11 / 70
◇11◇ 嫌う理由はもしかして……?
しおりを挟む
◇ ◇ ◇
「――――以上が、ギアン様とお話しした内容の報告です」
ギアン様をお見送りした後、マレーナ様の部屋に1人入り、報告をする。
マレーナ様はしたたかな笑みを浮かべた。
「そうですわね。おおむね正確な報告でしたわ」
「聞いていたんですか……?」
「あのお部屋、隣の続き部屋に覗き穴がありましてよ。
話を聞くことも様子を見ることもできるのですわ」
「途中ででも、入ってこれば良かったのに。
ギアン様と話ができたでしょう?」
「それで入れ替わりについて謝罪するんですの?
あなた、やはり貴族というものがわかっていませんのね」
「は?」
「それより、首飾りをおはずしなさいな。
それはわたくしのものでしょう?」
「いや、別にパクるつもりはありませんでしたけど」
私は首飾りの留め金を外し、マレーナ様に渡した。
「――――婚約解消するつもりでも、宝石は欲しいんですね」
「あら、お返ししてどうなるの?
それにこの首飾りは、わたくしの好きな色ですわ。美しいアイスブルーダイヤモンドですこと……」
マレーナ様は、しばらく宝石の輝きにうっとりと見とれたあと、鏡の前で胸元に当ててみる。
そのあと、先に確保しておいたらしい革張りの箱に、ネックレスがしまわれる。
なんだか、そのネックレスがかわいそうな気がした。
「……で、私が、貴族というものがわかってない、とは?」
「貴族とは、己の非を認めたら終わりなのですわ。名誉第一といわれるのは、少しでも糾弾されるべき事案があれば、よってたかって引きずり下ろされる世界だからなのです。
貴族が醜聞を恐れるとはそういうことですわ。
ですから貴族は、自らにとって不都合なことを正直に明かしてはならない。隠さなければならないのです」
「……そういうもの、なんですか」
だったらなぜ、それでも夜会への出席を拒んだのだろう?
「それにしても、たった一晩でギアン様をずいぶん骨抜きにしましたこと。
どんな手練手管を使ったのか参考までに聞かせていただける?」
「……手練手管なんて使ってないし。
あれは、私をあなただと思っているからでしょう?
ギアン様が好きなのはマレーナ様ですよ」
「あら、そうかしら?」
「そもそもマレーナ様はどうしてそんなにギアン様に会うのを嫌がるんですか?
ふさわしくない、っていうだけだと、正直腑に落ちないのですが」
「腑に落ちない?」
「ギアン様、夜会の中でも、私を良く見て、気遣ってくださいましたよ。
マレーナ様にもたくさん手紙をくれて……。
そうそう、『資料』として渡されたギアン様のお手紙。そんなに毛嫌いするからいやらしいことでも書いてあるのかと思ったら、会ったときのこととか、いかにマレーナ様が素敵かとか、何が美味しかったからマレーナ様にも食べさせたいとか、どれもこれもかわいらしいお手紙じゃないですか。
あの人、政略結婚だけどマレーナ様のこと好きで、お互い仲良くやっていこうと一生懸命努力してるんでしょ?」
「それが嫌なのですわ」
「……はい?」
「わたくし、あの方がわたくしに向ける好意が気持ち悪いんですの」
――――何気なくマレーナ様はそうポソリと言って、ハッとして口を押さえた。
……これは?
言うつもりのないことまで、思わず言ってしまった?
「……マレーナ様、もしかして、他に好きな人がいます?」
「……何を根拠に?」
用心深く表情を隠した様子で、マレーナ様はそう言った。
「その……恋愛感情そのものを持っていない人もいるのは知ってるんですが。
マレーナ様の様子はそういうのと少し違うというか、『ほかに恋している誰かがいるために、違う誰かからの愛情がわずらわしく思える』といったものに思えました」
「馬鹿馬鹿しい」
マレーナ様は鼻で笑った。
「恋愛というのは、あれでしょう?
