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◇3◇ 過保護侯爵との遭遇
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◇ ◇ ◇
─────翌日。
「……美味しい!!」
落ち込んでばかりもいられない。
私は王都の東にある市場のかたすみで白身魚のフライをがつがつと頬張っていた。
見上げた5月の空は快晴で、私の大好物を、より一層美味しく感じさせる。
昔から食べることは大好きで、嫌なことがあっても美味しいものを食べると忘れられた。
だけど、公演中はいつも、役のための身体をキープしておかなくてはいけない。
大好きな揚げ物はずっと食べず、豆と干し肉とクズ野菜と日々の鍛練で身体を絞ってがんばっていた。
そんな私にとって、市場の露店で食べる揚げたてフィッシュアンドチップスは禁断にして至高。
悪魔が人類に与えし誘惑であり、ふだんは無事千秋楽を迎えた翌日にようやく食べられるご褒美だった。
だけど、とことん打ちのめされた今ぐらい、元気になるためにおなかいっぱい食べてもいいよね?
揚げ物という素晴らしい食べ物を発明してくださったこの世の誰かに、心から感謝したい。
(……痛……)
ズキリと痛む右肩。やっぱり前のようには動かせない。その違和感が時折現実に引き戻す。
その嫌な現実を振り払うように、手についたパン粉を払って包み紙を畳んだ。
(美味しかった。
さて、仕事を探さなきゃ)
寮は引き払い、なけなしの荷物は、いま泊まっている安いお宿に置いている。
お金と銀行の手形は、念のためスカートに仕込んだ物入れに隠して肌身離さず持ち歩く。
いままで私は役者の仕事しかしたことがない。
だけど別の劇団で役者をするのは、あれだけ私の悪評が広がっているから難しいだろう。
ほかにできる仕事は何だろう……。
大道具小道具を作ったりとか、道具の手入れをしたり掃除をしたり……劇場の接客なんかも経験がある。それから劇で使った外国語や武術は、ハッタリ程度にはできる。
あとは……。
「こんなところにいたのかマレーナ!」
誰かが私の後ろで叫んでいる。
人探しかな、とぼんやり考えていたら「心配したんだぞ!」と叫んで後ろから私の肩を掴まれた!
(痛い!!)
思わず痛みに顔を歪めながら振り向くと、身なりのいい50歳ぐらいの年頃の紳士が、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら「マレーナ!!」と知らない人の名前を叫んでいる。
「悪かった、無理矢理結婚させようとした父様たちを許してくれ」
「え、あの? 人違いでは」
「おまえが無事で良かった!!
ドレスはどうしたんだ。
もしかして悪い人間に騙しとられたりしたのか?」
「ええ、いや、だから?」
「とにかくうちに帰ろう。お腹もすいただろう。ゆっくり休んでこれからのことを」
(人の話を聞け!!)というかまだ治りきってない肩を掴むな!!
思わず、掴まれた手を外しながら捻り上げて男性を投げた。
私に投げられ地面に転がされ、目をぱちくりさせる男性。
「旦那さま!!」と、そこへ駆け寄ってきたのはお仕着せの服を着た従者らしい男性たちだった。
遅れて、使用人らしい女性たちもスカートを持ち上げながら走ってくる。
「と、とてもマレーナ様に似ていらっしゃる女性ですが、おそらくお人違いかと……」
「とりあえず、騒ぎになる前に、お邸に戻りましょう!!」
◇ ◇ ◇
平謝りする従者さんやメイドさんたちに頼まれ、一緒に馬車に乗せられ、連れてこられたのは、一目で貴族の邸宅とわかる大きなお邸だった。
その身なりの良い男性はファゴット侯爵と名乗り、頭をテーブルに擦り付けかねないぐらい下げて、侯爵夫人とともに改めて私に謝罪した。
「いや、本当に、本当に。大変申し訳ないことをいたしました……」
「主人がご迷惑をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げますわ」
「いえいえ。そんなに私が似ていたのですね、お嬢様に」
平民を人とも思っていない貴族も多い中、きちんと謝ってくれる貴族は好印象だ。
