身代わり婚約者になった元悪役令嬢役女優、塩対応しかしてないのになぜか溺愛されてます。

真曽木トウル

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◇7◇ ご退場ください、暴漢殿

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   ◇ ◇ ◇


 晩餐のあとは、ダンスパーティーが始まった。

 私が足を捻っている(嘘)のを気づかってくださったのか、会場の端には、クッションのついた座り心地の良い椅子が、いくつも用意されている。

 私はそこにゆっくり座って、他の人たちの優雅なダンスを鑑賞していた。

 楽団が美しい音楽を奏でる中で、曲目ごとにダンスが変わっていく。


 私のそばにはマクスウェル様がつきそってくれている(人に話しかけられたときにもフォローに入ってくださった)。

 あとはゆっくり、マレーナ様のふりをしてダンスを眺めていれば、何事もなく役目を終えられそうだ。


(────ギアン様は……忙しそう)


 婚約者を演じるのなら、ギアン様とたくさん話さなければいけないのかなと思っていた。

 だけど、ギアン様は会場の中でいろいろな方にご挨拶をしたり使用人に指示を出したり、とても忙しそう。

 はきはきとしたしゃべり方の彼の声は、会場のどこで話していても耳に届く。聞いていて心地いい。


(同い年か。私がこの立場だったら右往左往するだろうな。
 さすが大公子。子どもの頃からそういう風に育てられてきたのかな)


 お料理が尋常でなく美味しかった時点で、私のレイエス大公家とギアン様への好感度は爆上がりしていた。

 夜会も中盤をすぎ、大公殿下がまたダンスを踊りだす。

 目まぐるしくパートナーを変えて踊るのは、貴族同士の付き合いのため?
 ああ、そうか。大公家からするとうちの国の貴族との付き合いはほぼ、外交にあたるのかな。

 ふと見るとギアン様は、とある紳士と笑顔で話をしている。相手は親しい人みたいだ。


(ギアン様、ふだんはあんな笑顔をするんだ。かわいい)


 そんなことを考えていたら……ふと会場の端に見慣れない紳士がいることに気づいた。


(……誰?)


 これでもさっきから私は、パーティーの招待客や主催側、使用人の姿を細かくとらえていた。
 新しい人が来たらその時点でマクスウェル様に確認するためだ。

 でも、この人は、後から来た方も含めて招待客にはいなかった。
 身なりや所作は、それなりに身分の高い男性に見える。
 だけど、動きがさっきから不自然だ。


「────お兄様」隣にいてくださったマクスウェル様をつつく。


「あの、先ほどから少しずつ大公殿下の方に近づかれている男性、見覚えございますか??」

「え? いや、ないな」

「テールコートの一部が不自然に膨れていませんこと?」

「え、ええ?」


 大公殿下のダンスが、終わった。

 次の瞬間、不審な紳士が何かを取り出して大公殿下へと向けようとする。

 ────とっさに私の左手が動き、放ったものが紳士の手に突き刺さって、持っていたものを落とした。
 絨毯じゅうたん越しに床に響く金属の重量、顔を歪ませる紳士。


「────暗殺者だ!!」


 響いた声はギアン様のものだった。
 ギアン様は、私でさえ目を見張るほどの速さで瞬時に不審な紳士に迫ると、抵抗する紳士の腕をするりと掴み、投げた。
 紳士の身体は宙を舞って床に叩きつけられ、ギアン様はそのまま流れるように紳士を拘束した。


 貴婦人たちの悲鳴が錯綜さくそうする中、護衛らしき男性たちが一瞬遅れて駆け寄り、拘束された男性を引きずり起こす。

 そして不審な紳士が落としたものを、誰かが拾い上げた。拳銃だった。


「…………姉上、お怪我は!?」

「いや、問題ない。しかし」


 大公様は暴漢の手に刺さったナイフを確認し、ため息をつく。


「このナイフの投げ手は、相当良い腕だな。
 あちらから飛んできたと思うのだが」
 

 大公様は私たちの方を向いた。


「……!?」
「おそれながら大公殿下。わたくしの兄ですわ」


 私は投げた瞬間からマクスウェル様のせいにするつもりで、もうその手にナイフの鞘を握らせていた。
 さすがに貴族令嬢がナイフ投げを得意としていたらちょっと個性的すぎる。


「え!? あ、ああ……はい。私が、とっさに……。
 当たって良かったです」


 私の声に遅れていろいろと察したらしいマクスウェル様は、何となく話を合わせてくださる。


「なんと! ファゴット家のマクスウェル卿が!?」
「大公子婚約者の兄君が、お手柄ですわね」
「いやいや、お見事な腕ですなぁ……! 素晴らしい!!」


 来客の称賛とともに、ワァッ……と、拍手が沸き起こった。

 大公様は笑み、こちらに近づいてくる。


「マクスウェル殿、まことに助かった。ありがたいことだ、感謝する」
「い、いえ。ご無事で何よりです」


 うまくごまかされたようで、良かった。

 なぜ私がナイフを隠し持っていたかというと、単純に護身用だ。

 オイルランプで焼き殺されかけてから、誰が私に恨みを持っているかわからないという恐怖にとりつかれた時期があったので、精神安定のため護身用のナイフを持ち歩くようにしていたのだ。持っててよかった。


(ちなみに私の曲芸の腕はもともと劇団随一で、さらに私は両手利きだ。目をつぶって後ろに投げても的に当てる自信がある。おかげでいろんな演目で役に立ちました)


 それからほどなくして、王宮から憲兵が駆けつけ、改めてその場を実況見分することになった。

 当然ダンスパーティーはさすがに続けられない。来客は、おやしきを警備している兵の方々に護衛されながら、順番に退出していく。

 帰っていく来客に謝罪する大公。
 それから、その場をあわただしくさばくギアン様。
 お2人を見ていると、私は少々気の毒になってきた。

 で、私の隣のマクスウェル様は、すっかり英雄扱いをされ、声をかけられ、恐縮しっぱなしである。


(…………大公殿下、って、命が狙われるようなお立場なんだな…………)


 政治や外交は、芝居のために勉強しただけだから、私はそれほど詳しいとはいえない。
 だけど一国の首脳ともなれば、やっぱり影響が大きいんだろうな……。


「くっ……くそっ!!
 レイエス人どもが……」


 もう人も残り少なくなり、あとは私たちぐらいしか残っていない頃。拘束されていた暴漢が暴れはじめた。
「おい、こら、口を慎め!!」と憲兵に一括されるが、暴漢は大公様とギアン様をにらみつける。


「我々のような古参の貴族を差し置いて、よそ者が大公だなどと、ふざけるなッ……!
 黒髪の野蛮人どもの国はさっさと戦争で植民地にして、我らがベネディクト王国の支配下に置くべきなんだッ」


 シンシアさんが言っていた、レイエス人を蔑視する人間、か。
 この人は、戦争を引き起こそうとして、そのきっかけを産むために大公殿下を襲った?


「野蛮な劣等民族のレイエス人に、ベネディクト人と対等な顔なんか……ッ」

「────あら。夜会に乱入して、女性を撃ち殺そうとした野蛮人が何かわめいていますわね」


 さえぎるように言葉をぶつけた。
 それは、私というよりも、私の中の“マレーナ・ファゴット”の言葉だった。

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