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◇50◇ 恐ろしい気づき
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◇ ◇ ◇
(……波の、音……?)
かすかに耳に届く音と、身体に感じる振動。
目を覚ました時、私は暗闇のなかにいた。
(…………?)
頭がぼうっとする。木の床のようなところに横たわっている。身体が痛い。
何だったんだっけ。月夜、海岸をしばらく歩いてから城に戻ろうとしたら、私の前にマレーナ様が突然現れて……。
(マレーナ様!!)
そうだ、服を取り替えた。そのときに、ベネディクト王国の貴族たちのたくらみを聞かされた。
私とマレーナ様が入れ替わっているということをレイエス大公家の人々の前で明かして、それが王太子殿下によるものだとして罪をなすりつけ……ベネディクトとレイエスの間に不和を起こそうとしているのだと。
それを防ぐため、私たちは入れ替わらなければならないのだと。
マレーナ様は、彼らのもくろみを潰している間、隠れて待っているようにと私に言った。
1人ひそかに王都に戻った方がいいんじゃないかと迷いながら私は、深夜から明け方、御者さんに気遣われながら、馬車のなかで待っていた……。
身体が痛い。起き上がろうとして、後ろ手に縛られていることに気づく。
……そうだ。突然、馬車に男たちが入ってきて。
───────ギィ。
木がきしむような音を立てて、光が入り込んできた。
部屋のドアが開いたらしい。人が立っている。漏れた光でここが船室のような場所だとわかったけど、肝心の相手の顔は、逆光で見えない。
「…………おい、起きてるか? リリス」
(!?)
腐った果物を潰す音のような、不快なこの声。
まさか。私の前からはもう永遠に姿を消したと思っていた人間を思い出して、背筋がぞわりとした。
「捕まえる時に仲間がだいぶ手こずったようだが、こうして見ると見事にお貴族さまのご令嬢になりきってやがるな。はは、さすがだぜ天才女優。いや、まぁ血は争えねえってほうか?」
「……なんで、あんたが」
「あんた?」
乱暴に私の肩を……火傷のあとを踏みつける。
「お父さまと呼べよ? この親不孝娘」
「……っ!!」
痛みに唇を噛む。声なんか出してやるもんか。
大っ嫌いな私の父親。彼は絶対に姓を明かさない男で(たぶん過去の犯罪歴のせいだと思う)、私は母の姓であるウィンザーを名乗っていた。
外面は良いけど母を病ませた張本人。私の商売ものの顔や身体にさえ平気で痣をつけ、それでいて金は端からむしりとっていく。捨てたくて逃げたくてたまらなかった、最低の父親。
「おまえを取り返すために、借金して人を雇って、あのお嬢様に見張りをつけてたからな。急に王都からレイエスに向かったときにはピンときたぜ。なんかヤバいことが始まったってな。
仲間たちでお嬢様のあとをつけて、おまえとお嬢様が入れ替わったのを見て、頃合いを見計らって仲間たちで連れ出したのさ。
お優しいお父様に感謝しろよ?」
「……誰が!!」
「しっかし、あの団長のせいで面倒くさいことになったぜ。こっちはちゃんと、おまえで金を作るために動いてたのによ」
「どの口で言ってんの? 金づるとして使えなくなったと思ったら、私のお金みんな持って逃げたくせに」
「だーかーら!! 『父親』の俺が逃げ出すなんてそんなことするはずねぇだろ? そんなもったいないことするかよ」
「………………?」
目の前の男は、確かに私の父親だ。なのに、いったい何を言っているのかわからない。
いや、言っている内容を理解することを、頭が拒んでる。
「時間がかかってたのは、単に、あの事件の後に俺あてに名乗り出た金持ちが多かったのさ。
さすがに人気女優の看板は伊達じゃねぇなぁ。火傷のあとがあろうが構わねぇ、金に糸目はつけねぇからリリス・ウィンザーを抱きたい買いたいって男が、女衒稼業の俺のダチづてにどれだけ名乗り出てきたと思う?」
(…………!!)
……なんて男だ。
……なんて、父親だ。
「一人一人に、金額を提示させてよ……とびきり良い金を払ってくれる買い手が決まって劇団に戻ろうとしたら、あの団長が、おまえを劇団から追放したって噂で持ち切りじゃねぇか。あわてて、必死こいて、王都じゅう探し回ったぜ」
あの時団長が私をクビにしなかったら、今頃……。想像してゾッとした。
「そうしたらよぉ。欲の皮の突っ張った貴族の手先が俺に近づいてきやがって、妙に俺の周りを嗅ぎ回るんで、逆に話しかけて色々聞き出してやったのさ。そうしたらまぁ、おまえが……ハハハハハハ」
突如父親は、1人で笑い始める。どういうことなのか、何がおかしいのかわからない。
「あの邸におまえがいるなんて、しかも令嬢と入れ替わってるだって? 縁というか運命のいたずらというか……アハハハハハッ!! まったくあの間抜け男め、真実を知ったらどんな顔をするんだろうな。ハハハハハハ!!!」
……そのとき、私は気づいた。
以前、ファゴット侯爵が取り乱し、やつれたようすを見せた時、浮かんだ謎の既視感。それが、父親の顔に起因していることに。
ふっくらとしたファゴット侯爵とやせぎすの父親。やや髪が薄くなりつつある侯爵と髪の多い父。人の良い雰囲気の侯爵と、邪悪がにじみ出てる父。全然、印象が違って、いままで気づかなかった。
顔の骨格、顔つきが似ている。
────いや、まさか。さすがにそんなはずはない。
だけど、私とマレーナ様がこんなにも似ているのは……。
(……波の、音……?)
