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◇33◇ 船旅の始まり
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◇ ◇ ◇
一抹の不安を残しながら、私たちの乗った馬車は港に到着した。
港に並ぶなかでも、一際大きくて派手でエキゾチックで目立つ船。
それが私たちの乗る船なのだという。
「……私たちは以前に1度、レイエスに招待されているから、勝手がわからないときはフォローするよ」
とマクスウェル様。
「私、何があってもリリス様をお守りしますから!」
といい笑顔で言うシンシアさん(伯爵令嬢が平民を守ってていいんだろうか)。
周りにいる方々には不安はない。
ないけれど、さすがに1週間寝食ともにというのは、これまでとはハードルが桁違いだ。
マレーナ様を知る人もいるのだろうし……。
これで最後なのだから、腹をくくるしかない。
(それにきっと、マレーナ様の気持ちが落ち着けば、婚約解消したいなんて思わなくなるだろう)
ギアン様の妃が務まるのはマレーナ様だけだし、ギアン様が求めているのもマレーナ様だ。
私の仕事は、お嬢様の一時期の気まぐれを取り繕っただけのこと。
…………気になるのは、この前のギアン様が、ちょっと様子がちがったことだった。元気がなかったのか、何か気になることでもあったのか。
そんなことを考えている間に、馬車は、私たちを迎えに来ているレイエスの人々の前に停まった。
最前列にギアン様の姿がある。
遠くからでも彼の姿だけはすぐに見つけられる。
私たちが馬車を下りると、ギアン様が「よくいらしてくださった!ご招待に応じてくださり感謝いたします」と元気な声で言ってきた。
「マレーナ殿も、来てくれて良かった」
私と目を合わせてそう言って、私の手を取り口づける。唇の感触が甘い。
そして、にかりと笑むギアン様。良かった、いつもどおりの笑顔。
……貴族っぽくない、この笑顔が私は好きだ。誰にも言えないけど。
「この度はお招きいただき、ありがたく存じますわ。これより、どうぞよろしくお願い申し上げます」
「短い間ではあるが、楽しんでいただけるよう精一杯つとめるつもりだ。
さぁ、どうぞ、船へ!!」
私たちはギアン様の案内で船に向かった。
◇ ◇ ◇
「これは……船のなかとは思えませんね」
私が通された船室のなかを見て、シンシアさんがため息をつく。
豪奢な船室の中は、必要なものはすべてそろっていて、ファゴット侯爵邸のお部屋と遜色なかった。
「これで今日、船のなかで一泊したら、明日の夜までにはレイエスについてるなんて、ちょっと想像できませんね、お嬢様」
「ええ、そうですわね」
今回の旅の間は、どのタイミングで誰に聞かれても良いように、人目がないところでも私はマレーナ様としてしゃべり、使用人の皆さんには私をマレーナ様として扱ってもらっている。
「ああ、でも私、船酔いがちょっと心配です」
「シンシアは船に乗ったことがあるのですか?」
「といっても、こどもの頃のこととかですね……あと、遊覧船に連れていっていただ……あ」
シンシアさんが手で口をふさぐ。
わかりやすい人だな、この人。
「マクスウェルお兄様ですわね?」
「え、ええ…………。
せっかく自由になったんだからお休みの日はいろいろ楽しむといい、とおっしゃって、いろんなところに連れていっていただきました。すみません」
「それは自由ですので、わたくしは何も言いませんけれども」
マレーナ様だって、兄の交際事情なんてそこまで関心はないだろう。
というか、マクスウェル様、わりと普通にデートに誘ってるんだな……。
「……使用人のみんなに贔屓だと思われると恐いなと思って黙っていたんですけど。
やっぱりマクスウェル様、だいぶ私に気を遣ってくださっていますよね」
「…………??」
ん? これ、気を遣ってとかそういう話ですか?
「ただまぁ、マクスウェル様に変な噂が立ったら申し訳ないから、こちらからも遠慮しないといけないですね」
伝わってない、マクスウェル様。微塵も伝わってない。可哀想。
「そういうことは、気にしなくても良いのではなくて?」
「いえ。マクスウェル様は侯爵家の嫡男ですもの。
しかるべき家の、ちゃんとした令嬢を迎えなければなりませんから」
「ちゃんとした令嬢……」
何となく、嫌な言葉だと感じた。
それはつまり『傷物』の女は駄目だと言っているようなニュアンスを帯びていた
家の都合でずっと身内に献身させられた上で行き遅れ扱いされたシンシアさんが、自らその言葉を遣っているのは、さらに嫌だ。
「…………お嬢様?」
「なんでもありませんわ」
私が首をふったちょうどそのとき、ゆっくりと、部屋ごと動くのを感じて、慌てた。
「これは……?」
「ああ、船が動き始めましたね」
なるほど。部屋のなかは変わらないのだけど、椅子ごしになだらかな振動と、動いている感覚がある。
船で運ばれているとこういう感覚なのか。
「少ししたら、甲板に上がって海を見ませんか?
