身代わり婚約者になった元悪役令嬢役女優、塩対応しかしてないのになぜか溺愛されてます。

真曽木トウル

文字の大きさ
64 / 70

後日談2:学園生活開始 後編

しおりを挟む

   ◇ ◇ ◇


「……大丈夫か? 少し疲れているように見えるが」

「え、いいえ。すみません大丈夫です」


 稽古終わり、ギアン様が迎えにきてくれた馬車のなかで、私は少しぼうっとしてしまっていたことに気がついた。
 せっかくギアン様が毎日時間を割いてくれているというのに。


(うーん。。。思ったより、きてる)


 自覚はなかったけど、濡れ衣で嫌われるの、けっこう精神にきていたみたいだ。
 いわれのないデマで中傷されるの、これで二度めだからな……。

 馬車のなかで向かい合わせに座っていたギアン様が、私の横に座り直した。


「あまり顔色が良くない。少し稽古を休んではどうだ」

「いえ、稽古はむしろ気持ちの支えになるので」

「そうか」ギアン様が私の頬に触れる。

「無理をしているのは学園の方か?」

「…………そういうわけでは」

「横になれ」


 ぐい、と肩を引かれ、私はギアン様の膝に頭を乗っけるかたちになった。


「!?」

「キツければ少し休めばいい。1人でどうにもならないことなら頼ってくれ」


 頬にギアン様の膝の熱を感じる。
 膝枕というものか、これは。芝居でもしたことない。何だか、妙に恥ずかしい。
 ちら、と見上げると、今まで見たことない角度でギアン様の顔が見える。心配げに見下ろすその顔がいとおしい。

 私の肩に、ギアン様の手が触れる。


「私にとって貴女は、かけがえのない、世界でただ一人のひとなのだ」

「………………ギアン様」


 肩にあるギアン様の手を取り、私は自分の頬に触れさせた。
 ギアン様の手の熱が、私を温める。
 氷が溶けるように、疲れた頭がはっきりしてきた。


「ありがとうございます、ギアン様」


 私はギアン様の手に口づけた。


「勇気をいただきました。だから私、明日戦えます」

「リリス?」

「戦ってどうしようもなかったら、そのときは頼らせてください」


 大公子ギアン・ミンドグラッド・レイエスの隣に胸を張って立てる女になるために。
 この試練、何とかしてみせる。


   ◇ ◇ ◇


 ────授業前に私が乗り込んだのは、3年生の教室だった。

 おしゃべりをしていた、マレーナ様の元取り巻きたちの前に私は立って、

「先輩方、少しお話があるのですが」

……教室中に響く声をかけた。

 私の声は大劇場全体を余裕で満たす。教室中の3年生たちがギョッとしたような顔でこちらに目を向けた。


「先輩方が、レイエス大公家とファゴット侯爵家に関して下級生に流していらっしゃるデマについて、少しお話をさせていただけませんか?」

「あ、あなたが、婚約者を奪ったのは事実……」

「軽々しくお流しになっているその言説が、ファゴット侯爵家の名誉にかかわるものだということ、貴族令嬢たるもの、おわかりのうえでのことでしょう?」

「そ、その……」

「ファゴット侯爵家の評判を落とそうとしていらっしゃるのでなければ、お話をさせてください。どうして勝手な噂を流布しているのか」


 マレーナ様の元取り巻きたちは、キョドキョドと顔を見合わせ、そして周りの3年生たちの反応をうかがっていた。

 ……同級生たちはできれば敵に回したくないし、相手が多すぎる。

 だけど3年生の、噂のもとになっている彼女らにピンポイントで喧嘩を売るのはアリだと判断した。


「……わ、わたくしたちは、その……」

「な、なんて図々しい! 引き取られた娘のくせに、ファゴット侯爵家を代表するような物言いを……」


 よし、1人が激昂した。
 人は、感情的になっている人間よりも口調だけでも冷静な人間の言っていることの方を信じやすい。
 私の言ってることの方が正しいと、みんなに思わせるんだ。
 あと2人も同調する。


「本当ですわ!! おかしすぎますわ!!」

「こんな失礼な娘に婚約者を奪われるなど、おかわいそう!マレーナ様が……」


「──────わたくしが、何ですの?」


 教室中の視線が私たちではなく、教室の入り口に集中した。
 教室に入ってきた、マレーナ様に。

 寮暮らしだというのに今日もばっちり美しく髪がセットされ、こうして見ると制服なのに存在感がものすごい。


「マレーナ様」


 私がその名を呼ぶと、彼女は嘆息とともに冷たい目を向けた。


「あなたが中途半端な呼び方を続けるせいで、妙な憶測を生み続けるのではなくて?」


 マレーナ様の言葉に、「あ、あのう……」と元取り巻きの1人が反応した。


「こ、こちらは、ファゴット侯爵の……隠し子などなのでは?」

「正真正銘、赤子の頃に誘拐されたわたくしの双子の姉ですわ」


 そう言ってマレーナ様は髪をかきあげ、耳を見せる。


「他人の空似や、腹違いでも顔が似た姉妹はありえたとしても、耳のかたちまでそっくり同じとはいかないでしょう?」


 マレーナ様がそう言って周囲をねめつけると、元取り巻きたち含め3年生たちは何も言えなくて。


「わたくしが婚約者だったギアン殿下とあまりに気が合わないので、リリスが見つかったのを良いことに替わらせただけですわ。大公殿下も父も話し合って決めたことです。
 わたくしのいないところで、勝手にわたくしの話を広めないでいただけるかしら?」