格調高く整えられた素敵な客間。
出された、美味しい紅茶。添えられた、上品で美しい焼き菓子。
私の機嫌は当然のごとく直っている。
無意識にセーブしながら食べていたのだけど、そういえばもうその必要はないんだった。せっかくだからたくさん頂こう。フィナンシェのバターの香りがたまらない。美味しいものくれる人、大好き。
「ええ。うちの娘には、背丈も髪の色も近いのですが、やはりお顔が本当によく似ていて……」
「それで、街中を捜していたのですね。
突然いなくなるなんて、本当に心配ですよね。ご無事で早く見つかると良いのですが」
「侍女を引き連れているようなので、無事だとは思うのですが……ううう、マレーナ……父様が悪かったぁっ! 帰ってきておくれ……!」
「違いますわ、あなた。いい年齢をして婚約者の方から逃げ続けているマレーナがわがままなのですわ」
ああ、そういう話かぁ……。
好きでもない相手と結婚しなきゃいけないなんて、貴族って大変だな。
私も貴族令嬢役を演じることは多かったけど、そのほとんどは、大衆小説で人気の『悪役令嬢』というタイプで、政略結婚の婚約者がいる役が多かった。
一言で『悪役令嬢』といっても、『セレスティアーナ』役の他にも、孤高で近寄りがたいオーラを放つために周囲にも婚約者にも誤解されてしまう、というタイプもいれば、善人のヒロインをいじめて破滅する根っから悪者タイプなど結構幅広く、それぞれの『悪役令嬢』キャラに入り込むのがとても楽しかった。
……それが今回、私の首を絞めることになったけどね。
「でも、でも! もしこれでまた、二度と帰ってこないということになったら……!!」
「お気持ちはわかりますけれど、マレーナは大丈夫ですわ」
感情的に取り乱す侯爵。思わず目をそらしたら、側に立っていた侍女さんと目が合った。
侍女さんは、顔を真っ赤にして一度目をそらし、それでも何か言いたそうに、こちらに目を戻す。
そして彼女はやがてこらえかねたように、バッ、と侯爵の前に出た。
「も、申し訳ございません、旦那様!
一言、発言を許してはいただけないでしょうか!」
「……ど、どうしたのだ?
お客様の前だぞ、失礼じゃないか」
「それが、その……。
すみません、お客様は私にとって、もしかしたら神にも等しいお相手かも知れないのです!!」
…………ん?
…………これは?
「あ、あの!
違っていたらおっしゃってください。
……リリス様ですか?」
(あああああ…………)
こ、これは……芝居を見に来たことがある人?
「………………はい。
リリス・ウィンザーです」
「やっ…………ぱりっ!!
邸にいらっしゃった時から、そうではないかと皆で噂していたのです。
お怪我はもうよろしいのですか?
おかわいそうに、酷い目に遭われて……私の友人がその時の公演を見に行っていたのです」
「それは……ご友人には申し訳ないですね。
楽しみにしていらっしゃったでしょうに、恐ろしいものを見せてしまって」
「いいえ、いいえ!!
その友人とともに、あなた様のご無事を祈っておりました!!
こうしてお話ししていただけるなんて、もう感無量すぎて……」
「ほう。シンシアはこの方を知っていたのかね?」
「ええ、旦那様! このお方は、神が人類に与えたもうた奇跡のような、最高の女優なんですよ!! まずですね、私が最初に見させていただいたのは……」
…………そこからしばらく。
侍女さんは、私がいかに素晴らしい役者であるか、演説のように語りまくった。
当人としてはいたたまれなさすぎて、穴があったら入りたい思いだったのだけど、ふんふん、とファゴット侯爵夫妻は関心をお持ちになって聞いている様子だった。
「加害者をいじめていたとか、変な噂を流す人もいるみたいですけど、私は信じていません!」
侍女さんはきっぱり言いきり、ふむむ、とファゴット侯爵がうなずく。
少しでも侯爵夫妻の気持ちが紛れたのなら良かったけど……。
それにしても、貴族のお嬢さんがいなくなるなんていったい何事? お金目当ての誘拐とか?
そんなことを考えていると、馬車の車輪の音が聴こえてきた。誰か敷地内に馬車で入ってきたらしい。
それからすぐに、
「さぁ!!
