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6、元聖女、結婚式当日
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────35歳の王妃候補。
さぞ国内の重臣たちからの反対がくるだろうな、と思ったら、びっくりするほどあっさり認められた。
宰相閣下がしっかり根回ししていたからだそうだ。
事情を少し聞いてみた。
理由のひとつは、ヨランディアと違い、グライシードでは国王・王位継承者は自国か他国の王族と結婚しなければならない法があるためらしい。
たとえば、家臣である貴族の令嬢と国王の結婚はグライシード王国では貴賤結婚扱いになるのだ。
でもいま周囲の国は敵が多く、その上国内で結婚相手を探しても王族同士の近親婚となってしまう……そういうのもあったようだ。
さすがに次代以降の王のためにも、自分の在位中に貴賤結婚に関する法を変えたいとウィルフレッドは言っていたけど。
ウィルフレッドに想いを寄せていた貴婦人たちが嫉妬で少々嫌がらせのようなことをやってきたのを除けば、恐いぐらいスムーズにことは運び、あっという間に結婚式の日がやってきた。
「…………ずいぶん、綺麗にしてもらったわね」
私は、鏡の自分をまじまじと見つめる。
最上級のレースをたっぷりと使ったウェディングドレス。
つやつやに手入れされ、目映い宝石で飾られた髪。
首もとに輝く、大粒のダイヤモンドをたっぷり使った首飾りと、デザインを合わせたイヤリング。
磨き上げられた肌に、素晴らしく華やかに仕上げられた化粧。
まさに『これが私?』状態。
鏡の中の自分が信じられない。
この15年、聖職者として化粧もできなかったし着るのも法衣ばかり。髪は頭布でずっと隠していた。
ウィルフレッドが私を着飾りたがるのにさえ、いまだに慣れない。
(でも35歳でここまで華やかなのって、痛くないのかしら。もう少しこう地味な方が……)
「良く似合うな」
「ぎゃっ!?」
鏡の後ろからウィルフレッドが顔をのぞかせてきてびっくりさせられた。
「ちょっと!
この晴れの日にまた頭突きするところだったわよ!?
あと近い、距離が」
「今日結婚する夫にいう台詞か?」
「そうですよね!
でも驚かすのは心臓に悪いからやめて」
(なんか求婚以来、急に意識してしまって心臓がもたないのよ。
……いえ、正確にいえば、再会以来だけど)
「……やはり、ルイーズは美しくなった」
「いや、それは……今日は化粧とかいろいろあるから……」
「素直に誉め言葉を受け取れ」
15年前に求婚を断ったのは私自身だ。
なのに思ってしまう。
これが15年前の私なら、もっと綺麗な頃の私だったら、と。
「そ、それにしても!
わざわざ私の肌色に合わせた化粧品を輸入してくれたのね。
別にこの国の化粧品で白く塗ってくれても良かったんだけど」
「何を言う。
ルイーズはその琥珀色の肌が美しいのに」
「……!!」
「蜂蜜のように魅惑的だと、15年前も思っていた」
あんまり不用意に揺さぶるようなことを言わないで。
あくまで王妃という仕事をする人間なんだから、精神的には適切な距離でいたいのに。
「…………そ、そういえば、式の前にまた水晶玉見せてもらっても良い?」
ちょっとウィルフレッドの顔を押し退けながら言うと、彼はわかりやすく眉をひそめた。
「今見ても、何も変わらんぞ」
「わかってはいるんだけど……生存確認して安心したくて」
ため息をついてウィルフレッドが侍女に合図する。
間もなく、林檎より一回り大きいほどの水晶玉が運ばれてきた。
────水晶玉のなかに遠くの光景を浮かび上がらせて見る、〈遠隔透視魔法〉がある。
グライシード王城に来てから、私はウィルフレッドに水晶玉を借りて、魔法でヨランディアの様子をしばしば見ていた。
「ああ……今日も……だいぶ混乱しているわね」
────追放刑のせいでちゃんと仕事を引き継いだり教えたりできなかった。
そのせいもあるのだろう、メアリーはパニックを起こしている。
『ちょっと待ってよ、何なのコレ!? こんなことまで国王の仕事なの!? あなた、何とかできないの!?』
『え、あ、いや、その……』
側でおろおろする宰相の息子。
彼はやっぱり大外れで、女遊びと金遣いが酷く、それでいて仕事は全然役に立たない。
元王太子妃であるメアリーの母がある程度補佐をしているようだけど、彼女も政治経験は浅く祭祀の知識もない。
そして私ほど魔力がある人も、ヨランディアにはいない。
このままだと国全体荒れるのも時間の問題っぽい……。
「もう良いだろう?」
ウィルフレッドが水晶玉での〈遠隔透視〉を強制終了させた。
「結婚式の日ぐらい、俺のことだけ考えろ」
彼は言いながら、後ろから頬と首筋に口づけてくる。
「朝までな」
「!?」
そのまま後ろから抱き締められる。
ねぇ。15年の間に、こういうの誰と覚えたの?
