44 / 70
◇44◇ 【ギアン視点】
しおりを挟む「すまない、マレーナ。場所が悪かったな」
「いえ…………」
少し伏し目がちになり、しかしすぐに背筋を伸ばして、『彼女』は続けた。
「……ただ、驚いてしまって言葉が出てこなかったのですわ。
ですが、あれはわたくしの友人たちがギアン様にご無礼をはたらきましたわね。
お詫び申し上げます」
「そんな! マレーナはただ、言われていただけではないか。
もっと早く止めればよかった。苦しかっただろう??」
「そんなこと……わたくしを誰だと思っていらっしゃるの?」
私は『彼女』をマレーナとして扱い続ける。
やはりマレーナであってほしい。私の婚約者であってほしかった。
……そんな時だ。
「ギアン?」
通りがかった、友人のヴィクターに声をかけられた。
「すまないヴィクター、婚約者が具合が悪くてな」
「そうか。────大丈夫ですか?」
「ヴィクターにも紹介したかったが、負担だろうからまたの機会にさせてくれ。
ヘリオス先輩の卒業祝いのことか?」
「ああ。先輩、謝恩パーティーの夜の部をばっくれるつもりだったのがクロノス殿下にバレて捕まったらしい。遅くなるけど夜の部が終わってからに時間を変えるってアシュリーが」
要件を伝えるヴィクター。
ヘリオス先輩は今年の卒業生で、クロノス王太子殿下の異父弟だ。
面倒見の良いさばけた人柄で男連中に人気が高く、私たち2年生が中心になり、〈紳士部〉の後輩たちで卒業祝いの宴を催そうと計画していたのだ。
「そうか。しかし私も婚約者が……」
「ギアン様。わたくしはもう失礼いたしますから、どうぞ先輩の卒業お祝いにご出席ください。先輩にとっては今日がたった一度のご卒業なのですから」
「う、うむ……マレーナは大丈夫か?」
「ええ。どうぞお祝いして差し上げて」
『彼女』と話しながら、不意に、ヴィクターの視線が彼女の顔に向けられていることに気が付いた。と言って、それを気にする余裕は私にはなかった。
「じゃあ俺はこれで。
マレーナ様はお大事になさってください」
「お気遣いありがたく存じますわ」
ヴィクターが背を向けて去っていく、その背中の大きさに、少し妬いた。
たくさんの障害を乗り越え、昨年身分違いの結婚をしたこの友人は、いまもその奥方ととても睦まじい。お見かけする奥方はいつも幸せそうだ。
愛する女性を幸せにできる。その友人の力が、うらやましかった。
「付き合いの長い私の友人だ。男前だろう?」
「どう答えても角の立ちそうな言い方はやめていただきたいですわ」
「ああ、すまない。そういうつもりではなかったのだ。背が高く、目を引く容姿だろう。それにオレンジの髪がうらやましくてな」
後ろめたさからか、つい饒舌になる。
マレーナなら昔のように、
『やはり、貴族たるもの銀髪か金髪でなければ』
と言い出すだろうか。
「…………ギアン様の黒髪は綺麗ですわ」
「え?」
「誇って良いものだと思いますわ」
わずかに怒りをにじませながら、『彼女』は言う。
嬉しいその言葉、だけど、マレーナ・ファゴットなら、絶対に言わない。
考え方が完全に変わるということはなくはないかもしれない。
だけど、それは、私の髪を銀髪にさせようとした記憶を失うことではない。
『彼女』は、その記憶を持っていない。
まったくの別人だ。
「そうか!ありがとう!」
「え、ええ」
「もうじき謝恩パーティーも終わるな。
控え室まで送って行こう。
帰りは大丈夫か?」
「ええ。侍女たちもおりますから問題はございませんわ」
「そうか。よかった!」
声が上ずる。
婚約者としてマレーナに忠実でいるなら、今ここで私は『彼女』に問うべきだった。なぜ入れ替わっているのかと。ファゴット侯爵も承知の上のことなのかと。
だが問うたらそれですべて終わってしまう気がした。違う。『彼女』が替え玉なら、これは必ずいつか醒めなければならない夢だ。あまりにも長く望んできた関係だとしても。
「────夏休みの間は、私は国に戻らなければならなくてな。ただ、もし良ければ一度ぐらい、マレーナを招待したいのだ」
