身代わり婚約者になった元悪役令嬢役女優、塩対応しかしてないのになぜか溺愛されてます。

真曽木トウル

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◇61◇ 最終話 よろしくお願いいたします、婚約者様。

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「…………まぁだからといって結婚は…」
「そうか!!」


 ギアン様の腕にギュッと力がこもった。ちょ、痛い。力強すぎ。


「それだけがわかれば、貴女を待つのに迷いはない」

「…………待たずに他の女性を探すって選択肢はないんですか?」

「ない。貴女を生涯の伴侶にしたいのだ」


 また困ったことを言う、と思うと同時に、ふわっと胸のなかが熱くもなってしまう。その熱も、嫌じゃないから困る。何とも思わない相手ならさっさと離れられるのに。
 好きだなんて言わなきゃ良かった? でも、言うしかなかった。好きなんだもの。


「リリスが大切にしている世界なら、私もそれを守りたい。
 私は王立学園を卒業したら士官学校に入る。そのあとさらにベネディクト軍での経験を積み、レイエスに戻る。七、八年は結婚を待つことができると思う」

「…………大公殿下は、なんと?」

「結婚相手はリリスならば良いと言っている。姉上が待つことに難色を示せば説得する。もしリリスが結婚しても役者を続けたいというなら────」

「いや、絶対無理でしょ」

「レイエスにも大劇場はいくつもある。むしろ芸能の社会的地位は我が国の方が高い。リリスのためにこちらで劇団をつくっても良い」

「…………だいぶめちゃくちゃなことを言っているっていう自覚はあります?」


 マレーナ様の友達がギアン様を狙っていたように、ギアン様と結婚するということは、かなりの特権を得、経済的恩恵をこうむることになる。
 当然、それにともなう義務も大きいものだろう。
 その義務をこなし、(レイエスにとっての)王族として振る舞うことで、国民も周囲の人たちもついていくのだと思う。

 大公子妃としての仕事の想像はつかないけど、妃が自分のために劇団をつくらせるようなわがままで、人の心が離れていく想像は簡単にできる。
 国民が権力者に対して向ける目の厳しさというのは、私自身が平民の最下層として育ってきたからこそよくわかる。

 …………そもそも。もしもやりたいことが無限にあっても、人間にはできることに限りがあるのだ。

 大公子妃ってことは当然子どもも産まないといけなくなるし。


(あ、でもギアン様の子ども、絶対かわいいだろうなぁ……)


「折衝ごとには慣れている。問題のないよう周囲と折り合いをつける」

「…………さすがにそこまではわがままを通すのは申し訳ないのですが」

「人が自分の生きたい通りの生きざまを貫くことはわがままだろうか?」


 開き直られて、脱力して笑ってしまった。

 私は私の、役者として生きたいという道を貫きたいと思っている。
 ギアン様はギアン様で、私を妻にしたいという意思を貫きたいと思っている。
 どうしたら一緒にいられるだろうと、ギアン様なりに懸命に考えた結果なのだろう。

 ……七、八年もあれば今からでもマレーナ様なみに勉強できるだろうか、とか。
 ……ギアン様の手を取れば、死ぬまで役者を続けられなかったことを後悔するだろうか、とか。
 ……他の女がギアン様の子を産むのは正直嫌だ、とか。

 ああ、そもそも抱き締めてくださいといったのがまずかったな。
 この人の熱に包まれながら話して、私がこの人を拒めるわけがなかったんだ。


「ちょっと腕を離していただいてもいいですか?」


 ギアン様の腕から力が抜け、その腕をやんわりとほどいて、私はギアン様の顔を正面から見た。


「…………猶予を、くださってありがとうございます。少しでも長く役者を続けられるように考えてくださったんですね。周りの状況的に七、八年が本当に許されるかはわかりませんが……」


 周囲は本当ならすぐにでも新しい婚約者を確定させて、少しでも早く結婚させてしまいたいところなのだろう。
 大公殿下がなかなかお子ができないという事態を踏まえれば、たぶんギアン様の周りの人たちも焦っているはずだ。


「それでも、待つ」


 …………マレーナ様。ほんと、なんでこの人逃したんですか?


「…………わざわざ私のために劇団作ったりはしなくていいです。
 ただ、レイエスの祭事やイベントなんかで演劇の機会があれば、そこに私を出させていただけないかと」

「リリス?」

「もちろん、までは役者の仕事に打ち込む時間をいただきます。いまの劇団にもっと恩を返したいですし。
 といっても貴族としての勉強も同時並行で進めなければですが……七、八年が無理でもせめて数年……」


 ギアン様がギュッと抱き締めてくる。ほんと力強いな、この人。

 そのあったかい背中をぽんぽんとした。愛おしさがじんわり込み上げてくる。やっぱり好きだ、この人が。


「待たせて、すみません」

「謝るな。私が待つと決めたのだ……ありがとう、リリス」

「……2人で大公殿下に怒られましょうね」


 自分で言って、その光景を想像して思わずふふっと笑ってしまった。


   ◇ ◇ ◇


 ────後日。

「求婚が承諾されたのはよかった────だが、さすがに七、八年はないだろう!?」

と予想通り2人して大公殿下に怒られたり。
 そのあとに殿下がめでたくご懐妊されていることが判明したり。

 そういったいくつかの出来事を経て、私はファゴット侯爵家に改めて迎えられた。


 マレーナ様の婚約解消の件が醜聞スキャンダルとなり、一時ファゴット侯爵家も社交界から閉め出されそうになったそうだけれど、赤ん坊の頃に誘拐されていた双子の姉が代わりにギアン様と婚約したという話が広まったため、すぐに元通りになったという。

 ファゴット侯爵家の人々は優しく迎えてくれた。それからギアン様も通う王立学園に2年おくれの1年生として入学。
 昼は貴族令嬢としての勉強、終わり次第劇団に飛んでいって稽古や公演、夜遅くにギアン様が迎えに来てくれるので馬車のなかで2人きりで話しながらファゴット侯爵家に帰ってきて、レイエス大公家から紹介された医師の治療を受ける。

 こんなに自分の望みばかりを貫き通したような生活に、侯爵家の人々からは体は大丈夫かと心配され続けているけれど、私は日々恐いぐらい幸せだ。
 愛する人がいて、私を大事に思ってくれる家族がいて、そして大切な仕事があり、その仲間たちもいる。
 これから先の未来に不安がないわけじゃないけれど、きっとやっていけるはず。私の隣にギアン様がいてくれるから。



【おわり】
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