とても綺麗ですよ」
ええ、と私はうなずく。
船から見る海。芝居では、本で見て想像して、港に行ってみて想像して、それで舞台に臨んだけど、本物はいったいどんな風なのだろうか。
一抹の不安を残しながら、私たちの乗った馬車は港に到着した。
港に並ぶなかでも、一際大きくて派手でエキゾチックで目立つ船。
それが私たちの乗る船なのだという。
「……私たちは以前に1度、レイエスに招待されているから、勝手がわからないときはフォローするよ」
とマクスウェル様。
「私、何があってもリリス様をお守りしますから!」
といい笑顔で言うシンシアさん(伯爵令嬢が平民を守ってていいんだろうか)。
周りにいる方々には不安はない。
ないけれど、さすがに1週間寝食ともにというのは、これまでとはハードルが桁違いだ。
マレーナ様を知る人もいるのだろうし……。
これで最後なのだから、腹をくくるしかない。
(それにきっと、マレーナ様の気持ちが落ち着けば、婚約解消したいなんて思わなくなるだろう)
ギアン様の妃が務まるのはマレーナ様だけだし、ギアン様が求めているのもマレーナ様だ。
私の仕事は、お嬢様の一時期の気まぐれを取り繕っただけのこと。
…………気になるのは、この前のギアン様が、ちょっと様子がちがったことだった。元気がなかったのか、何か気になることでもあったのか。
そんなことを考えている間に、馬車は、私たちを迎えに来ているレイエスの人々の前に停まった。
最前列にギアン様の姿がある。
遠くからでも彼の姿だけはすぐに見つけられる。
私たちが馬車を下りると、ギアン様が「よくいらしてくださった!ご招待に応じてくださり感謝いたします」と元気な声で言ってきた。
「マレーナ殿も、来てくれて良かった」
私と目を合わせてそう言って、私の手を取り口づける。唇の感触が甘い。
そして、にかりと笑むギアン様。良かった、いつもどおりの笑顔。
……貴族っぽくない、この笑顔が私は好きだ。誰にも言えないけど。
「この度はお招きいただき、ありがたく存じますわ。これより、どうぞよろしくお願い申し上げます」
「短い間ではあるが、楽しんでいただけるよう精一杯つとめるつもりだ。
さぁ、どうぞ、船へ!!」
私たちはギアン様の案内で船に向かった。
◇ ◇ ◇
「これは……船のなかとは思えませんね」
私が通された船室のなかを見て、シンシアさんがため息をつく。
豪奢な船室の中は、必要なものはすべてそろっていて、ファゴット侯爵邸のお部屋と遜色なかった。
「これで今日、船のなかで一泊したら、明日の夜までにはレイエスについてるなんて、ちょっと想像できませんね、お嬢様」
「ええ、そうですわね」
今回の旅の間は、どのタイミングで誰に聞かれても良いように、人目がないところでも私はマレーナ様としてしゃべり、使用人の皆さんには私をマレーナ様として扱ってもらっている。
「ああ、でも私、船酔いがちょっと心配です」
「シンシアは船に乗ったことがあるのですか?」
「といっても、こどもの頃のこととかですね……あと、遊覧船に連れていっていただ……あ」
シンシアさんが手で口をふさぐ。
わかりやすい人だな、この人。
「マクスウェルお兄様ですわね?」
「え、ええ…………。
せっかく自由になったんだからお休みの日はいろいろ楽しむといい、とおっしゃって、いろんなところに連れていっていただきました。すみません」
「それは自由ですので、わたくしは何も言いませんけれども」
マレーナ様だって、兄の交際事情なんてそこまで関心はないだろう。
というか、マクスウェル様、わりと普通にデートに誘ってるんだな……。
「……使用人のみんなに贔屓だと思われると恐いなと思って黙っていたんですけど。
やっぱりマクスウェル様、だいぶ私に気を遣ってくださっていますよね」
「…………??」
ん? これ、気を遣ってとかそういう話ですか?
「ただまぁ、マクスウェル様に変な噂が立ったら申し訳ないから、こちらからも遠慮しないといけないですね」
伝わってない、マクスウェル様。微塵も伝わってない。可哀想。
「そういうことは、気にしなくても良いのではなくて?」
「いえ。マクスウェル様は侯爵家の嫡男ですもの。
しかるべき家の、ちゃんとした令嬢を迎えなければなりませんから」
「ちゃんとした令嬢……」
何となく、嫌な言葉だと感じた。
それはつまり『傷物』の女は駄目だと言っているようなニュアンスを帯びていた
家の都合でずっと身内に献身させられた上で行き遅れ扱いされたシンシアさんが、自らその言葉を遣っているのは、さらに嫌だ。
「…………お嬢様?」
「なんでもありませんわ」
私が首をふったちょうどそのとき、ゆっくりと、部屋ごと動くのを感じて、慌てた。
「これは……?」
「ああ、船が動き始めましたね」
なるほど。部屋のなかは変わらないのだけど、椅子ごしになだらかな振動と、動いている感覚がある。
船で運ばれているとこういう感覚なのか。
「少ししたら、甲板に上がって海を見ませんか?
とても綺麗ですよ」
ええ、と私はうなずく。
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