愚かな男が突然『これが真実の愛だ』などと言い出して下賎な女を妻に迎えようとしたり、愚かな女が下賎な男に金を貢ぐような、家の利益も己の名誉も考えていない、いやらしくて頭のおかしい行為のことでしょう?」
「ちょっと辞書引きましょうか、マレーナ様?」
そりゃ恋に狂った人が不幸になるような演目も私やったことあるけどさ! 本来恋愛は、どんな形だって人が幸せになるためにあるものだ。芝居と同じように。
「わたくしは、より身分が高く、より高貴な相手をと言っているのです。
家の利益も己の名誉も捨てるようなものではありませんわ」
「……では、好きな人はいると?」
「わたくしが結婚するにふさわしい、そしてわたくしこそがあの方の妻にふさわしい……そういうお相手はいらっしゃいますわ」
あくまでも、好きだとか恋をしているとは認めないと。そうですか。
「その、狙っているお相手は、マレーナ様に対して好意を抱いているのですか?」
「わたくしのことを悪くは思ってらっしゃらないはずですわ」
「……それ、何とも思われてないパターンでは?」
冷たい瞳でこちらを一瞥する、マレーナ様。
「……じゃあ、さっきギアン様が言った『銀髪』で『アイスブルーの瞳』って……その人のことなんですか?」
「ああ、そんなこともあったかしら」
じゃあマレーナ様は、その誰かと、ギアン様を比較するようなことを言ったってこと?
だとしたら、この人、残酷だ。
「ギアン様とどうしても結婚したくないなら、私は何も言えないですけど……都合よく婚約者をキープしながら別の人を狙うなんて、正直、良くないです。だったら早く婚約を解消するべきだと私は思います」
「だから……あなたは貴族というものがわかっていないのですわ」
「…………それじゃ、失礼いたします」
「お待ちなさい」
退出するところを呼び止められて、足を止める。
「そのドレス、よくお似合いよ? わたくしよりも」
「…………? 失礼いたします」
◇ ◇ ◇
「――――以上が、ギアン様とお話しした内容の報告です」
ギアン様をお見送りした後、マレーナ様の部屋に1人入り、報告をする。
マレーナ様はしたたかな笑みを浮かべた。
「そうですわね。おおむね正確な報告でしたわ」
「聞いていたんですか……?」
「あのお部屋、隣の続き部屋に覗き穴がありましてよ。
話を聞くことも様子を見ることもできるのですわ」
「途中ででも、入ってこれば良かったのに。
ギアン様と話ができたでしょう?」
「それで入れ替わりについて謝罪するんですの?
あなた、やはり貴族というものがわかっていませんのね」
「は?」
「それより、首飾りをおはずしなさいな。
それはわたくしのものでしょう?」
「いや、別にパクるつもりはありませんでしたけど」
私は首飾りの留め金を外し、マレーナ様に渡した。
「――――婚約解消するつもりでも、宝石は欲しいんですね」
「あら、お返ししてどうなるの?
それにこの首飾りは、わたくしの好きな色ですわ。美しいアイスブルーダイヤモンドですこと……」
マレーナ様は、しばらく宝石の輝きにうっとりと見とれたあと、鏡の前で胸元に当ててみる。
そのあと、先に確保しておいたらしい革張りの箱に、ネックレスがしまわれる。
なんだか、そのネックレスがかわいそうな気がした。
「……で、私が、貴族というものがわかってない、とは?」
「貴族とは、己の非を認めたら終わりなのですわ。名誉第一といわれるのは、少しでも糾弾されるべき事案があれば、よってたかって引きずり下ろされる世界だからなのです。
貴族が醜聞を恐れるとはそういうことですわ。
ですから貴族は、自らにとって不都合なことを正直に明かしてはならない。隠さなければならないのです」
「……そういうもの、なんですか」
だったらなぜ、それでも夜会への出席を拒んだのだろう?
