身代わり婚約者になった元悪役令嬢役女優、塩対応しかしてないのになぜか溺愛されてます。

真曽木トウル

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◇44◇ 【ギアン視点】

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「すまない、マレーナ。場所が悪かったな」
「いえ…………」


 少し伏し目がちになり、しかしすぐに背筋を伸ばして、『彼女』は続けた。


「……ただ、驚いてしまって言葉が出てこなかったのですわ。
 ですが、あれはわたくしの友人たちがギアン様にご無礼をはたらきましたわね。
 お詫び申し上げます」

「そんな! マレーナはただ、言われていただけではないか。
 もっと早く止めればよかった。苦しかっただろう??」

「そんなこと……わたくしを誰だと思っていらっしゃるの?」


 私は『彼女』をマレーナとして扱い続ける。
 やはりマレーナであってほしい。私の婚約者であってほしかった。
 ……そんな時だ。


「ギアン?」


 通りがかった、友人のヴィクターに声をかけられた。


「すまないヴィクター、婚約者が具合が悪くてな」

「そうか。────大丈夫ですか?」

「ヴィクターにも紹介したかったが、負担だろうからまたの機会にさせてくれ。
 ヘリオス先輩の卒業祝いのことか?」

「ああ。先輩、謝恩パーティーの夜の部をばっくれるつもりだったのがクロノス殿下にバレて捕まったらしい。遅くなるけど夜の部が終わってからに時間を変えるってアシュリーが」


 要件を伝えるヴィクター。
 ヘリオス先輩は今年の卒業生で、クロノス王太子殿下の異父弟だ。
 面倒見の良いさばけた人柄で男連中に人気が高く、私たち2年生が中心になり、〈紳士部〉の後輩たちで卒業祝いの宴を催そうと計画していたのだ。


「そうか。しかし私も婚約者が……」

「ギアン様。わたくしはもう失礼いたしますから、どうぞ先輩の卒業お祝いにご出席ください。先輩にとっては今日がたった一度のご卒業なのですから」

「う、うむ……マレーナは大丈夫か?」

「ええ。どうぞお祝いして差し上げて」


 『彼女』と話しながら、不意に、ヴィクターの視線が彼女の顔に向けられていることに気が付いた。と言って、それを気にする余裕は私にはなかった。


「じゃあ俺はこれで。
 マレーナ様はお大事になさってください」

「お気遣いありがたく存じますわ」


 ヴィクターが背を向けて去っていく、その背中の大きさに、少し妬いた。
 たくさんの障害を乗り越え、昨年身分違いの結婚をしたこの友人は、いまもその奥方ととても睦まじい。お見かけする奥方はいつも幸せそうだ。

 愛する女性を幸せにできる。その友人の力が、うらやましかった。


「付き合いの長い私の友人だ。男前だろう?」

「どう答えても角の立ちそうな言い方はやめていただきたいですわ」

「ああ、すまない。そういうつもりではなかったのだ。背が高く、目を引く容姿だろう。それにオレンジの髪がうらやましくてな」


 後ろめたさからか、つい饒舌になる。
 マレーナなら昔のように、
『やはり、貴族たるもの銀髪か金髪でなければ』
と言い出すだろうか。


「…………ギアン様の黒髪は綺麗ですわ」

「え?」

「誇って良いものだと思いますわ」


 わずかに怒りをにじませながら、『彼女』は言う。
 嬉しいその言葉、だけど、マレーナ・ファゴットなら、絶対に言わない。
 考え方が完全に変わるということはなくはないかもしれない。
 だけど、それは、私の髪を銀髪にさせようとした記憶を失うことではない。

 『彼女』は、その記憶を持っていない。

 まったくの別人だ。


「そうか!ありがとう!」

「え、ええ」

「もうじき謝恩パーティーも終わるな。
 控え室まで送って行こう。
 帰りは大丈夫か?」

「ええ。侍女たちもおりますから問題はございませんわ」

「そうか。よかった!」


 声が上ずる。

 婚約者としてマレーナに忠実でいるなら、今ここで私は『彼女』に問うべきだった。なぜ入れ替わっているのかと。ファゴット侯爵も承知の上のことなのかと。

 だが問うたらそれですべて終わってしまう気がした。違う。『彼女』が替え玉なら、これは必ずいつか醒めなければならない夢だ。あまりにも長く望んできた関係だとしても。


「────夏休みの間は、私は国に戻らなければならなくてな。ただ、もし良ければ一度ぐらい、マレーナを招待したいのだ」

「わたくしを……ですか」

「うむ、考えておいてくれるだろうか」

「……そう、ですわね。
 検討させていただきますわ」


 かねてから姉に言われていた通り、私は伝えた。
 レイエスにくるのは『彼女』なのか『マレーナ』なのか。
 『彼女』はいったいなぜ入れ替わりなどしているのか。

 ぐちゃぐちゃといろんな感情が入り交じりながら、それでも疑いようがなかったのは、自分が、愛してはいけないほうを愛してしまったということだった。


   ◇ ◇ ◇


「……芸名はリリス・ウィンザーという女優だ。本名はしらない。少し前に、うちの先祖を演じていて、テイレシアが一番好きな女優の1人だった」


 卒業式翌日。

 ヴィクターが、「マレーナ様があまりにこの人に似ているので気になった」と、演劇のパンフレットのようなものを学園に持ってきて私に見せた。
 多色刷りのパンフレットには、マレーナに生き写しの女性が描かれていた。


「先祖というのは、ハルモニアか?」

「ああ」


 ヴィクターの姓はエルドレッド。
 ベネディクト王国屈指の豪商エルドレッド商会の当主の次男だ。
 その商会の創業者であるヴィクターの高祖母ハルモニアは、かつてのレイエス王と闘い、その後和解。それ以来、レイエスとエルドレッド商会は縁が深かった。


「そうか、確かに似ているな。
 マレーナに見せてみたいが機嫌が悪くなりそうだから、やめておく」


 そう笑って、流して、パンフレットをヴィクターに返した。
 この女性が、『彼女』なのだろうか。
 もし、『彼女』だったとしたら。
 『彼女』は『彼女』の意思で演じているのか。それとも。
 そして演じているのだから、もちろん、私への愛情などないはずだ。


(…………さすがに、婚約者の国への訪問は、本物のマレーナが来るだろう。
 だが、それでもしも『彼女』が来たとしたら)


 ────だとしたら、せいいっぱいもてなそう。


 少しでも夢を見させてくれた分、楽しいと思ってもらいたい。
 次を最後に、私はその夢から醒める。
 ずっとずっと望んでいた、甘い夢から。


   ◇ ◇ ◇
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