身代わり婚約者になった元悪役令嬢役女優、塩対応しかしてないのになぜか溺愛されてます。

真曽木トウル

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◇8◇ 「ここにいてくれてありがとう」

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 暴漢は視線を“私”に向け、
「な、なんだと、この……」と言いかける。

 扇子で口もとを覆いながら、あおるような高笑いをしてみせると、
「……ば、馬鹿にしてるのかぁ!?」と暴漢は叫んだ。


「愚か者が恥を知れと言っているのです」


 すかさず、1オクターブ低い声でガラリとトーンの違う言葉をぶつける。
 暴漢はビクリと肩を震わせ顔をこわばらせた。


「見た限り貴族らしい装いをしてみせているようですけれども、あなた、大公殿下がいまここでお命を落とされることで、逆にベネディクト王家の立場が悪くなり、窮地に立たされうる。そんな可能性にも思い至りませんの?」


 暴漢は急に、ぶるぶると震え始めた。
 あながち間違いではないはずだ。どう考えてもうちの国の分が悪い。


「あなたがなさろうとしたのは、国際的に何も正当性を主張できない行為。思いきり我が国を窮地においやろうとした方が、国の未来の何を語ろうと言うのかしら?」

「……………」

「それに、あなたが独りよがりな頭のなかで身勝手な序列をどうつけようが、民族に優劣をつけないのは、外交儀礼の基本中の基本ですわよ? どちらの学校に通われていたのかしら?」


 暴漢は、顔を真っ赤にした。
 でも何も言えず口をパクパクとさせ、結局悔しげに顔を歪めて「ふざけんなブス!!」と叫び、そのまま憲兵にどこかに連れられていった。

 残念だが私は美人だ。負け惜しみ乙。


「マレーナ!」……と、ギアン様が私のもとに駆け寄ってきた。

「だ、大丈夫か? マレーナ…殿」

「申し訳ございません、ギアン様」


 私はギアン様に、深々と頭を下げた。


「我が国の者が、大公殿下の御身に害をなそうといたしましたのみならず、レイエスの皆様を侮辱いたしましたこと、心よりお詫び申し上げます。
 同じベネディクト王国の人間として、深く恥じ入る思いですわ」


 趣味で説教したわけじゃない。
 ベネディクト王国とレイエス大公国、2つの国をつなぐ立場の“マレーナ・ファゴット”が、あの暴漢の暴言に対して、少なくとも何も言わないということはあってはならないと考えたからだ。

 ――それに、マレーナ様は私たちに対してああいう態度だったけど、仮にも一国の元首の妃という地位につこうという女性なら、国の危機管理に鈍感であるはずはない。
 だったら、あんな雑なやり方で国を動かそうとする人間なんか、一番嫌いなはずだ。


「我が国のことを思ってくださるのは嬉しい。
 だが、あなた自身を危険にさらすようなことはするな」

「お気になさらずともよろしいですわ。
 殿方の悪態など、子どもの負け惜しみと同じですもの」

「そういうことではない。
 あんな暴漢と真っ向から対決するなんて」


(あれ、そういう風に見えた?)

 私、悪役令嬢らしく、抵抗できない相手を一方的に嘲笑して煽り倒したつもりなんですが。


「もちろん、言葉ででも私たちのために闘ってくれて、私はとても嬉しかった。
 だが、無茶をするな。あのような男に逆上されて、あなたの身に何かあったら、私は」


(……心配、してくれた?)


 …………そこに、馬車の支度ができたと連絡が入り、私たちはその場を退出することになった。


「楽しく過ごしていただきたかったのだが、こちらの警備の不手際で危ない目に遭わせてしまい、申し訳ない」

「姉の身を助けていただきましたこと、心より御礼申し上げます」


 気丈に挨拶される大公殿下と、私たちに深く深く頭を下げるギアン様。


(お2人が悪いわけじゃないのに)


 ギアン様こそあまり無理をなさらないように、と、言いたかった。
 けど、“マレーナ”が言ったらおかしな言葉だから、やめた。


「どうぞお気をつけて、お帰りください。
 それからマレーナ…殿」


 ギアン様が、私の手をぎゅっと握る。


「先ほどは言えなかった。
 とても……綺麗に、美しくなられた」


 そうして最後の一言だけ、私にだけ聴こえる大きさの、震えるような声で言った。


「今夜ここにいてくれて、本当にありがとう」


   ◇ ◇ ◇


「……なぜ、余計なことをなさったの?」


 侯爵邸に帰った私たちは、マレーナ様に夜会での出来事を説明し始めた。
 誰とどんなことを話したか、そして何が起きたか、マレーナ様が把握していないとおかしいからだ。

 そして、眉根を寄せたマレーナ様に言われたのが冒頭の一言。


「お言葉ですが、私リリス・ウィンザーは、役者は人に楽しんでいただくために存在するものだと思っています。
 楽しみは安全あってこそです。たとえ芝居を中断することになっても、人死にを止めることは最優先と考えます」

「わたくしではないとバレるようなリスクを犯したのだから、女優失格なのではなくて?」

「マレーナ。
 リリスは、大公殿下の命を救ったんだ。
 誉められこそすれ、責められるようなことじゃないだろう?」


 マクスウェル様が私を擁護してくれる。


「わざわざ暴漢に要らない説教したのは何かしら?」

(え、要らなかった!?)

「細かいことに文句をつけられる筋合いか?
 リリスは、夜会の間、おまえの知り合いにもそつなく会話を合わせ、誰にも別人だと気づかれなかった。相当な超人技じゃないか。おかげで今回おまえの名誉は保たれたんだ」


 マレーナ様はぷいと顔をそむけ、席を立った。


「マレーナ!!
 礼ぐらい、言えないのか!!」


とマクスウェル様が叫ぶも、ドレスのスカートを優雅にさばいて、さっと場を去っていってしまう。
 マレーナ様を追いかけていくマクスウェル様。
 あれは連れ戻せなさそう。


「……どうしましょうか?」侯爵夫妻に尋ねてみる。

「まぁ、今日は疲れただろう。君はとりあえず、ゆっくり部屋で休みなさい」

「そうよ。無理なお願いを受けてくださって、本当に助かったわ。お風呂を用意させますから」

「お心遣い、ありがとうございます」


 侯爵ご夫妻、うちの親に比べたら神様に見える。


「しかし平民の仕事や部屋探しというのはどうしたらいいのだろうな……。
 明日、使用人の皆に聞いてみよう」

「ねぇ、お仕事と家が見つかるまでは、うちにいなさいな。
 若い女の子で、しかも大勢に顔を知られている女優さんが街中で1人でいるなんて……危険ですわ」

「ありがとうございますめちゃくちゃ助かります!!」


   ◇ ◇ ◇
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