早く、邸に入って父上と母上に謝るんだ!」
「言われなくても入りますわ。
少し親戚のところに行っていただけではありませんの」
という不穏な声が聴こえてきた。
─────翌日。
「……美味しい!!」
落ち込んでばかりもいられない。
私は王都の東にある市場のかたすみで白身魚のフライをがつがつと頬張っていた。
見上げた5月の空は快晴で、私の大好物を、より一層美味しく感じさせる。
昔から食べることは大好きで、嫌なことがあっても美味しいものを食べると忘れられた。
だけど、公演中はいつも、役のための身体をキープしておかなくてはいけない。
大好きな揚げ物はずっと食べず、豆と干し肉とクズ野菜と日々の鍛練で身体を絞ってがんばっていた。
そんな私にとって、市場の露店で食べる揚げたてフィッシュアンドチップスは禁断にして至高。
悪魔が人類に与えし誘惑であり、ふだんは無事千秋楽を迎えた翌日にようやく食べられるご褒美だった。
だけど、とことん打ちのめされた今ぐらい、元気になるためにおなかいっぱい食べてもいいよね?
揚げ物という素晴らしい食べ物を発明してくださったこの世の誰かに、心から感謝したい。
(……痛……)
ズキリと痛む右肩。やっぱり前のようには動かせない。その違和感が時折現実に引き戻す。
その嫌な現実を振り払うように、手についたパン粉を払って包み紙を畳んだ。
(美味しかった。
さて、仕事を探さなきゃ)
寮は引き払い、なけなしの荷物は、いま泊まっている安いお宿に置いている。
お金と銀行の手形は、念のためスカートに仕込んだ物入れに隠して肌身離さず持ち歩く。
いままで私は役者の仕事しかしたことがない。
だけど別の劇団で役者をするのは、あれだけ私の悪評が広がっているから難しいだろう。
ほかにできる仕事は何だろう……。
大道具小道具を作ったりとか、道具の手入れをしたり掃除をしたり……劇場の接客なんかも経験がある。それから劇で使った外国語や武術は、ハッタリ程度にはできる。
あとは……。
「こんなところにいたのかマレーナ!」
誰かが私の後ろで叫んでいる。
人探しかな、とぼんやり考えていたら「心配したんだぞ!」と叫んで後ろから私の肩を掴まれた!
(痛い!!)
思わず痛みに顔を歪めながら振り向くと、身なりのいい50歳ぐらいの年頃の紳士が、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら「マレーナ!!」と知らない人の名前を叫んでいる。
「悪かった、無理矢理結婚させようとした父様たちを許してくれ」
「え、あの? 人違いでは」
「おまえが無事で良かった!!
ドレスはどうしたんだ。
もしかして悪い人間に騙しとられたりしたのか?」
「ええ、いや、だから?」
「とにかくうちに帰ろう。お腹もすいただろう。ゆっくり休んでこれからのことを」
(人の話を聞け!!)というかまだ治りきってない肩を掴むな!!
思わず、掴まれた手を外しながら捻り上げて男性を投げた。
私に投げられ地面に転がされ、目をぱちくりさせる男性。
「旦那さま!!」と、そこへ駆け寄ってきたのはお仕着せの服を着た従者らしい男性たちだった。
遅れて、使用人らしい女性たちもスカートを持ち上げながら走ってくる。
「と、とてもマレーナ様に似ていらっしゃる女性ですが、おそらくお人違いかと……」
「とりあえず、騒ぎになる前に、お邸に戻りましょう!!」
◇ ◇ ◇
平謝りする従者さんやメイドさんたちに頼まれ、一緒に馬車に乗せられ、連れてこられたのは、一目で貴族の邸宅とわかる大きなお邸だった。
その身なりの良い男性はファゴット侯爵と名乗り、頭をテーブルに擦り付けかねないぐらい下げて、侯爵夫人とともに改めて私に謝罪した。
「いや、本当に、本当に。大変申し訳ないことをいたしました……」
「主人がご迷惑をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げますわ」
「いえいえ。そんなに私が似ていたのですね、お嬢様に」
平民を人とも思っていない貴族も多い中、きちんと謝ってくれる貴族は好印象だ。
格調高く整えられた素敵な客間。
出された、美味しい紅茶。添えられた、上品で美しい焼き菓子。