かすかに耳に届く音と、身体に感じる振動。
目を覚ました時、私は暗闇のなかにいた。
(…………?)
頭がぼうっとする。木の床のようなところに横たわっている。身体が痛い。
何だったんだっけ。月夜、海岸をしばらく歩いてから城に戻ろうとしたら、私の前にマレーナ様が突然現れて……。
(マレーナ様!!)
そうだ、服を取り替えた。そのときに、ベネディクト王国の貴族たちのたくらみを聞かされた。
私とマレーナ様が入れ替わっているということをレイエス大公家の人々の前で明かして、それが王太子殿下によるものだとして罪をなすりつけ……ベネディクトとレイエスの間に不和を起こそうとしているのだと。
それを防ぐため、私たちは入れ替わらなければならないのだと。
マレーナ様は、彼らのもくろみを潰している間、隠れて待っているようにと私に言った。
1人ひそかに王都に戻った方がいいんじゃないかと迷いながら私は、深夜から明け方、御者さんに気遣われながら、馬車のなかで待っていた……。
身体が痛い。起き上がろうとして、後ろ手に縛られていることに気づく。
……そうだ。突然、馬車に男たちが入ってきて。
───────ギィ。
木がきしむような音を立てて、光が入り込んできた。
部屋のドアが開いたらしい。人が立っている。漏れた光でここが船室のような場所だとわかったけど、肝心の相手の顔は、逆光で見えない。
「…………おい、起きてるか? リリス」
(!?)
腐った果物を潰す音のような、不快なこの声。
まさか。私の前からはもう永遠に姿を消したと思っていた人間を思い出して、背筋がぞわりとした。
「捕まえる時に仲間がだいぶ手こずったようだが、こうして見ると見事にお貴族さまのご令嬢になりきってやがるな。はは、さすがだぜ天才女優。いや、まぁ血は争えねえってほうか?」
「……なんで、あんたが」
「あんた?」
乱暴に私の肩を……火傷のあとを踏みつける。
「お父さまと呼べよ? この親不孝娘」
「……っ!!」
痛みに唇を噛む。声なんか出してやるもんか。
大っ嫌いな私の父親。彼は絶対に姓を明かさない男で(たぶん過去の犯罪歴のせいだと思う)、私は母の姓であるウィンザーを名乗っていた。
外面は良いけど母を病ませた張本人。私の商売ものの顔や身体にさえ平気で痣をつけ、それでいて金は端からむしりとっていく。捨てたくて逃げたくてたまらなかった、最低の父親。
「おまえを取り返すために、借金して人を雇って、あのお嬢様に見張りをつけてたからな。急に王都からレイエスに向かったときにはピンときたぜ。なんかヤバいことが始まったってな。
仲間たちでお嬢様のあとをつけて、おまえとお嬢様が入れ替わったのを見て、頃合いを見計らって仲間たちで連れ出したのさ。
お優しいお父様に感謝しろよ?」
「……誰が!!」
「しっかし、あの団長のせいで面倒くさいことになったぜ。こっちはちゃんと、おまえで金を作るために動いてたのによ」
「どの口で言ってんの? 金づるとして使えなくなったと思ったら、私のお金みんな持って逃げたくせに」
「だーかーら!! 『父親』の俺が逃げ出すなんてそんなことするはずねぇだろ? そんなもったいないことするかよ」
「………………?」
目の前の男は、確かに私の父親だ。なのに、いったい何を言っているのかわからない。
いや、言っている内容を理解することを、頭が拒んでる。
「時間がかかってたのは、単に、あの事件の後に俺あてに名乗り出た金持ちが多かったのさ。
さすがに人気女優の看板は伊達じゃねぇなぁ。火傷のあとがあろうが構わねぇ、金に糸目はつけねぇからリリス・ウィンザーを抱きたい買いたいって男が、女衒稼業の俺のダチづてにどれだけ名乗り出てきたと思う?」
(…………!!)
……なんて男だ。
……なんて、父親だ。
「一人一人に、金額を提示させてよ……とびきり良い金を払ってくれる買い手が決まって劇団に戻ろうとしたら、あの団長が、おまえを劇団から追放したって噂で持ち切りじゃねぇか。あわてて、必死こいて、王都じゅう探し回ったぜ」
あの時団長が私をクビにしなかったら、今頃……。想像してゾッとした。
「そうしたらよぉ。欲の皮の突っ張った貴族の手先が俺に近づいてきやがって、妙に俺の周りを嗅ぎ回るんで、逆に話しかけて色々聞き出してやったのさ。そうしたらまぁ、おまえが……ハハハハハハ」
突如父親は、1人で笑い始める。どういうことなのか、何がおかしいのかわからない。
「あの邸におまえがいるなんて、しかも令嬢と入れ替わってるだって? 縁というか運命のいたずらというか……アハハハハハッ!! まったくあの間抜け男め、真実を知ったらどんな顔をするんだろうな。ハハハハハハ!!!」
……そのとき、私は気づいた。
以前、ファゴット侯爵が取り乱し、やつれたようすを見せた時、浮かんだ謎の既視感。それが、父親の顔に起因していることに。
ふっくらとしたファゴット侯爵とやせぎすの父親。やや髪が薄くなりつつある侯爵と髪の多い父。人の良い雰囲気の侯爵と、邪悪がにじみ出てる父。全然、印象が違って、いままで気づかなかった。
顔の骨格、顔つきが似ている。
────いや、まさか。さすがにそんなはずはない。
だけど、私とマレーナ様がこんなにも似ているのは……。
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