きっとあなたなら、引く手あまただったんでしょうけど。
(……そういえば……今夜になるのよね)
結婚式の後には初夜がある。
……男の人と生まれて初めて、そういうことをする。
『白い結婚』つまり夫婦の営みのない結婚でも良いとウィルフレッドが言ったのを、断ったのは私だ。
覚悟はできている。35年間生きてきて初めてだけど。
ただ、想像すると顔がこわばってしまうのは許して欲しい。
────35歳の王妃候補。
さぞ国内の重臣たちからの反対がくるだろうな、と思ったら、びっくりするほどあっさり認められた。
宰相閣下がしっかり根回ししていたからだそうだ。
事情を少し聞いてみた。
理由のひとつは、ヨランディアと違い、グライシードでは国王・王位継承者は自国か他国の王族と結婚しなければならない法があるためらしい。
たとえば、家臣である貴族の令嬢と国王の結婚はグライシード王国では貴賤結婚扱いになるのだ。
でもいま周囲の国は敵が多く、その上国内で結婚相手を探しても王族同士の近親婚となってしまう……そういうのもあったようだ。
さすがに次代以降の王のためにも、自分の在位中に貴賤結婚に関する法を変えたいとウィルフレッドは言っていたけど。
ウィルフレッドに想いを寄せていた貴婦人たちが嫉妬で少々嫌がらせのようなことをやってきたのを除けば、恐いぐらいスムーズにことは運び、あっという間に結婚式の日がやってきた。
「…………ずいぶん、綺麗にしてもらったわね」
私は、鏡の自分をまじまじと見つめる。
最上級のレースをたっぷりと使ったウェディングドレス。
つやつやに手入れされ、目映い宝石で飾られた髪。
首もとに輝く、大粒のダイヤモンドをたっぷり使った首飾りと、デザインを合わせたイヤリング。
磨き上げられた肌に、素晴らしく華やかに仕上げられた化粧。
まさに『これが私?』状態。
鏡の中の自分が信じられない。
この15年、聖職者として化粧もできなかったし着るのも法衣ばかり。髪は頭布でずっと隠していた。
ウィルフレッドが私を着飾りたがるのにさえ、いまだに慣れない。
(でも35歳でここまで華やかなのって、痛くないのかしら。もう少しこう地味な方が……)
「良く似合うな」
「ぎゃっ!?」
鏡の後ろからウィルフレッドが顔をのぞかせてきてびっくりさせられた。
「ちょっと!
この晴れの日にまた頭突きするところだったわよ!?
あと近い、距離が」
「今日結婚する夫にいう台詞か?」
「そうですよね!
でも驚かすのは心臓に悪いからやめて」
(なんか求婚以来、急に意識してしまって心臓がもたないのよ。
……いえ、正確にいえば、再会以来だけど)
「……やはり、ルイーズは美しくなった」
「いや、それは……今日は化粧とかいろいろあるから……」
「素直に誉め言葉を受け取れ」
15年前に求婚を断ったのは私自身だ。
なのに思ってしまう。
これが15年前の私なら、もっと綺麗な頃の私だったら、と。
「そ、それにしても!
わざわざ私の肌色に合わせた化粧品を輸入してくれたのね。
別にこの国の化粧品で白く塗ってくれても良かったんだけど」
「何を言う。
ルイーズはその琥珀色の肌が美しいのに」
「……!!」
「蜂蜜のように魅惑的だと、15年前も思っていた」
あんまり不用意に揺さぶるようなことを言わないで。
あくまで王妃という仕事をする人間なんだから、精神的には適切な距離でいたいのに。
「…………そ、そういえば、式の前にまた水晶玉見せてもらっても良い?」
ちょっとウィルフレッドの顔を押し退けながら言うと、彼はわかりやすく眉をひそめた。
「今見ても、何も変わらんぞ」
「わかってはいるんだけど……生存確認して安心したくて」
ため息をついてウィルフレッドが侍女に合図する。
間もなく、林檎より一回り大きいほどの水晶玉が運ばれてきた。
────水晶玉のなかに遠くの光景を浮かび上がらせて見る、〈遠隔透視魔法〉がある。
グライシード王城に来てから、私はウィルフレッドに水晶玉を借りて、魔法でヨランディアの様子をしばしば見ていた。
「ああ……今日も……だいぶ混乱しているわね」
────追放刑のせいでちゃんと仕事を引き継いだり教えたりできなかった。
そのせいもあるのだろう、メアリーはパニックを起こしている。
『ちょっと待ってよ、何なのコレ!? こんなことまで国王の仕事なの!? あなた、何とかできないの!?』
『え、あ、いや、その……』
側でおろおろする宰相の息子。
彼はやっぱり大外れで、女遊びと金遣いが酷く、それでいて仕事は全然役に立たない。
元王太子妃であるメアリーの母がある程度補佐をしているようだけど、彼女も政治経験は浅く祭祀の知識もない。
そして私ほど魔力がある人も、ヨランディアにはいない。
このままだと国全体荒れるのも時間の問題っぽい……。
「もう良いだろう?」
ウィルフレッドが水晶玉での〈遠隔透視〉を強制終了させた。
「結婚式の日ぐらい、俺のことだけ考えろ」
彼は言いながら、後ろから頬と首筋に口づけてくる。
「朝までな」
「!?」
そのまま後ろから抱き締められる。
ねぇ。15年の間に、こういうの誰と覚えたの?
きっとあなたなら、引く手あまただったんでしょうけど。
(……そういえば……今夜になるのよね)
結婚式の後には初夜がある。
……男の人と生まれて初めて、そういうことをする。
『白い結婚』つまり夫婦の営みのない結婚でも良いとウィルフレッドが言ったのを、断ったのは私だ。
覚悟はできている。35年間生きてきて初めてだけど。
ただ、想像すると顔がこわばってしまうのは許して欲しい。
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