい何がどうなってそんな話が広まったのかと混乱した。
(もしかして、私の言動で何かラミナを傷つけてしまうようなことがあったのかも??)
……そう思って、私は一生懸命思い出そうともした。
それでも結局思い当たることはなく、むしろ昔からラミナに嫌がらせされたことの方が多かったことを思い出してムカムカした。
そもそも憲兵に捕えられた彼女の口からいじめなんて言葉が出てきたとは、当事者の私も聞いていない。
じゃあ、『いじめ』って話はどこから来たのか?
いろいろ聞いて回った結果、噂の連鎖がこれを生んだらしいとわかった。
『上演中に火のついたランプをぶつけて焼き殺そうとするなんて、普通の恨みじゃないだろ。
リリスはラミナにいったいどんな酷いことをしたんだ?』
……みたいなことを言う人から始まり、
『女優同士ってドロドロしてそう!
ねぇねぇ、もしこれがいじめの報復とかだったら、やった!ざまぁ!!って感じ!』
……みたいなことを言う人が加わり、
『リリスはあれだけ、悪役令嬢役がうまいものねぇ』
……といった言葉が媒体になって、
『え、リリスが役柄の悪役令嬢みたいにラミナをいじめていて、それでとうとうこらえかねてやった報復なんでしょ? 知らないの?』
『そうそう、むしろかわいそうなのはラミナだよな!』
と、なった。
どちらかというと自分、こどもの頃からいじめられてましたけど?
ついでに親からの虐待もありましたけど?
……と、すごく言いたい。
言いたいけど敵が不特定多数過ぎて、想像しただけで徒労感に襲われる。
「噂が広まって、なんでそんな女優を置いてるんだって苦情を言いにくるお客も出てきてしまって……。
本当に、怪我が癒えるまでゆっくり休んで、それからまた活躍してもらえれば、と思ったのに」
「…………人気商売ですから、仕方がないですよ」
言いながら、出そうになる涙をこらえる。
仕方ないなんて、そんな簡単に諦められる気持ちで芝居やってない。
だけど、この劇団のみんなも生活がかかっている。
私におきた悪評の分、どうにか立て直さなきゃいけないんだ。
「今までありがとうございました。お世話になりました」
「あ、少し待ってくれ」
団長は、手元から何かの書類と、紙幣を20枚ほど束ねたものを出してきた。
その書類は、銀行の手形だった。
「君のギャラは、両親がしょっちゅう使い切ってしまっていただろう?
だからギャラを値上げしたタイミングから、一部を君名義で銀行に預けていたんだ。こっちの一覧はその会計の記録だ。勝手にやっていてすまない」
「本当ですか、助かります!
父と母が、手元の小銭まで持っていってしまったので」
「それと、こちらは私からの餞別だ。
あまり多くなくて申し訳ないのだが……」
「すみません、治療費も出してくださったのに……本当にありがとうございます」
治療費はバカにならない。一回で治療が済むような怪我じゃなかった。たぶん、これからもかかるんだろうけど。
何度も頭を下げてお金と書類を受け取り、私は団長の部屋を出た。
「ほんと、リリスってば、いったいどんないじめ方したら、あんな報復されるのかしら」
出ていく途中、劇団の建物のどこかで話す声が耳に届いた。
ああ、あれは最近移籍してきた女優たちだ。
「やっぱりあの悪役令嬢役が、リリスの本性なのね!道理ではまり役だと思ったわよ」
「いじめって、やった人間はいじめだとも思っていなかったり、やったことすぐ忘れちゃうのよね。
でも、やられた方は、一生忘れない。私も新人の頃先輩からされたことは絶対忘れないわ」
「焼き殺そうとするなんて酷い~とか、リリスを擁護する連中は、絶対いじめられたことないのよ」
「もっと広めればいいわ! いま人をいじめてるブタどもにも、『いじめてたらおまえもこうなるぞ』って突きつけるのよ!」
うわ……なるほど……。
この人たち(※私よりも年上)、流れてきた噂を信じてしまって、義憤に駆られて拡散しているのか。
きっとこういう人が、劇団の外にもいるんだろう。
あなたたちも誰かにかつていじめられたのなら、その気持ちはわかる。
そうだね。何かやられたあとって、苦しいの続くよね。
なんで私は今でもこんなに悔しいのに、あいつらは平気な顔してるんだろうって思うよね。
だけど、その振り上げた拳を振るうべき相手は、私じゃなかったよ。
(あと、この劇団から私がいなくなるというのは自分たちの仕事もぐっと減るということだけど、それはわかっているのかな)
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