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後日談2:学園生活開始 後編
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「……大丈夫か? 少し疲れているように見えるが」
「え、いいえ。すみません大丈夫です」
稽古終わり、ギアン様が迎えにきてくれた馬車のなかで、私は少しぼうっとしてしまっていたことに気がついた。
せっかくギアン様が毎日時間を割いてくれているというのに。
(うーん。。。思ったより、きてる)
自覚はなかったけど、濡れ衣で嫌われるの、けっこう精神にきていたみたいだ。
いわれのないデマで中傷されるの、これで二度めだからな……。
馬車のなかで向かい合わせに座っていたギアン様が、私の横に座り直した。
「あまり顔色が良くない。少し稽古を休んではどうだ」
「いえ、稽古はむしろ気持ちの支えになるので」
「そうか」ギアン様が私の頬に触れる。
「無理をしているのは学園の方か?」
「…………そういうわけでは」
「横になれ」
ぐい、と肩を引かれ、私はギアン様の膝に頭を乗っけるかたちになった。
「!?」
「キツければ少し休めばいい。1人でどうにもならないことなら頼ってくれ」
頬にギアン様の膝の熱を感じる。
膝枕というものか、これは。芝居でもしたことない。何だか、妙に恥ずかしい。
ちら、と見上げると、今まで見たことない角度でギアン様の顔が見える。心配げに見下ろすその顔がいとおしい。
私の肩に、ギアン様の手が触れる。
「私にとって貴女は、かけがえのない、世界でただ一人のひとなのだ」
「………………ギアン様」
肩にあるギアン様の手を取り、私は自分の頬に触れさせた。
ギアン様の手の熱が、私を温める。
氷が溶けるように、疲れた頭がはっきりしてきた。
「ありがとうございます、ギアン様」
私はギアン様の手に口づけた。
「勇気をいただきました。だから私、明日戦えます」
「リリス?」
「戦ってどうしようもなかったら、そのときは頼らせてください」
大公子ギアン・ミンドグラッド・レイエスの隣に胸を張って立てる女になるために。
この試練、何とかしてみせる。
◇ ◇ ◇
────授業前に私が乗り込んだのは、3年生の教室だった。
おしゃべりをしていた、マレーナ様の元取り巻きたちの前に私は立って、
「先輩方、少しお話があるのですが」
……教室中に響く声をかけた。
私の声は大劇場全体を余裕で満たす。教室中の3年生たちがギョッとしたような顔でこちらに目を向けた。
「先輩方が、レイエス大公家とファゴット侯爵家に関して下級生に流していらっしゃるデマについて、少しお話をさせていただけませんか?」
「あ、あなたが、婚約者を奪ったのは事実……」
「軽々しくお流しになっているその言説が、ファゴット侯爵家の名誉にかかわるものだということ、貴族令嬢たるもの、おわかりのうえでのことでしょう?」
「そ、その……」
「ファゴット侯爵家の評判を落とそうとしていらっしゃるのでなければ、お話をさせてください。どうして勝手な噂を流布しているのか」
マレーナ様の元取り巻きたちは、キョドキョドと顔を見合わせ、そして周りの3年生たちの反応を窺っていた。
……同級生たちはできれば敵に回したくないし、相手が多すぎる。
だけど3年生の、噂のもとになっている彼女らにピンポイントで喧嘩を売るのはアリだと判断した。
「……わ、わたくしたちは、その……」
「な、なんて図々しい! 引き取られた娘のくせに、ファゴット侯爵家を代表するような物言いを……」
よし、1人が激昂した。
人は、感情的になっている人間よりも口調だけでも冷静な人間の言っていることの方を信じやすい。
私の言ってることの方が正しいと、みんなに思わせるんだ。
あと2人も同調する。
「本当ですわ!! おかしすぎますわ!!」
「こんな失礼な娘に婚約者を奪われるなど、おかわいそう!マレーナ様が……」
「──────わたくしが、何ですの?」
教室中の視線が私たちではなく、教室の入り口に集中した。
教室に入ってきた、マレーナ様に。
寮暮らしだというのに今日もばっちり美しく髪がセットされ、こうして見ると制服なのに存在感がものすごい。
