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◇59◇ シンシアさんの選択
しおりを挟む……恐ろしく大きな花束、の後ろから顔を覗かせたのは、
「ご無沙汰してます!! リリス様っ!!」
やっぱりシンシアさんだった。
「本当に素晴らしい舞台で、私感動して……奮発して5日連続で特別席取りました! パンフレットもグッズも一点モノの肖像画も全部買って、これも王都一の花屋に特注しちゃいましたよ!!」
「すごい心配なお金の使い方なんですけど……でもありがとうございます」
シンシアさんからお花を受けとる。いや重いぞこれ……飾れる花瓶あるかな? そんなことを考えながら改めてシンシアさんの格好を見る。
「シンシアさん、その格好……」
「ああ、これですか?」
いつも彼女が着ていたものではなく、マレーナ様や奥様が着ていたような貴婦人らしい上等な外出着だった。
「聞いてください、リリス様。私、このまえ23にして社交界デビューしました」
「……はい?」
「イヴニングドレス着て、ダンスもしましたよ! いやー、恥ずかしかったですねぇ。私より遥かに若い子ばっかりの中、ずーっといないことにされていた私がデビューって。あの恥ずかしさを経験したらもはや恐いものないですね」
「そ、そうなんですね。がんばりましたね!」
「私、えらいですか?」
「えらいです! よくがんばりました」
「えへへ。リリス様に褒められました」
シンシアさんは社交界に出て、そこで夫を見つけるつもりなんだろうか? マクスウェル様の顔が浮かんだその時。
「……23歳からでも新しいことは始められる。リリス様が言ってくださったとおりです」
ハッとした。
そういえばそんな話もしたような。
というか隣に、23歳で役者になった人がいる。
「あのときはまるで面倒くさいような言い方をしていましたが、本当は憧れもありました。だけど恐かった。自分なんかがあの場所に行って笑い者にされるだろうことが。
またリリス様が背中を押してくださったんです。今まで数えきれないほど、その素晴らしいお芝居で私を救ってくださったように」
「…………私は何も」
「少し安心しませんか? リリス様より6つも歳上の私でも、新しい世界に入れたんです。
私はリリス様なら、どこの世界だって、誰のとなりにだって、胸を張って立って良いと思っています」
息を飲んだ。
「まさかシンシアさん」
「はい。リリス様にそう言いたくてデビューしたのもあります」
しれっとシンシアさんは答える。
「私にとってリリス様は恩人です。たくさんのものをリリス様からいただいて、お返しをしたかったんです、ずっと。私にできることはなんだろうと考えて、今回試してみたというわけです。
リリス様がいつこちらにいらしても、私が全力でお守りします」
「……シンシアさん」
「もちろん、貴族令嬢として生きる道を選んでくださいとか、ギアン様のことをどうこうと言いたいわけではありません。これからどんな生き方を選ばれても、私はリリス様を支持します。
リリス様には、ご自身に見えていないものも含めて、数えきれないほどの可能性があります。選択はあくまでご自身の望みで選んでほしい。
その時に、自分なんかではできないだろうと諦めるかたちで選択肢を自ら封印しないでほしいのです」
(………………………)
自分自身を客観的に評価して、現実的な判断をしただけだと思ってたんだけど……それは諦めたということなんだろうか。
役者を続けたいのは嘘じゃない。貴族の世界にそれほど興味もない。
だけど……親切にしてくれた、あの温かいファゴット侯爵家と、ギアン様のことは、頭から離れない。
「………………リリス疲れてるみたいだし、さっさと帰ってくれる?」
ペラギアさんが不機嫌そうにシンシアさんに声をかける。
「あ、はい。もうひとつだけ。
マレーナ様もまた新たな道を見つけられたようですから『もしまだわたくしのことで遠慮しているようでしたら、お馬鹿さんと言ってあげなさい』とのことでしたよ」
「マレーナ様、言い方。……新しい道?」
「ええ。新たに結婚相手を探すことはしないで、お勉強してこられたことを生かして、官僚を目指されるそうです」
「……なるほど?」
「ギアン様とのことも、まったく一欠片も思うところはないとのことでしたので、もし勝手に忖度して遠慮しているのなら本当にやめてほしいとのことでした」
にこっと微笑み、「それでは失礼いたしますね。また感想のお手紙をお送りいたしますから!!」とシンシアさんは出ていった。
ペラギアさんは私が抱える花束を見てため息をつく。
「なかなか、強烈なファンね……」
「いや、意外でした。ずっと私の芝居を応援してくれてた人なので……芝居だけ続けてくださいと言うのかと思ってました」
「わからないわよ。推しといつでも一緒にいたい的なあれかもしれないし」
「あはは」
山ほど大きな花束を私はテーブルにそっと置いた。
(新しい世界、か)
あんな風に煽られたら、心揺さぶられてしまう。もしかして私もギアン様の隣に立てるのだろうかとか、要らない希望を持ってしまう。
(でもなぁ……私1人のことじゃなさすぎるもの)
花束を見つめ考えていると、ドアがコンコン、と遠慮がちにノックされた。
「どうぞ」
「失礼する」
聞き覚えのある声とともに入ってきたのは、再び花束────といっても常識的なサイズのものだけど────と、ギアン様だった。
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