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◇56◇ なんてことしてくれたんだ
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(そんなことって、ある……!?)
確かに、それなら私とマレーナ様が似すぎている理由の説明にはなるけれど。
……結局父が言ってるだけ。確かに、父はファゴット侯爵の弟で、ファゴット家からボタンを盗んだのかもしれないけど。
何も証拠はないでしょう?
「しょ、証拠を出してみろよ!! そんな、死んだガキがいたっていう証拠を。そうじゃなきゃ俺は信じねぇ。マレーナ・ファゴットが俺の娘だって言い続けてやる!!」
「……いや。確かに、産気づいたという連絡をもらって私たちが急ぎ王都の邸に戻ったときには、2人の赤子がいた。
まるで似ていなかったが、双子でも似ているときと似ていない時があると聞いていたから疑わずに……」
「間違いない。父と私は2人の妹と対面した。しかし1人は衰弱していて、医師が手を尽くしてもどうにもならず……私たちが邸にもどって数時間後に亡くなった。その遺髪も、残っている」
ファゴット侯爵とマクスウェル様の言葉に父は目を剥いた。
「……遺髪、だと?」
私を抱き締めて泣いていた侯爵夫人が涙を拭いて、首もとにさげていたロケットを開いて見せる。
そこには、細い細い毛束が納められていた。
「私たちは、亡くなったその子に“マリアナ”と名づけました。“マリアナ”はいまも邸の庭に眠っています」
「し、死んだのがそっちだってどうしてわかる!! 俺が入れ替えなかったほうの赤ん坊かもしれねぇだろ!! 取り違える可能性だって、ゼロじゃねぇっ」
父がおかしいぐらいマレーナ様に執着している。
私のことは娘だと思ったことはないと言った。
父にとって『本当の娘』は、ファゴット侯爵家で何不自由ない令嬢として育ち、高位貴族と結婚していくであろうマレーナ様だけだったんだ。
「諦めろ、マーカスとやら。
そもそも見てわからぬか? マレーナ殿とリリスは5年間執心してきた我が弟ですらわからぬほど似ているのだぞ。耳の形さえもだ」
大公殿下が諭すように言う。
「船のなかでマレーナ殿に、そなたがファゴット侯爵の弟であると聞いたが、従姉妹だとしても似すぎていると首を捻っておったところだ。双子と聞いてようやく得心がいった。
それに見比べてみるが良い。マレーナ殿もリリスも、ファゴット侯爵よりは侯爵夫人似だ」
けれど、父は駄々っ子のように首を横に振るばかりだった。信じたくないのか、そんなにも。
侯爵夫人が再び口を開いた。
「奇しくもリリスのお母様は、『医者に見せる』と連れていかれる前の赤ちゃんの髪を切り、それをお守りとして持っていたと……そういうことでしたわね」
そうだ。そしてその髪は私が持っている。
「もし、鑑定でその髪がリリスのものではないとわかり、そして、この“マリアナ”の遺髪と同じものであるとわかったなら。
マレーナもリリスも、ともにファゴット家の娘だと証明できますね」
「ふ、ふざけんな……俺の、俺の娘は……」
ファゴット侯爵が、父の────いや、今まで私の父だったマーカス・ファゴットの胸ぐらを掴む。
穏やかな侯爵が、恐ろしいまでの怒りを顔に浮かべて、マーカスは気圧された様子を見せる。
「…………よく聞け。おまえのことはファゴット侯爵家の籍から抜き、絶縁する。その上で余罪については官憲に十分に裁いてもらうがいい」
「は、はぁ!? 嘘だろ。俺は高位貴族の弟だぜ。貴族の身内の不祥事なんて、うやむやにして隠すのが普通だろ?」
「何も隠さない。二度とおまえをファゴット侯爵家に近づけないためにな」
「ハ、ハッタリだろう!? そんなことしたら醜聞になってファゴット家の名誉が地に落ちんだろうが!!」
「かまわん。子どもたちはおまえにはもう指一本触れさせるものか!!」
ファゴット侯爵に一喝され、言葉を詰まらせ何も言えなくなったマーカスは、私に目を向けてきた。
すがるような、助けてくれと言うような目を。
「リリス……お、俺は、おまえの育ての親だろ?」
……いまここで私が唯一情にすがれる相手だと思ったのか。とことん舐めてくれてるな。
嘆息しながら私は、父親だった人に向けて中指を立てた。
目を剥いて喚き散らすマーカスをレイエス海軍の人が引きずるように連れていく、その姿を見て、唐突に全身の力が抜けていくのを感じた。
◇ ◇ ◇
「…………大丈夫か? リリス??」
どうも少し気を失っていたらしい。
目覚めると、船室のような場所で、私はベッドに横たわっていた。
「いえ、何でもありません。ただ……」
身体を起こしかけて、目の前にいるのがギアン様だと気付き口をつぐむ。
「…………助けていただいてありがとうございました。でも何故」
少なくとも、父……じゃない、マーカスの暴露を聞くまでは、みんな私のことをあの男の娘だと思っていたはずだ。それを、海軍を動かしてまで助け出すなんて……。
「皆、貴女のことを心配していた。何より私が貴女にもう一度会いたかった」
…………いまだに現実味がない。あの鬼畜が私の父親じゃなくて、あの優しいファゴット侯爵と侯爵夫人が私の両親だなんて。私が……貴族の娘だなんて。
嬉しくないわけじゃない。でも、それらの事実を頭が受け止めきれないでいる。
「……リリス。聞きたいことがある」
ギアン様が私の手を握る。
あ、しまった。……と、なぜかそう思った。
この次に来るものからもう逃げられない。そういう予感だった。
「────あの時、なぜ私に口づけた?」
(……………………………………)
なんてことしてくれたんだ、昨夜の私。
確かに、それなら私とマレーナ様が似すぎている理由の説明にはなるけれど。
……結局父が言ってるだけ。確かに、父はファゴット侯爵の弟で、ファゴット家からボタンを盗んだのかもしれないけど。
何も証拠はないでしょう?