私の機嫌は当然のごとく直っている。
無意識にセーブしながら食べていたのだけど、そういえばもうその必要はないんだった。せっかくだからたくさん頂こう。フィナンシェのバターの香りがたまらない。美味しいものくれる人、大好き。
「ええ。うちの娘には、背丈も髪の色も近いのですが、やはりお顔が本当によく似ていて……」
「それで、街中を捜していたのですね。
突然いなくなるなんて、本当に心配ですよね。ご無事で早く見つかると良いのですが」
「侍女を引き連れているようなので、無事だとは思うのですが……ううう、マレーナ……父様が悪かったぁっ! 帰ってきておくれ……!」
「違いますわ、あなた。いい年齢をして婚約者の方から逃げ続けているマレーナがわがままなのですわ」
ああ、そういう話かぁ……。
好きでもない相手と結婚しなきゃいけないなんて、貴族って大変だな。
私も貴族令嬢役を演じることは多かったけど、そのほとんどは、大衆小説で人気の『悪役令嬢』というタイプで、政略結婚の婚約者がいる役が多かった。
一言で『悪役令嬢』といっても、『セレスティアーナ』役の他にも、孤高で近寄りがたいオーラを放つために周囲にも婚約者にも誤解されてしまう、というタイプもいれば、善人のヒロインをいじめて破滅する根っから悪者タイプなど結構幅広く、それぞれの『悪役令嬢』キャラに入り込むのがとても楽しかった。
……それが今回、私の首を絞めることになったけどね。
「でも、でも! もしこれでまた、二度と帰ってこないということになったら……!!」
「お気持ちはわかりますけれど、マレーナは大丈夫ですわ」
感情的に取り乱す侯爵。思わず目をそらしたら、側に立っていた侍女さんと目が合った。
侍女さんは、顔を真っ赤にして一度目をそらし、それでも何か言いたそうに、こちらに目を戻す。
そして彼女はやがてこらえかねたように、バッ、と侯爵の前に出た。
「も、申し訳ございません、旦那様!
一言、発言を許してはいただけないでしょうか!」
「……ど、どうしたのだ?
お客様の前だぞ、失礼じゃないか」
「それが、その……。
すみません、お客様は私にとって、もしかしたら神にも等しいお相手かも知れないのです!!」
…………ん?
…………これは?
「あ、あの!
違っていたらおっしゃってください。
……リリス様ですか?」
(あああああ…………)
こ、これは……芝居を見に来たことがある人?
「………………はい。
リリス・ウィンザーです」
「やっ…………ぱりっ!!
邸にいらっしゃった時から、そうではないかと皆で噂していたのです。
お怪我はもうよろしいのですか?
おかわいそうに、酷い目に遭われて……私の友人がその時の公演を見に行っていたのです」
「それは……ご友人には申し訳ないですね。
楽しみにしていらっしゃったでしょうに、恐ろしいものを見せてしまって」
「いいえ、いいえ!!
その友人とともに、あなた様のご無事を祈っておりました!!
こうしてお話ししていただけるなんて、もう感無量すぎて……」
「ほう。シンシアはこの方を知っていたのかね?」
「ええ、旦那様! このお方は、神が人類に与えたもうた奇跡のような、最高の女優なんですよ!! まずですね、私が最初に見させていただいたのは……」
…………そこからしばらく。
侍女さんは、私がいかに素晴らしい役者であるか、演説のように語りまくった。
当人としてはいたたまれなさすぎて、穴があったら入りたい思いだったのだけど、ふんふん、とファゴット侯爵夫妻は関心をお持ちになって聞いている様子だった。
「加害者をいじめていたとか、変な噂を流す人もいるみたいですけど、私は信じていません!」
侍女さんはきっぱり言いきり、ふむむ、とファゴット侯爵がうなずく。
少しでも侯爵夫妻の気持ちが紛れたのなら良かったけど……。
それにしても、貴族のお嬢さんがいなくなるなんていったい何事? お金目当ての誘拐とか?
そんなことを考えていると、馬車の車輪の音が聴こえてきた。誰か敷地内に馬車で入ってきたらしい。
それからすぐに、
「さぁ!!
早く、邸に入って父上と母上に謝るんだ!」
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