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◇27◇ 【マレーナ視点】何度めの正直でしょうか
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◇ ◇ ◇
「…………起きなければ」
リリスとお兄様が、シンシアを連れてどこぞへあわただしく出掛けていったその日の午後。
まだ月のものの痛みが残るおなかをさすりながら、わたくしは、起き上がりました。
母も痛みが強かったようですが、もしかしてわたくしのほうが、より強いかもしれません。
「…………マレーナ様?」
部屋の扉を開けて顔をのぞかせたのは、わたくしと同じ顔。リリスです。
「おなか痛いの、大丈夫ですか?」
「……あなたが気にすることではありませんわ」
「いや、気にすることでしょうよ。屁理屈ごねてないで休んでてくださいよ」
「休むわけにいかないのです、今日は」
『――――月のもので動けぬと? そんなわけがなかろう! 使用人たちを見よ!!』
不意に、祖父から受けた罵倒を思い出しました。
祖父に罵倒されるのも、父から大げさに心配されるのも嫌で、月のものであることをわたくしは隠し始めたのです。下着もこのときばかりは、屈辱を感じながら自分で洗います。
シンシアやリリスたちだって、関係ないなら無視してくれればいいのに。
「私もいま、感情がぐっちゃぐちゃで優しいこと言えなさそうなんで、もう引っ込みますけど。
ひとつだけ聞いていいですか。
もしかして、大公家のパーティーを休んだのって、月のもののせいでした?」
「だったら、どうだというの」
「それは気の毒だと」
「…………違いますわ」
どうせ痛いと言っても仮病だと言われるのですし、ドレスがよごれるのがどれだけ心配だと言っても殿方はそんなことでと言うでしょう。心ない殿方はねっとりと絡みつくようにからかってきます。父のように大げさに心配してくるのも嫌です。たぶんギアン様は、毎月ごとに父のような反応をするでしょう。目に見えています。
だったら、掘り返さないで、仮病扱いにしておいてほしいのです。
「もういいでしょう?
行ってくださる?」
「…………はい」
リリスは出ていき、扉を閉めていきました。
(感情がぐちゃぐちゃなら、わたくしのことなど気にしなければいいのに)
…………リリスも、何かあったのでしょうか。
わたくしはあの子に何があろうが気になどいたしませんが。
(さぁ、起きなければ)
今日は何としてでも、起きる必要がありました。
なぜなら、今日が出国前のクロノス王太子殿下にお会いできる、最後の日だったからです。
カサンドラも殿下に同行すると決まっているようです。
腹立たしいですが、逆を言えばカサンドラが王太子妃に選ばれる可能性が減ったということでしょう。
なぜなら、単身で異性と外泊した貴族令嬢など、もう処女ではないと見なされるのが通例だからです。
たとえばカサンドラが、異国の地でクロノス殿下に良からぬことを仕掛けたといたします。
もしそれを楯に、クロノス殿下に結婚を迫ったとしましょう。だとしても、処女ではない(推定)ことがネックになるに違いありません。
それがわかっていないカサンドラではないとは思うので解せないところではあるのですが……。
(妃に選ばれなくても、ただ、クロノス殿下のおそばにいたいということかもしれない)
そう思い至ると、チリチリとした火が胸を焼くような感情が渦を巻くのです。
どうしてなのでしょうか。
◇ ◇ ◇
幸いに、今回は、何かおおきなショックを受けたらしいリリスにお兄様もお母様もシンシアもかかりきりです。
(……もしかしたら、わたくしではなくリリスのほうが娘だったら良かった、ぐらいは考えているかもしれませんわね)
要領がよく気遣いできて、多少手がかかるときがあっても、言うことをきく子がかわいいのでしょう。
もしあんな子が姉妹にいたら、わたくしは大嫌いだったでしょうね。
『協力者』の侍女を連れて、わたくしはひそかに家を抜け出し、馬車で王宮に向かいました。
――――馬車に揺られながら、卒業式の謝恩パーティーの苦い記憶を思い返します。
『…………王太子殿下!! 本日も大変うるわ……』
『今日は卒業生に声をかけたいので、在学生は遠慮願えますか』
やっと王太子殿下に声をかけることができたと思ったら、冷たい眼差しで一言、バッサリ、でした。
あの方は、そんなお言葉をおっしゃる時も美しいのです。
『残念だけど殿下あんまり時間ないから、またの機会にね!』
と、すれ違いざまにカサンドラに慰められたのが、本当に腹が立ちます。
(殿下は……お手紙を読んでくださったかしら)
わたくしは、お手紙という手段はあまり好みませんでした。
ギアン様からいただいたお手紙が正直、なんでこんなことを送ってくるのかとしか思えなかったからです。
でも、今日は。
確実にお会いするために、『協力者』にお手紙を託しておりました。