「わたくしを……ですか」
「うむ、考えておいてくれるだろうか」
「……そう、ですわね。
検討させていただきますわ」
かねてから姉に言われていた通り、私は伝えた。
レイエスにくるのは『彼女』なのか『マレーナ』なのか。
『彼女』はいったいなぜ入れ替わりなどしているのか。
ぐちゃぐちゃといろんな感情が入り交じりながら、それでも疑いようがなかったのは、自分が、愛してはいけないほうを愛してしまったということだった。
◇ ◇ ◇
「……芸名はリリス・ウィンザーという女優だ。本名はしらない。少し前に、うちの先祖を演じていて、妻が一番好きな女優の1人だった」
卒業式翌日。
ヴィクターが、「マレーナ様があまりにこの人に似ているので気になった」と、演劇のパンフレットのようなものを学園に持ってきて私に見せた。
多色刷りのパンフレットには、マレーナに生き写しの女性が描かれていた。
「先祖というのは、ハルモニアか?」
「ああ」
ヴィクターの姓はエルドレッド。
ベネディクト王国屈指の豪商エルドレッド商会の当主の次男だ。
その商会の創業者であるヴィクターの高祖母ハルモニアは、かつてのレイエス王と闘い、その後和解。それ以来、レイエスとエルドレッド商会は縁が深かった。
「そうか、確かに似ているな。
マレーナに見せてみたいが機嫌が悪くなりそうだから、やめておく」
そう笑って、流して、パンフレットをヴィクターに返した。
この女性が、『彼女』なのだろうか。
もし、『彼女』だったとしたら。
『彼女』は『彼女』の意思で演じているのか。それとも。
そして演じているのだから、もちろん、私への愛情などないはずだ。
(…………さすがに、婚約者の国への訪問は、本物のマレーナが来るだろう。
だが、それでもしも『彼女』が来たとしたら)
────だとしたら、せいいっぱいもてなそう。
少しでも夢を見させてくれた分、楽しいと思ってもらいたい。
次を最後に、私はその夢から醒める。
ずっとずっと望んでいた、甘い夢から。
◇ ◇ ◇
0
あなたにおすすめの小説
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
一度目で黒狼公に討たれた私ですが、二度目の夜はお父様のそばでしか眠れません
師走
恋愛
八歳の冬、リリア・ヴァルグレイは父に殺された。
王国最強の討魔貴族――黒狼公レオンハルト・ヴァルグレイ。
人にも魔にも容赦のないその男は、黒花の災厄に呑まれかけた実の娘を、自らの手で討ったのだ。
けれど次に目を覚ました時、リリアは赤ん坊に戻っていた。
もう二度と、お父様に剣を向けられたくない。
そう願うのに、夜になるとまた黒花の囁きが忍び寄る。甘くやさしいその声は、孤独な心に触れて、静かに破滅へと導こうとする。
そして、その囁きがぴたりと止むのは――世界でいちばん怖いお父様のそばだけだった。
一度目の父は、同じ城で暮らしていても遠い人だった。
リリアを見ない。抱かない。呼びもしない。
そのくせ二度目の父は、相変わらず冷たいまま、なぜか夜ごとリリアを放っておいてくれない。侍女を替え、部屋を守らせ、怯えて眠れない娘を黙って自分の近くへ置いてしまう。
人にはあれほど容赦がないのに、リリアにだけ少しずつおかしくなっていく。
怖い。近づきたくない。
それでも、その腕の中でしか眠れない。
またあの冬が来る。
また同じように、黒花はリリアを呑み込もうとするかもしれない。
今度こそ囁きに負けないために。今度こそ父に剣を抜かせないために。
一度目で父に討たれた娘は、二度目の人生でもっとも恐ろしいその人のそばへ、自分の意志で手を伸ばしていく。
小説家になろう様でも掲載中
【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。
朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。
ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる