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8、国王、初夜翌日【ウィルフレッド視点】
***
新婦ルイーズを休ませる一方で、早々に政務を始めた国王ウィルフレッドの元に、宰相ミリオラ女公爵がやってきたのは昼前のことだった。
財務関係の報告と相談を行い、退出しざまにふと、
「そう言えば、今朝はずいぶんとご機嫌な音色を奏でていらっしゃいましたわね」
と宰相が意味ありげに笑う。
「……19年待ったんだ。大目に見ろ」
国王がバツの悪そうな顔で返すと、宰相はさらに笑った。
……彼としては正直、政務なんかより、もっと昨日の夜の余韻に浸っていたいところなのだ。
ずっとずっと想っていた相手の、初めて知ったすべてが、たまらなく可愛くて愛おしくて、叫びだしたいほどだった。
「まぁ、あの方お一人迎えるだけで今後国力は恐ろしく跳ね上がりますので宰相としては万々歳。
その上、陛下にとってそれだけの想い人であれば、わたくしとしても何も申しませんわ。ただ」
「ただ?」
「僭越ながら、そこまで長くお想いになっていらっしゃった方なら、もっと早くアプローチなさるとか……せめてもう少しロマンチックな求婚になさったら良かったのでは?」
「…………だからこそ、だ」
ウィルフレッドは言葉と裏腹に眉根を寄せる。
「ルイーズは根っからの王女だ。愛しているだの好きだの、色恋沙汰で捕まえることなんてできやしない。
唯一あいつを縛れるものは……15年前あいつを縛ったものは、使命感だった」
「使命感……?」
「ヨランディアに自分の力が必要だとあいつが信じているうちは、引き剥がすことなんてできなかった。
幸いヨランディアの重臣どもはルイーズの存在価値も理解せず、操りやすい幼い女王の方がいいと動く気配をみせていた。
あいつが使命を終えたと感じるその時が、次の『使命』を提示してみせる最大の機会だろう?」
今回の追放こそが、唯一にして最善のタイミングだったと、ウィルフレッドは思う。
少しでも早くても遅くても、ルイーズは自分のもとに来ることはなかっただろう。
「使命感……なのでしょうか?
あの方の場合、もう少し別のもののようにも思いますわ」
「そうか?
跡を継ぐのは王の直系の子が一番安定するからがんばるとも言ったぞ」
「それこそ、使命感とは別の解釈もできる言葉かと存じますが……まぁわたくしとしては、陛下のお気持ちを、もっと素直にお伝えしても良いのではと思ったまでですの。
それでは失礼いたしますわ」
一礼して宰相は出ていった。
国王は深くため息をつく。
(……もう二度と間違えられるか)
少なくともあの求婚は間違いだった。ウィルフレッドはそう思う。
────19年前の出会いの時、別に何か理由があって助けたわけじゃない。
教室の中で女1人で、初対面の男に絡まれて恐がっているかと思っただけだ。
なのに
『ありがとう。微塵も気にしてないわ。……机を蹴るのはどうかと思うけど』
と、さらっと言い放ったかと思うと、
『でも助かったわ。ありがとう』の笑顔で完全にやられた。
強く、それでいて可愛らしく、出会った時から目が離せなくて、なのに知れば知るほど好きになった。
向上心の強さも賢さも勉強熱心さもたくましさも、国の未来を語るキラキラした瞳も、何もかも。
ウィルフレッドが1人抱え込んでいた次期国王としての重圧も、彼女といると前向きになれた。
友人じゃなく、一生でただ1人の伴侶にしたい。
彼女との将来、そして子どもを夢見ていた。
決して一時の熱情や欲情じゃない。
だが、満を持して求婚をした時、ルイーズの瞳ははっきりと悲しんでいた。
『私は、聖職者になってヨランディアを支えるの。だから、グライシードには行けないわ』
『愛している。絶対に俺が幸せにする』
断られても食い下がったウィルフレッドに『そういうことじゃないの』と言ってルイーズは振り返らず図書室を出て行った。
あの瞳の理由は考えても未だに結論は出ていないが、少なくとも、彼女が求めるものではなかったのだ。
求婚直後、急な訃報を受け取った彼女は、学友たちには一言もなく国に帰った。
それきりだった。
もちろん家族3人を一度に失った彼女の悲しみがわからないわけはない。
だけど、寮の、空になったルイーズの部屋で1人立ち尽くしたことがいまでも忘れられない。
彼女が側にいてくれるなら、もう二度と自分の前から消えないでいてくれるなら、一生『愛してる』なんて言えなくてかまわない。
どこまでも、彼女の好む『学友』と『国王』を演じ続けてみせる。
……廊下でルイーズの声がする。
ようやく起きられたらしい。
執務室に向かっているようだ。
ウィルフレッドは傍らの鏡を見て、親指と中指でグイッと口角を押し上げた。
ノックの音に返事をすると扉を開けてルイーズが入ってくる。
「起きられたか?」
「どうにかね。部屋に朝食を運んでもらったわ。とっても美味しかった」
それなら良かった。
ルイーズの好物はすべて覚えている。
「動けるようになったところで早速だけど、今日からの私の仕事について教えて?」
「ああ、それなんだが────」
(ルイーズが、俺のそばにいる。本物のルイーズが……)
いかにも仕事をしていますという顔で、愛しい女の顔を見つめながら、ウィルフレッドは彼女がいる幸せを噛み締めた。