「どうか、今日こそは……」
わたくしはしらぬまにそう呟いておりました。
◇ ◇ ◇
「…………起きなければ」
リリスとお兄様が、シンシアを連れてどこぞへあわただしく出掛けていったその日の午後。
まだ月のものの痛みが残るおなかをさすりながら、わたくしは、起き上がりました。
母も痛みが強かったようですが、もしかしてわたくしのほうが、より強いかもしれません。
「…………マレーナ様?」
部屋の扉を開けて顔をのぞかせたのは、わたくしと同じ顔。リリスです。
「おなか痛いの、大丈夫ですか?」
「……あなたが気にすることではありませんわ」
「いや、気にすることでしょうよ。屁理屈ごねてないで休んでてくださいよ」
「休むわけにいかないのです、今日は」
『――――月のもので動けぬと? そんなわけがなかろう! 使用人たちを見よ!!』
不意に、祖父から受けた罵倒を思い出しました。
祖父に罵倒されるのも、父から大げさに心配されるのも嫌で、月のものであることをわたくしは隠し始めたのです。下着もこのときばかりは、屈辱を感じながら自分で洗います。
シンシアやリリスたちだって、関係ないなら無視してくれればいいのに。
「私もいま、感情がぐっちゃぐちゃで優しいこと言えなさそうなんで、もう引っ込みますけど。
ひとつだけ聞いていいですか。
もしかして、大公家のパーティーを休んだのって、月のもののせいでした?」
「だったら、どうだというの」
「それは気の毒だと」
「…………違いますわ」
どうせ痛いと言っても仮病だと言われるのですし、ドレスがよごれるのがどれだけ心配だと言っても殿方はそんなことでと言うでしょう。心ない殿方はねっとりと絡みつくようにからかってきます。父のように大げさに心配してくるのも嫌です。たぶんギアン様は、毎月ごとに父のような反応をするでしょう。目に見えています。
だったら、掘り返さないで、仮病扱いにしておいてほしいのです。
「もういいでしょう?
行ってくださる?」
「…………はい」
リリスは出ていき、扉を閉めていきました。
(感情がぐちゃぐちゃなら、わたくしのことなど気にしなければいいのに)
…………リリスも、何かあったのでしょうか。
わたくしはあの子に何があろうが気になどいたしませんが。
(さぁ、起きなければ)
今日は何としてでも、起きる必要がありました。
なぜなら、今日が出国前のクロノス王太子殿下にお会いできる、最後の日だったからです。
カサンドラも殿下に同行すると決まっているようです。
腹立たしいですが、逆を言えばカサンドラが王太子妃に選ばれる可能性が減ったということでしょう。
なぜなら、単身で異性と外泊した貴族令嬢など、もう処女ではないと見なされるのが通例だからです。
たとえばカサンドラが、異国の地でクロノス殿下に良からぬことを仕掛けたといたします。
もしそれを楯に、クロノス殿下に結婚を迫ったとしましょう。だとしても、処女ではない(推定)ことがネックになるに違いありません。
それがわかっていないカサンドラではないとは思うので解せないところではあるのですが……。
(妃に選ばれなくても、ただ、クロノス殿下のおそばにいたいということかもしれない)
そう思い至ると、チリチリとした火が胸を焼くような感情が渦を巻くのです。
どうしてなのでしょうか。
◇ ◇ ◇
幸いに、今回は、何かおおきなショックを受けたらしいリリスにお兄様もお母様もシンシアもかかりきりです。
(……もしかしたら、わたくしではなくリリスのほうが娘だったら良かった、ぐらいは考えているかもしれませんわね)
要領がよく気遣いできて、多少手がかかるときがあっても、言うことをきく子がかわいいのでしょう。
もしあんな子が姉妹にいたら、わたくしは大嫌いだったでしょうね。
『協力者』の侍女を連れて、わたくしはひそかに家を抜け出し、馬車で王宮に向かいました。
――――馬車に揺られながら、卒業式の謝恩パーティーの苦い記憶を思い返します。
『…………王太子殿下!! 本日も大変うるわ……』
『今日は卒業生に声をかけたいので、在学生は遠慮願えますか』
やっと王太子殿下に声をかけることができたと思ったら、冷たい眼差しで一言、バッサリ、でした。
あの方は、そんなお言葉をおっしゃる時も美しいのです。
『残念だけど殿下あんまり時間ないから、またの機会にね!』
と、すれ違いざまにカサンドラに慰められたのが、本当に腹が立ちます。
(殿下は……お手紙を読んでくださったかしら)
わたくしは、お手紙という手段はあまり好みませんでした。
ギアン様からいただいたお手紙が正直、なんでこんなことを送ってくるのかとしか思えなかったからです。
でも、今日は。
確実にお会いするために、『協力者』にお手紙を託しておりました。
「どうか、今日こそは……」
わたくしはしらぬまにそう呟いておりました。
◇ ◇ ◇
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