「マレーナ様」
私がその名を呼ぶと、彼女は嘆息とともに冷たい目を向けた。
「あなたが中途半端な呼び方を続けるせいで、妙な憶測を生み続けるのではなくて?」
マレーナ様の言葉に、「あ、あのう……」と元取り巻きの1人が反応した。
「こ、こちらは、ファゴット侯爵の……隠し子などなのでは?」
「正真正銘、赤子の頃に誘拐されたわたくしの双子の姉ですわ」
そう言ってマレーナ様は髪をかきあげ、耳を見せる。
「他人の空似や、腹違いでも顔が似た姉妹はありえたとしても、耳のかたちまでそっくり同じとはいかないでしょう?」
マレーナ様がそう言って周囲をねめつけると、元取り巻きたち含め3年生たちは何も言えなくて。
「わたくしが婚約者だったギアン殿下とあまりに気が合わないので、リリスが見つかったのを良いことに替わらせただけですわ。大公殿下も父も話し合って決めたことです。
わたくしのいないところで、勝手にわたくしの話を広めないでいただけるかしら?」
さっさと席に座るマレーナ様を、みんな呆けたように見つめていた。
◇ ◇ ◇
(…………あれで、一気に噂が引いちゃうんだもんなぁ…………)
それから1週間もしないうちに私の周りでは陰口がなくなった。
あらぬデマを流していた元取り巻きの3年生たちは〈淑女部〉中の顰蹙を買い、さらに話が伝わった親にしこたま怒られたり、夜会などから閉め出されたりしているらしい。
陰口がなくなったところで、こちらから積極的に話しかけていると、徐々に私に話しかけてくる人も増えてきて、今は結構学園生活が快適だ。
今日も私はギアン様とランチを一緒に食べる。
今日の料理もとっても美味しい。
「────リリス。最近顔が明るいな」
「え、顔に出てしまっていました?」
「うむ。解決したのなら良かった」
正確には私が解決したんじゃなくてほぼマレーナ様が解決したんだけど。
でも、彼女の言葉でさぁっと噂が引いたのは、マレーナ様が貴族社会のなかでそれだけ積み上げた信頼があってのことだと思う。私はそれに敬意を抱かざるをえない。
「たぶんもう大丈夫です。またなにか困ったことがあればご相談しますね」
私がそうギアン様に言うと、少し、ギアン様はうなずき、
「ところでリリス」と声をかける。
「…………子を生む生まないの話を早くからされて、嫌にはならなかっただろうか?」
「ギアン様?」
「その……私も、リリスとの子が欲しいと望んでいる。家のため以上に、自分自身の望みとして。
ただ、リリスの思いを置いておいてそれを強いられるかたちになるのは本意ではない。
周囲は出来るだけ黙らせる。リリスもつらかったら言ってくれ」
「……………………なるほど。ありがとうございます。この前言いかけたのは、それですか?」
そんなに言いよどむようなことでは……と思った。
だけど、ギアン様は以前に婚約者(マレーナ様)に嫌われる経験をしている。その分慎重になっているのだろう。
(…………子どもか)
ギアン様に嫁ぐのなら生むのが義務だろうという思いと、あくまで天からの授かり物であって必ずしもすべての女性が授かるわけではないという達観と。
でも、それ以上に。
「…………ギアン様の子ども、きっと可愛いでしょうね」
ギアン様への愛情とは別に、愛しい人の血を引いた子どもが欲しいという感情が、私のなかにもあった。
……あれ? それには前段階として、子どもができるようなことをしなければならない?
(………………………………)
「………………さ、授かるかどうかはわからないとして、私は……私たちのところに来てくれると良いなと思います」
適当な言い回しでごまかしたけど、ギアン様は「そうか!!」と嬉しそうな顔をした。
そういえば、役柄的に濡れ場だけはやったことがなかった……(もちろん舞台の上の濡れ場は脱がないけど)。
基本的に役に臨む前には役作りにめちゃめちゃ勉強したい人間なんだけど……こういうのは事前に何か予習できる本とかあるんだろうか??
ニコニコ笑顔のギアン様と対照的に、私は1人勝手に焦っていた。
【後日談2 終わり】
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