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新婦ルイーズを休ませる一方で、早々に政務を始めた国王ウィルフレッドの元に、宰相ミリオラ女公爵がやってきたのは昼前のことだった。
財務関係の報告と相談を行い、退出しざまにふと、
「そう言えば、今朝はずいぶんとご機嫌な音色を奏でていらっしゃいましたわね」
と宰相が意味ありげに笑う。
「……19年待ったんだ。大目に見ろ」
国王がバツの悪そうな顔で返すと、宰相はさらに笑った。
……彼としては正直、政務なんかより、もっと昨日の夜の余韻に浸っていたいところなのだ。
ずっとずっと想っていた相手の、初めて知ったすべてが、たまらなく可愛くて愛おしくて、叫びだしたいほどだった。
「まぁ、あの方お一人迎えるだけで今後国力は恐ろしく跳ね上がりますので宰相としては万々歳。
その上、陛下にとってそれだけの想い人であれば、わたくしとしても何も申しませんわ。ただ」
「ただ?」
「僭越ながら、そこまで長くお想いになっていらっしゃった方なら、もっと早くアプローチなさるとか……せめてもう少しロマンチックな求婚になさったら良かったのでは?」
「…………だからこそ、だ」
ウィルフレッドは言葉と裏腹に眉根を寄せる。
「ルイーズは根っからの王女だ。愛しているだの好きだの、色恋沙汰で捕まえることなんてできやしない。
唯一あいつを縛れるものは……15年前あいつを縛ったものは、使命感だった」
「使命感……?」
「ヨランディアに自分の力が必要だとあいつが信じているうちは、引き剥がすことなんてできなかった。
幸いヨランディアの重臣どもはルイーズの存在価値も理解せず、操りやすい幼い女王の方がいいと動く気配をみせていた。
あいつが使命を終えたと感じるその時が、次の『使命』を提示してみせる最大の機会だろう?」
今回の追放こそが、唯一にして最善のタイミングだったと、ウィルフレッドは思う。
少しでも早くても遅くても、ルイーズは自分のもとに来ることはなかっただろう。
「使命感……なのでしょうか?
あの方の場合、もう少し別のもののようにも思いますわ」
「そうか?
跡を継ぐのは王の直系の子が一番安定するからがんばるとも言ったぞ」
「それこそ、使命感とは別の解釈もできる言葉かと存じますが……まぁわたくしとしては、陛下のお気持ちを、もっと素直にお伝えしても良いのではと思ったまでですの。
それでは失礼いたしますわ」
一礼して宰相は出ていった。
国王は深くため息をつく。
(……もう二度と間違えられるか)
少なくともあの求婚は間違いだった。ウィルフレッドはそう思う。
────19年前の出会いの時、別に何か理由があって助けたわけじゃない。
教室の中で女1人で、初対面の男に絡まれて恐がっているかと思っただけだ。
なのに
『ありがとう。微塵も気にしてないわ。……机を蹴るのはどうかと思うけど』
と、さらっと言い放ったかと思うと、
『でも助かったわ。ありがとう』の笑顔で完全にやられた。
強く、それでいて可愛らしく、出会った時から目が離せなくて、なのに知れば知るほど好きになった。
向上心の強さも賢さも勉強熱心さもたくましさも、国の未来を語るキラキラした瞳も、何もかも。
ウィルフレッドが1人抱え込んでいた次期国王としての重圧も、彼女といると前向きになれた。
友人じゃなく、一生でただ1人の伴侶にしたい。
彼女との将来、そして子どもを夢見ていた。
決して一時の熱情や欲情じゃない。
だが、満を持して求婚をした時、ルイーズの瞳ははっきりと悲しんでいた。
『私は、聖職者になってヨランディアを支えるの。だから、グライシードには行けないわ』
『愛している。絶対に俺が幸せにする』
断られても食い下がったウィルフレッドに『そういうことじゃないの』と言ってルイーズは振り返らず図書室を出て行った。
あの瞳の理由は考えても未だに結論は出ていないが、少なくとも、彼女が求めるものではなかったのだ。
求婚直後、急な訃報を受け取った彼女は、学友たちには一言もなく国に帰った。
それきりだった。
もちろん家族3人を一度に失った彼女の悲しみがわからないわけはない。
だけど、寮の、空になったルイーズの部屋で1人立ち尽くしたことがいまでも忘れられない。
彼女が側にいてくれるなら、もう二度と自分の前から消えないでいてくれるなら、一生『愛してる』なんて言えなくてかまわない。
どこまでも、彼女の好む『学友』と『国王』を演じ続けてみせる。
……廊下でルイーズの声がする。
ようやく起きられたらしい。
執務室に向かっているようだ。
ウィルフレッドは傍らの鏡を見て、親指と中指でグイッと口角を押し上げた。
ノックの音に返事をすると扉を開けてルイーズが入ってくる。
「起きられたか?」
「どうにかね。部屋に朝食を運んでもらったわ。とっても美味しかった」
それなら良かった。
ルイーズの好物はすべて覚えている。
「動けるようになったところで早速だけど、今日からの私の仕事について教えて?」
「ああ、それなんだが────」
(ルイーズが、俺のそばにいる。本物のルイーズが……)
いかにも仕事をしていますという顔で、愛しい女の顔を見つめながら、ウィルフレッドは彼女がいる幸せを噛み締めた。
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