「しょ、証拠を出してみろよ!! そんな、死んだガキがいたっていう証拠を。そうじゃなきゃ俺は信じねぇ。マレーナ・ファゴットが俺の娘だって言い続けてやる!!」
「……いや。確かに、産気づいたという連絡をもらって私たちが急ぎ王都の邸に戻ったときには、2人の赤子がいた。
まるで似ていなかったが、双子でも似ているときと似ていない時があると聞いていたから疑わずに……」
「間違いない。父と私は2人の妹と対面した。しかし1人は衰弱していて、医師が手を尽くしてもどうにもならず……私たちが邸にもどって数時間後に亡くなった。その遺髪も、残っている」
ファゴット侯爵とマクスウェル様の言葉に父は目を剥いた。
「……遺髪、だと?」
私を抱き締めて泣いていた侯爵夫人が涙を拭いて、首もとにさげていたロケットを開いて見せる。
そこには、細い細い毛束が納められていた。
「私たちは、亡くなったその子に“マリアナ”と名づけました。“マリアナ”はいまも邸の庭に眠っています」
「し、死んだのがそっちだってどうしてわかる!! 俺が入れ替えなかったほうの赤ん坊かもしれねぇだろ!! 取り違える可能性だって、ゼロじゃねぇっ」
父がおかしいぐらいマレーナ様に執着している。
私のことは娘だと思ったことはないと言った。
父にとって『本当の娘』は、ファゴット侯爵家で何不自由ない令嬢として育ち、高位貴族と結婚していくであろうマレーナ様だけだったんだ。
「諦めろ、マーカスとやら。
そもそも見てわからぬか? マレーナ殿とリリスは5年間執心してきた我が弟ですらわからぬほど似ているのだぞ。耳の形さえもだ」
大公殿下が諭すように言う。
「船のなかでマレーナ殿に、そなたがファゴット侯爵の弟であると聞いたが、従姉妹だとしても似すぎていると首を捻っておったところだ。双子と聞いてようやく得心がいった。
それに見比べてみるが良い。マレーナ殿もリリスも、ファゴット侯爵よりは侯爵夫人似だ」
けれど、父は駄々っ子のように首を横に振るばかりだった。信じたくないのか、そんなにも。
侯爵夫人が再び口を開いた。
「奇しくもリリスのお母様は、『医者に見せる』と連れていかれる前の赤ちゃんの髪を切り、それをお守りとして持っていたと……そういうことでしたわね」
そうだ。そしてその髪は私が持っている。
「もし、鑑定でその髪がリリスのものではないとわかり、そして、この“マリアナ”の遺髪と同じものであるとわかったなら。
マレーナもリリスも、ともにファゴット家の娘だと証明できますね」
「ふ、ふざけんな……俺の、俺の娘は……」
ファゴット侯爵が、父の────いや、今まで私の父だったマーカス・ファゴットの胸ぐらを掴む。
穏やかな侯爵が、恐ろしいまでの怒りを顔に浮かべて、マーカスは気圧された様子を見せる。
「…………よく聞け。おまえのことはファゴット侯爵家の籍から抜き、絶縁する。その上で余罪については官憲に十分に裁いてもらうがいい」
「は、はぁ!? 嘘だろ。俺は高位貴族の弟だぜ。貴族の身内の不祥事なんて、うやむやにして隠すのが普通だろ?」
「何も隠さない。二度とおまえをファゴット侯爵家に近づけないためにな」
「ハ、ハッタリだろう!? そんなことしたら醜聞になってファゴット家の名誉が地に落ちんだろうが!!」
「かまわん。子どもたちはおまえにはもう指一本触れさせるものか!!」
ファゴット侯爵に一喝され、言葉を詰まらせ何も言えなくなったマーカスは、私に目を向けてきた。
すがるような、助けてくれと言うような目を。
「リリス……お、俺は、おまえの育ての親だろ?」
……いまここで私が唯一情にすがれる相手だと思ったのか。とことん舐めてくれてるな。
嘆息しながら私は、父親だった人に向けて中指を立てた。
目を剥いて喚き散らすマーカスをレイエス海軍の人が引きずるように連れていく、その姿を見て、唐突に全身の力が抜けていくのを感じた。
◇ ◇ ◇
「…………大丈夫か? リリス??」
どうも少し気を失っていたらしい。
目覚めると、船室のような場所で、私はベッドに横たわっていた。
「いえ、何でもありません。ただ……」
身体を起こしかけて、目の前にいるのがギアン様だと気付き口をつぐむ。
「…………助けていただいてありがとうございました。でも何故」
少なくとも、父……じゃない、マーカスの暴露を聞くまでは、みんな私のことをあの男の娘だと思っていたはずだ。それを、海軍を動かしてまで助け出すなんて……。
「皆、貴女のことを心配していた。何より私が貴女にもう一度会いたかった」
…………いまだに現実味がない。あの鬼畜が私の父親じゃなくて、あの優しいファゴット侯爵と侯爵夫人が私の両親だなんて。私が……貴族の娘だなんて。
嬉しくないわけじゃない。でも、それらの事実を頭が受け止めきれないでいる。
「……リリス。聞きたいことがある」
ギアン様が私の手を握る。
あ、しまった。……と、なぜかそう思った。
この次に来るものからもう逃げられない。そういう予感だった。
「────あの時、なぜ私に口づけた?」
(……………………………………)
なんてことしてくれたんだ、昨夜の私。
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