身代わり婚約者になった元悪役令嬢役女優、塩対応しかしてないのになぜか溺愛されてます。

真曽木トウル

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◇60◇ 素面だと言えないこと

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「公演完走おめでとう─────こちらも毎日とても楽しくて、素晴らしい体験だった。ありがとう」

「……いえ、こちらこそ、ありがとうございます」


 大輪の薔薇の花束を受け取る。今まで受け取ったどんな花束よりも綺麗だと思った。ギアン様の緊張した面持ち。

(初めて会ったときもこの人緊張していたなぁ)と懐かしく思い出す。


「…………ちょっと、挨拶をしに来てくれたとこ悪いんだけど」私に求婚しているギアン様を警戒しまくっているペラギアさんが絡もうとしてくる。
 それをさえぎって私は、花束をぐい、と押し付けた。

「え、何よ?ちょっと」

「レイエス大公国から頂いた花です。とびきり綺麗な花瓶にいれてください。でないと外交問題です」

「はぁ!? …………なんで私が!?」

「よろしくお願いします。両国の平和のために!」


 言いきると、ペラギアさんは花束を抱えてしぶしぶ控え室を出ていった。母親役のメイクをしたままだったな、そういえば。

 ごめんなさい。それでも私はこの人と、2人きりで話したい。


「……改めて、見に来てくださってありがとうございます。同じ内容を毎日毎日見るの、大変じゃなかったです?」

「いや。筋書きはわかっていても毎日少しずつ変化があっただろう? 席を変えていたのもあって、毎日新鮮な驚きがあったし────貴女に毎日会えるのは幸せだった」


 アドリブが入るというだけじゃない。同じキャスト、同じ脚本、同じ演出で演じていても、日々演じながらブラッシュアップをして変えたりもしていく。
 ギアン様は、その変化を毎日みていたということになる。


「それに、初めて見たときは、何がなんだかうまく説明ができないがただただ感情がすごく揺さぶられていた。魔法にかけられたようだった。
 毎日通うなかで、個々の演技の素晴らしさや演出の巧みさをひとつひとつ見つけていったのだ。
 ファゴット侯爵家の侍女殿が繰り返し通い、夢中になる気持ちもよくわかった」


 毎日見てくれた人ならではの嬉しい感想だ。
 私たちが作り出す世界にただただ没頭して夢中になってもらえればそれはもちろん興奮するほど嬉しいし、細部の工夫に気づいて楽しんでもらえるのも別ベクトルで嬉しい。


「…………ギアン様。少しお時間いただけますか?」

「ん?」


 もう少しだけ、何も考えず邪魔されず2人で話したかった。


   ◇ ◇ ◇


 裏方を関係者以外に見せるわけにいかない。
 考えた末に私がギアン様を連れていったのは、空っぽになった劇場の中だった。


「けっこう好きなんですよ、お客さんが出ていった後の観客席。誰もいないけれど少し前までの熱狂とか興奮とか拍手とか…………余韻が残ってる気がして。
 演技中はどうしても集中してるから、終わってからなんですよね……今回すごく反応良かったなぁとか、ここに座ってたお客さんすごく泣いていたなぁとか、じっくり反芻して味わうのは」

「観客に喜んでもらうのが嬉しかったのだな」

「そうですね。それは、お客さんのためと自分のためが不可分て言うか……演じるだけじゃなくて、見てもらって成立している世界ですから。お金だけのことじゃなく」


 私はこの時、ただただ、好きな人に自分の思うままを話していただけだった。

 この人からの求婚を断り続けるのかどうなのか、本当ならもっと悩まなければならないところなんだと思う。
 だけど直前のシンシアさんの訪問で、妙に肩の力が抜けてしまった。ただ、好きな人と過ごす時間が楽しかった。
 結論を避け続けることはできないと、頭のどこかではわかっていながら。


「ここが、リリスが育った場所。そしてとてもとても大切にしている場所なのだな」

「はい」


 平民向け、まったくお上品な場所じゃない。役者という仕事に偏見を持たれることも多い。だけどこうしてずっと演じてこられたことは誇りだった。


「またリリスのことをひとつ知れた」

「まぁ、マレーナ様を演じていた時の私からはどんどんかけ離れていくと思いますが……」

「いや、そんなことはないぞ?」

「え?」

「私も最初は、わけもわからずリリスが演じていたマレーナに惹かれてしまった。それこそ初めてここの芝居を見た時のように、ただただ魔法にかけられていたのだ。
 貴女がマレーナとは別人と知り、また今回こうやって日々劇場に通うことができて、別の角度からリリスのことを考えることができた。
 私が惹かれたのは、マレーナを演じてみせたときの言葉やふるまいの美しさだけではない。伝わってくる芯の強い優しさ、人を思う心だった。それがこの場所でつちかわれたのだと思えば、私もこの場所がとても愛おしくなる」

 ひどく、気恥ずかしい。
 演技に受ける賞賛は慣れているけれど、そういうことを言われると、くすぐったくてちょっと逃げ出したくなる。


「あの…………あんまり買い被らないでください」

「だから、私は改めて強くリリスに惹かれた」


 不意にギアン様が私を琥珀色の瞳で見つめる。琥珀色の美しさに見とれてしまう。
 逆にこちらが魔法にかけられているようだ。抱き締められた時の熱が体によみがえる。


「…………あの時、本当のことを言ってくれたとは思えないのでもう一度聞きたい。
 “血闘海岸”の夜、なぜ私に口づけた?」

「あれは………………いや、その…………いまさら言わせるんですか?」

「うむ。言ってくれ」


 薄々は勘づかれていると思うけれど、それでも言葉で確認したいものなのだろうか。
 私が絶対に言うつもりのなかった言葉を。


「……ちょっと素面しらふじゃ言いづらいので、ギュッてしてもらえますか?」
「んんん??? 素面というのはそういう意味だったか?」
「いいんで。察してください」


 ギアン様の腕が延び、私は正面から抱き締められる。久しぶりで、どこか懐かしくて、それでも鼓動は速くなる。
 私より少しだけ背の高いその肩に顔を埋め、意外と広い背中に手を回し、深呼吸をして。


「…………好きだからです」
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