「それにしても、たった一晩でギアン様をずいぶん骨抜きにしましたこと。
どんな手練手管を使ったのか参考までに聞かせていただける?」
「……手練手管なんて使ってないし。
あれは、私をあなただと思っているからでしょう?
ギアン様が好きなのはマレーナ様ですよ」
「あら、そうかしら?」
「そもそもマレーナ様はどうしてそんなにギアン様に会うのを嫌がるんですか?
ふさわしくない、っていうだけだと、正直腑に落ちないのですが」
「腑に落ちない?」
「ギアン様、夜会の中でも、私を良く見て、気遣ってくださいましたよ。
マレーナ様にもたくさん手紙をくれて……。
そうそう、『資料』として渡されたギアン様のお手紙。そんなに毛嫌いするからいやらしいことでも書いてあるのかと思ったら、会ったときのこととか、いかにマレーナ様が素敵かとか、何が美味しかったからマレーナ様にも食べさせたいとか、どれもこれもかわいらしいお手紙じゃないですか。
あの人、政略結婚だけどマレーナ様のこと好きで、お互い仲良くやっていこうと一生懸命努力してるんでしょ?」
「それが嫌なのですわ」
「……はい?」
「わたくし、あの方がわたくしに向ける好意が気持ち悪いんですの」
――――何気なくマレーナ様はそうポソリと言って、ハッとして口を押さえた。
……これは?
言うつもりのないことまで、思わず言ってしまった?
「……マレーナ様、もしかして、他に好きな人がいます?」
「……何を根拠に?」
用心深く表情を隠した様子で、マレーナ様はそう言った。
「その……恋愛感情そのものを持っていない人もいるのは知ってるんですが。
マレーナ様の様子はそういうのと少し違うというか、『ほかに恋している誰かがいるために、違う誰かからの愛情がわずらわしく思える』といったものに思えました」
「馬鹿馬鹿しい」
マレーナ様は鼻で笑った。
「恋愛というのは、あれでしょう?
愚かな男が突然『これが真実の愛だ』などと言い出して下賎な女を妻に迎えようとしたり、愚かな女が下賎な男に金を貢ぐような、家の利益も己の名誉も考えていない、いやらしくて頭のおかしい行為のことでしょう?」
「ちょっと辞書引きましょうか、マレーナ様?」
そりゃ恋に狂った人が不幸になるような演目も私やったことあるけどさ! 本来恋愛は、どんな形だって人が幸せになるためにあるものだ。芝居と同じように。
「わたくしは、より身分が高く、より高貴な相手をと言っているのです。
家の利益も己の名誉も捨てるようなものではありませんわ」
「……では、好きな人はいると?」
「わたくしが結婚するにふさわしい、そしてわたくしこそがあの方の妻にふさわしい……そういうお相手はいらっしゃいますわ」
あくまでも、好きだとか恋をしているとは認めないと。そうですか。
「その、狙っているお相手は、マレーナ様に対して好意を抱いているのですか?」
「わたくしのことを悪くは思ってらっしゃらないはずですわ」
「……それ、何とも思われてないパターンでは?」
冷たい瞳でこちらを一瞥する、マレーナ様。
「……じゃあ、さっきギアン様が言った『銀髪』で『アイスブルーの瞳』って……その人のことなんですか?」
「ああ、そんなこともあったかしら」
じゃあマレーナ様は、その誰かと、ギアン様を比較するようなことを言ったってこと?
だとしたら、この人、残酷だ。
「ギアン様とどうしても結婚したくないなら、私は何も言えないですけど……都合よく婚約者をキープしながら別の人を狙うなんて、正直、良くないです。だったら早く婚約を解消するべきだと私は思います」
「だから……あなたは貴族というものがわかっていないのですわ」
「…………それじゃ、失礼いたします」
「お待ちなさい」
退出するところを呼び止められて、足を止める。
「そのドレス、よくお似合いよ? わたくしよりも」
「…………? 失礼いたします」
◇ ◇ ◇
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
283
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる