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◇24◇ 加害者の告白

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「……リリス。
 まだ頼るあてはないのでしょう?」


 奥様が私に声をかけた。


「やっぱりお仕事や行くあてが見つかるまでは、うちにいなさい。もう身代わり役はさせないように、マレーナに釘を刺すわ」

「ギアン様からレイエスへのお誘いが間もなく来るかもですが、大丈夫でしょうか?」

「マレーナを連れていきます。あなたはここに残ればいいわ。
 もし、本人を連れていって、ギアン様とうまく行かなかったら、そのときは、あの子が妃の器じゃなかったと諦めます。
 それと……」


 しばらく奥様は私を見つめて「リリス。あなた、誕生日はいつなの?」と尋ねた。


「11月1日です」

「ああ、私がマレーナを産んだ日よりも、先に産まれたのね……そう」

「何か?」

「いえ、何でもないわ。
 あなたの方が先に産まれたのであって、あとではないのよね」


 そう、自分に言い聞かせるように繰り返す奥様に、マクスウェル様が軽く目を伏せた。


(…………?)


 首をかしげた。奥様にも何かあるのだろうか。


「――――あの、リリス様」


 あさっての方向から私たちに声がかかり、こちらに誰かが小走りに駆けてくる。シンシアさんだった。


「どうしました?」

「ああ、これ。これをご覧になってください。
 週一回出る、大衆新聞を使用人みんなで回し読みしてるので、さっき私買ってきたんですけど」

「新聞?」


 渡された新聞の一面見出しを見て、私は息を飲んだ。
 思いきりでかでかと、私の似顔絵が載っている上に書かれていたのは、


『――――我々はいかに嘘に踊らされたか
 リリス・ウィンザー事件の真相』


「これは……?」

「走りながら内容は読みました。
 リリス様を襲った女の証言、それからリリス様にまつわる噂が日を追うごとにどのようにつくられていったか……そういったことをまとめてあります」


 それは、ある意図をもって丁寧にまとめられた記事だった。
 売れるためでも、あおるためでもない。
 ひとつひとつの事実や証言を拾い上げ、曖昧なものには説明を付記して、これでもかというほど正確さに力をいれていた。


 これを書いた人、いや、この記事をのせた人の目的は――――私の、名誉回復、だ。


「…………ペラギアさんだ、これ」

「ペラギア!? って、リリス様のライバルですよね!?」

「いや、ライバルっていうか役者仲間なんですけど」


 私が目を止めたのは、記事の中に登場する、とある匿名の女性の存在だった。

 前身が高級娼婦である彼女は、伝手で、ラミナを取り調べている憲兵に接触。捜査に協力するとして、ラミナとの面会に成功する。

 すると、今まで黙秘していたラミナが、リリスを襲った動機を語り始めたという。


「…………ちょっ、ちょっと、待ってください」


 シンシアさんに新聞をいったん返す。

 すーはー、何度か深呼吸する。
 思いのほか、心臓がバクバクしていた。

 目元に涙がじわりとにじむ。
 ……ああ、私、思った以上にダメージ受けてたんだな。

 そりゃそうだ。
 ラミナがあのたった一回オイルランプを投げつけるだけで、私のどれだけを奪っていったか。
 私が苦しんだ過去も、積み重ねた努力も、勝ち取ったお客様の笑顔も、居場所も……。


 なぜ私だったのか。 
 どういう理由で、私はあそこまでされなければならなかったのか。


 その動機がいよいよ、わかる。


 私は再び新聞を手に取り、読み始めた。


『…………ラミナの語る動機の中には、一人の貴族が登場する。彼はまず劇団長に近づき、ある要望を繰り返し伝えた。
 それは“リリス・ウィンザーを譲ること”。要望の内容としては、引き抜きを望むものだった』

『団長が拒むと、貴族はラミナに接近した。女優としてではなく女性として愛されたと考えたラミナは、身分の差があるにもかかわらず、彼との結婚を夢見た』

『しかしその貴族は、ラミナに、「リリスを引き抜くために協力してほしい」と持ちかけた。ラミナはそれを聞き、貴族がラミナからリリスに乗りかえたと考えた』

『容姿に恵まれ、なんでも涼しい顔をして手に入れていくリリスが憎い』

『そのうえ、私の愛する人まで奪っていくなんて』

『この私のつらさを思い知らせてやりたい』

『リリスの美貌を奪って人生をめちゃくちゃにしてやりたい』

『焼け死んだってかまわなかった。それだけ私の思いの強さを思い知らせてやりたかったから』


 …………ちからが、抜けた。


(そんな…………)

(まさか、そんなくだらない理由で??)


 もっと何か書いてるんじゃないかと記事の続きに目を走らせる。お願いだから、もっとほかに理由があってくれと思う。

 だけどあとは、ラミナの自分語りだった。自分がいかに不幸だったか…………。

 ふざけんな。おまえ自分で田舎の両親捨てて役者になってんだろうが。少なくともそれからは、私のようにギャラ搾取されることも虐待されることもなかっただろうが。枕営業させようとする親と闘うこともなかっただろうが。練習時間私の半分もがんばってなかっただろうが。主役つかむ前、一生懸命稽古する私を、男遊びしながら鼻で笑ってただろうが。男友達に14の私を紹介しろといわれて差し出そうとしただろうが。

 『思い知らせてやる』? いったい何をだ。

 おまえの無知をか、視野狭窄をか。

 なんでそんなに気軽に、他人の人生をめちゃくちゃに踏みにじれるんだ。


   ◇ ◇ ◇
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