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◇32◇ 【マレーナ視点】不穏な来客

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   ◇ ◇ ◇


 リリスがわたくしの代わりに加わった家族4人の一行が乗った馬車がいくのを、邸の窓から眺めました。


 体調を悪くしたことで妙に優しくなったリリスに、とりとめもなく話すなかで、自然とわたくしの考えは整理されていきました。


 改めて考えれば、わたくしのしてきたことは不合理なことばかりでした。

 それでも王妃という地位を手に入れられれば貴族の娘として正しいのだと、自分に言い聞かせておりました。

 わたくしを突き動かしていたのは、祖父への反発。望みを聞いてもらえずに、いいように人生を動かされてきたという被害者感情。
 そして…………悔しいですが、リリスが突っ込んだ通り、クロノス殿下への恋愛感情だったのでしょう。


(もう少し、早く気づいていれば)


 もっと早く気づくべきでした。

 わたくしは、恋愛感情などという貴族にあるまじきものを持って産まれてしまった。
 理想的な貴族令嬢として家が定める相手と結婚して良き妻になる、そのような素質を持って生まれてはいなかったのです。

 私情を押さえつけて他の誰かの妻になったとしても、そのお相手がどんなに良い方であったとしても、いまの私にその方の妻は務まらないでしょう。

 抑え続けることができない私情なら、最初から抑えるべきではなかったのです。

 抑えようとしたせいで、恋愛感情という病のもとを押し隠そうとしたせいで、長年、ギアン様にひどいことをしてしまったのですから。リリスがいうように抑えずに早く婚約解消してしまうことが、唯一の誠意だったのです。


 ……あげくに、友情の薄い友人たちと女同士の価値を競い、高額な贈り物をいただくことが女として価値があることのように思い込み、ギアン様からいただいたものを眺めて虚栄心を満たしておりました。

 あなたは王妃の器だと、『協力者』たちにちやほやされて、自分の価値を高く見積もりすぎておりました。

 どこに、クロノス殿下に好いていただける要素があるのでしょうか?


「……情けない」


 いまのわたくしは、周りに助けてもらわねば何もできない存在だというのに。


 つまりわたくしは、ようやく、ギアン様との婚約を解消する覚悟ができたのです。
 リリスたちが旅立つ前であれば彼女たちを止められたのに、覚悟ができるのも遅すぎました。


(…………わたくしもレイエスに行くべきでしょうか。
 いえ、あざむいていたことまでは正直に言うべきではありませんわね。よけいにファゴット家の立場を悪くしてしまう。
 お父様たちとリリスが帰ってきたらすぐお話ができるように……そして、ギアン様からいただいたものもすぐにお返しできるようにまとめておきましょう)


 そう、もろもろ心の整理がついた、そのとき。


「あのう、マレーナお嬢様…………」


 家に残った侍女の一人に声をかけられました。


「なんですの?」

「来客ともうしますか……妙な身なりの男が、お嬢様に会わせろと言うのです……。
 実は一昨日も昨日も来ていて、追い返したのですが…………今日などは、会わせないとお嬢様にとって都合の悪い情報を新聞にばらす、と言い出しまして」


 …………なんとも不穏な来客です。
 どちらかというと追い返したいところですが、わたくし一人では判断しかねました。


「マレーナ・ファゴットに会いたいと、そう言っているのかしら?」

「ファゴット家の娘に会わせろ、と……」

「わかりましたわ。
 お会いしましょう、ただし、門前で。邸のなかには入れませんわ」


 わたくしは人前に出られる支度をいたしました。
 窓のそとから門のところを眺めます。
 痩せこけた、すさんだ目付きの男です。
 もしかして、と思い当たる男が一人だけいました。



 ――――門の前までわたくしが進み出ると、品のない口笛を吹きました。
 鉄柵ごしに、わたくしたちは向かい合います。


「…………いったいどこのどちら様かしら」

「あんた…………リリス、じゃない方だな?」

「ファゴット家長女、マレーナ・ファゴットですわ」

「いやぁ……ははは、そっくりすぎて驚いたぜ」


 若い娘であれば初対面でもこのような言葉遣いをしても良いと思うような男と、あまり話したくはないのです。
 ですが、先ほどの一言で確証を持ちました。


「ご自分の素性もなにもおっしゃらない方とお話しすることはありませんわ。では」

「ちょっ、待てって!
 俺は、リリスの父親、だよ!」

(…………やっぱり…………)


 外れてほしかったところですが。
 『協力者』の方々が、リリスの父親にコンタクトをとったとおっしゃっていました。
 そこでおそらく、何か『協力者』の方が、リリスにさせていることについてぽろりと漏らしてしまったのでしょう。

 お金でもせびりにきたのでしょうか?
 ならば先手を打ちましょうか。


「あなた、リリスのお金を端からむしりとっていたそうですわね」

「…………は?」

「いまからでも訴えることはできるのではないかしら」

「お、おいおいお嬢ちゃん!! 娘の金を親が使って、誰が罪に問うっていうんだよ!!」

「やってみなければわかりませんわよ。で、何かご用ですの?」

「………………生意気な小娘が」


 つばを吐きかけてきましたが、それは鉄柵にあたりました。
 あとでしっかり磨いておいてもらいましょう。


「ふん、あとで後悔しても知らねぇぞ?」


 背を向け、肩をいからせて彼は去っていきます。

 正直、リリスに同情いたしましたが、そんなことを言っている場合ではありません。

 わたくしは、早急に『協力者』の皆様に連絡を取る必要を感じました。


   ◇ ◇ ◇
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