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◇28◇ 【マレーナ視点】これが振られるということなのですか

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   ◇ ◇ ◇


 ――――クロノス様とお会いしたのは、初めてギアン様とお会いするよりも前のことでした。

 わたくしが6歳だった、とあるお茶会でのことです。

 マナーや行儀を一足早く身に付けていた私は、大人たちによく誉められました。
 ですが、それを見たこどもたちには嫉妬されていたのでしょう。

 こどもたちだけになったとたん囲まれて、
『大人の言うことを聞いてばかり』
『そんなに誉められたいの?』
『良い子ぶってる』
と、周りに糾弾され始めたのです。

 何をされているのかまったくわからず、困惑しました。

 わたくしは祖父に教えられた、貴族として正しい振る舞いをしていたはずなのです。

 なぜこんなことを言われなければならないのか?
 ただその時の私は困惑するばかりで、それを言語化できず、周囲から言われるままになっていたのです。

 牙を抜かれた『良い子』は、暴力での反撃という手段を持っていなかったから。

 その時でした。


『くだらないことはやめなさい。悪いことだとわかっているなら、大人になってから後悔しますよ』


 割って入ってきて、そう皆に言って助けてくださったのが、クロノス様でした。

 皆が逃げていく中、クロノス様はわたくしに『大丈夫ですか?』と声をかけてくださった。

 見た目にも光輝くようにお美しい2つ上のクロノス様のお姿が、心に刻まれました。


 …………その時からずっと、お会いしたいと思っていたのに、クロノス様をお見かけすることはめったにございませんでした。わたくしがあちこちのお茶会にお邪魔していたにも関わらず、です。

 どうやら大人たちの妙な力学が、こどもたちにも作用しているせいだと薄々察し始めた頃、祖父から、クロノス様の出生のことをしらされました。

 ああ、と納得し、そして悔しく思いました。


(気高くてお優しいクロノス様こそ王の器では?)

(クロノス様にはなにも罪がないのに、王妃様に虐げられるなどひどい……)


 もしできるなら、お力になりたい。
 そしてあの方を、いるべき場所にお連れしたい。
 そう強く思いました。


 祖父は前王太子殿下の婚約者にわたくしが選ばれるよう画策しておりましたが、力及ばず、結局わたくしではなく王家の血を引く公爵家の令嬢が選ばれたのです。

 その時、わたくしは申し上げました。


 『では、クロノス・ウェーバー様はいかがですか?』


 何かあればクロノス様が王太子。そうでなくても、国王陛下のお子であれば悪い扱いではないに違いない。だから祖父のお眼鏡にもかなうはず。
 ですが祖父は、王妃陛下ににらまれているクロノス・ウェーバーは駄目だと却下してしまったのです。

 諦めきれなくて、数えきれないぐらい祖父に言ったのに。何度も何度も、祖父は却下し続けてきたのです。


   ◇ ◇ ◇


 残念ですが、いまのわたくしは婚約者のいる立場です。

 そのため、わたくしからクロノス殿下に明確に言葉にしてアプローチをすることはできません。
 ですので、とにかくきっかけをつくって話しかける、プレゼントを差し上げる(受け取っていただけないことも多かったですけど)と繰り返しておりました。
 また、以前にギアン様で実験して効果のあったテクニックをいくつも使いました。

 『協力者』の方々は、二人きりにしてわたくしが性的に迫れるような状況をつくろうと何度か試みたようですが、失敗したとのことです。

 そうでしょうね。王太子になられたあとの警護はかなり厚く、また、それに加えてカサンドラがずっと、殿下のそばにいましたから。

 それに、クロノス殿下は誘惑になど簡単には屈しないお方でしょう。


 ……せめて、少しでも、お話の時間がとれるなら。


 そう思いを込めて、託したお手紙でした。

 もはやリスクをとらなければならないのかもしれません。
 クロノス殿下にはっきりと、わたくしはあなた様をお慕いしており結婚したいと思っております、とお伝えしなければならないのかも。

 それを言ってなおクロノス殿下のお心が動かなければ、そしてわたくしがそのようなことを言ったと殿下が広言してしまえば、わたくしの評判は地に落ちるでしょう。

 ですが、冷たい態度でいらっしゃってもお心はお優しい殿下のことですから、話せばわたくしの思いもわかってくださるのではないでしょうか。
 わたくしは変わらず優秀ですし、王太子妃の資格は十分にあるはずです。

 わたくしが王宮の執務領域に入ることはできませんので(あれからいろいろと警護が強化され、『協力者』の方々が介入することができなくなりました)、お話ししたいことがあるので図書館に来ていただけませんかと、手紙に書きました。

 うまくいけば、二人でお話ができる。

 どの程度気持ちを伝えるかは、その時次第。


 ……わたくしは、そう思いながら、侍女を連れて、王宮付属の図書館のなかに入ったのです。

 指定しておりました、奥の棚のところ――――はたして、クロノス王太子殿下はいらっしゃいました。


「…………クロノス殿下」


 声をかけられ、振り向いたお姿がまた美しい。
 白銀の毛並みを持つ気高い神獣を連想させます。


「手紙をくれたのは貴女あなたで間違いないですね」

「は、はい」


 思わず声が上ずります。
 「下がっていなさい」と侍女に指示しました。
 二人きり、誰かに見られれば醜聞です。
 ですがそれでも、わたくしのきもちを話すならば誰にもきかれたくない。


「……あの、わたくし、お話が」

「先にこちらから話をさせてください」

「は、はい……」

「貴女のこのような手紙に応じるのは、これが最初で最後です。
 そして、正直にいえば私は、こういう手をつかう貴女をあまり快く思っていません」

「!」

「とはいえ、私自身、婚約者のいる女性を想い続けていたこともあります。契約などで人間の心はそうそう縛れるものではないのはわかっています。
 ですから、私から言えることはあくまで私の気持ちの話ですが――――私が貴女に対して、通常の社交付き合い以上の感情を抱くことはありません」


 殿下の言葉に、息が止まり、肩が震えました。膝も震えています。


「……といった話のつもりではなかったなら、失礼しました。
 どうもこういう断りはタイミングが難しいので」

「……………………」言葉が、出てきません。


 それはあまりにもシンプルな拒絶でした。


 わたくしに婚約者がいることを理由に断るということもできたでしょう。
 でもそうなさらず、王太子という立場にもかかわらず、クロノス殿下ご自身のお気持ちについてお返事をなさいました。

 つまり、わたくしがクロノス殿下のお心を動かすことはできない、と。

 婚約や立場を理由に断られるよりも、ずっと重く、心にこたえました。
 ずっとずっと、痛いと思いました。
 切り裂かれるような胸の痛み、これが振られるということなのですか。

 膝に力が入らず、ついにその場にへたりこんでしまったわたくしを一瞥し、クロノス殿下はその場を去っていかれます。

 去る背中、後ろ姿でさえなんと美しい人なのでしょう。
 私は這いつくばり、拳を握り、何も言えずにおりました。


   ◇ ◇ ◇
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