 さっさと席に座るマレーナ様を、みんな呆けたように見つめていた。


   ◇ ◇ ◇


(…………あれで、一気に噂が引いちゃうんだもんなぁ…………)


 それから1週間もしないうちに私の周りでは陰口がなくなった。

 あらぬデマを流していた元取り巻きの3年生たちは〈淑女部〉中の顰蹙ひんしゅくを買い、さらに話が伝わった親にしこたま怒られたり、夜会などから閉め出されたりしているらしい。

 陰口がなくなったところで、こちらから積極的に話しかけていると、徐々に私に話しかけてくる人も増えてきて、今は結構学園生活が快適だ。


 今日も私はギアン様とランチを一緒に食べる。
 今日の料理もとっても美味しい。


「────リリス。最近顔が明るいな」

「え、顔に出てしまっていました?」

「うむ。解決したのなら良かった」


 正確には私が解決したんじゃなくてほぼマレーナ様が解決したんだけど。
 でも、彼女の言葉でさぁっと噂が引いたのは、マレーナ様が貴族社会のなかでそれだけ積み上げた信頼があってのことだと思う。私はそれに敬意を抱かざるをえない。


「たぶんもう大丈夫です。またなにか困ったことがあればご相談しますね」


 私がそうギアン様に言うと、少し、ギアン様はうなずき、
「ところでリリス」と声をかける。


「…………子を生む生まないの話を早くからされて、嫌にはならなかっただろうか?」

「ギアン様?」

「その……私も、リリスとの子が欲しいと望んでいる。家のため以上に、自分自身の望みとして。
 ただ、リリスの思いを置いておいてそれを強いられるかたちになるのは本意ではない。
 周囲は出来るだけ黙らせる。リリスもつらかったら言ってくれ」

「……………………なるほど。ありがとうございます。この前言いかけたのは、それですか?」


 そんなに言いよどむようなことでは……と思った。
 だけど、ギアン様は以前に婚約者(マレーナ様)に嫌われる経験をしている。その分慎重になっているのだろう。


(…………子どもか)


 ギアン様に嫁ぐのなら生むのが義務だろうという思いと、あくまで天からの授かり物であって必ずしもすべての女性が授かるわけではないという達観と。
 でも、それ以上に。


「…………ギアン様の子ども、きっと可愛いでしょうね」


 ギアン様への愛情とは別に、愛しい人の血を引いた子どもが欲しいという感情が、私のなかにもあった。

 ……あれ? それには前段階として、子どもができるようなことをしなければならない?

(………………………………)


「………………さ、授かるかどうかはわからないとして、私は……私たちのところに来てくれると良いなと思います」


 適当な言い回しでごまかしたけど、ギアン様は「そうか!!」と嬉しそうな顔をした。

 そういえば、役柄的に濡れ場だけはやったことがなかった……(もちろん舞台の上の濡れ場は脱がないけど)。

 基本的に役に臨む前には役作りにめちゃめちゃ勉強したい人間なんだけど……こういうのは事前に何か予習できる本とかあるんだろうか??

 ニコニコ笑顔のギアン様と対照的に、私は1人勝手に焦っていた。


【後日談2 終わり】
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。

er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

一度目で黒狼公に討たれた私ですが、二度目の夜はお父様のそばでしか眠れません

師走
恋愛
八歳の冬、リリア・ヴァルグレイは父に殺された。 王国最強の討魔貴族――黒狼公レオンハルト・ヴァルグレイ。 人にも魔にも容赦のないその男は、黒花の災厄に呑まれかけた実の娘を、自らの手で討ったのだ。 けれど次に目を覚ました時、リリアは赤ん坊に戻っていた。 もう二度と、お父様に剣を向けられたくない。 そう願うのに、夜になるとまた黒花の囁きが忍び寄る。甘くやさしいその声は、孤独な心に触れて、静かに破滅へと導こうとする。 そして、その囁きがぴたりと止むのは――世界でいちばん怖いお父様のそばだけだった。 一度目の父は、同じ城で暮らしていても遠い人だった。 リリアを見ない。抱かない。呼びもしない。 そのくせ二度目の父は、相変わらず冷たいまま、なぜか夜ごとリリアを放っておいてくれない。侍女を替え、部屋を守らせ、怯えて眠れない娘を黙って自分の近くへ置いてしまう。 人にはあれほど容赦がないのに、リリアにだけ少しずつおかしくなっていく。 怖い。近づきたくない。 それでも、その腕の中でしか眠れない。 またあの冬が来る。 また同じように、黒花はリリアを呑み込もうとするかもしれない。 今度こそ囁きに負けないために。今度こそ父に剣を抜かせないために。 一度目で父に討たれた娘は、二度目の人生でもっとも恐ろしいその人のそばへ、自分の意志で手を伸ばしていく。 小説家になろう様でも掲載中

処理中です...