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9、新女王、思い込む【メアリー視点】
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「なんで……どうして何もかもうまくいかないの?」
「メアリー、いえ女王陛下。やっぱり聖女を連れ戻しましょう?」
「お母様、駄目よ! それだけは絶対に駄目!」
母であるジーナ前王太子妃の言葉を、執務室の机で首を横に振りながら、メアリーは拒んだ。
「女王としての私の力を疑われるじゃない!
それに、もう追放してしまったのだし、行先なんてわからないわ!」
メアリーの前には問題が山積している。
外交においては、あと一歩で締結できた友好条約が聖女の追放により頓挫し、相手国が逆に敵に回りつつあった。
また聖女追放を知った近隣諸国が、ヨランディアと距離を置こうとしている、あるいは敵対側にまわろうとしているという情報が入ってきている。
いずれの国にも上層部にルイーズの学友がおり、これまではヨランディアと利害が対立する国でもルイーズの外交努力でいい関係が築けていたのだということを、メアリーはわかっていなかった。
内政では宰相が力になっている。
だが、メアリーの(母ジーナ妃の実家であるスリザリー公爵家の利害関係でめちゃくちゃな入れ知恵をされての)とんちんかんな采配で、多くの混乱が生じていた。
祭祀については、ルイーズが罷免した高位聖職者を再びその職につけた。
だがその持つ力は比べ物にならず、国内の天候は早くも荒れ始めている。
宰相の息子はまったく役に立たず、良い仲の女のところに逃げ込んでいるようだ。
『彼との婚約を解消するわ!』
そう宰相に言ったが、宰相はのらりくらりとかわしながら決して首を縦に振らない。
(こんなにうまく行かないなんて……)
メアリーは、本来はいい加減な性格ではない。
国民のために良い王になろうと努力したこともあった。
だが、今のメアリーは、とにかく自分を肯定してくれる人、自分の考えと合う人間の意見ばかり聞いて思い込みを強くしていた。
自分の考えには本当に誤りがないだろうか……と自分の中で検証してみることに、耐えられないのだ。
そうなったきっかけは、成長するにつれ増していった聖女ルイーズへのコンプレックスだった。
『王女様だったんだから、普通だったら自分が王位に就いて、結婚して自分の子どもに継がせても良かっただろうに……欲がないよねぇ』
『やっぱり神聖なお力をお持ちなんだろうね。ルイーズ様が治めてから暮らしは楽になった。だけど王女に代わるときが心配だなぁ……名前なんて言ったっけ』
『腐敗した連中をバッサリくびにしてくれて、スーッとしたぜ』
国民の間ではルイーズの人気が高かったのだ。
魔力の強さや政治的手腕についてまでは庶民は知ることはできない。
だが、王位に就かず聖女として国を治め、腐敗した聖職者を罷免していくルイーズは、いかにも庶民が好む条件を満たしていた。
(もちろん万人が同じ意見ではなく、年増だの、メアリー王女の方がお美しいだのという者もいたのだが……)
────本当なら、私が女王だったのに。
若さを理由に、勉強やレッスンを強いられて日陰の身にされているように感じ、悔しく思った。
だけど、人生経験もこれまでの勉強量も政治経験も何もかも圧倒的に違うルイーズには、若さと美しさぐらいしか勝てるものがない。
ただ、スリザリー公爵家をはじめとした高位貴族の多くは、癒着や利権に不寛容なルイーズに不満を持っており、彼らはメアリーに自分たちの考えを吹き込みはじめた。
もちろんすべての貴族がそうではなかったし、ルイーズを慕う者もいたのだが……メアリーはだんだん、反ルイーズ派の考えに傾倒し、染まっていく。
『国民の人気にあぐらをかき、この国を支える貴族たちのことを考えようとしない』
『いつメアリー殿下を王位につけるのか。このまま王位まで簒奪してしまうのではないか』
『自分はもう結婚するにも遅い歳だからと、メアリー殿下まで同じ運命にさせようとしていないか。
メアリー殿下は女王になり、かつ、将来の王の母ともならなければならないのに……』
『だいたい、聖女などと名乗る歳か?』
そういった言葉が蓄積されてメアリーのコンプレックスを埋めていった結果、
『正統で若く美しくて将来のある自分メアリーに嫉妬し、自分と同じように男性から遠ざけて学問漬けにし結婚できないようにさせて、最終的に自分が王位に就こうとしている叔母』
というルイーズ像がメアリーの中でできあがったのだった。
(それにしたって……こんなに酷いことばかり続く? あの女がこの国のことを呪ってるんじゃないかしら??)
さらに、新たに間違った思い込みがメアリーの中で発生した。
(そうだわ!
桁違いの魔力を持つ人は、呪いを跳ね返すだけの力があると聞いたわ。
大陸の南の王族はそういう魔力が特に強いと……。
だったら、私がそういう王族と結婚して、あの女の呪いを跳ね返してもらえばいいんだわ!)
国境を接している国よりは、むしろ少し離れた国の方が良い気がする。
しっかりした理由があれば、宰相だって息子との結婚を諦めるだろう。
いや、できれば、こちらに婿入りしてくる王族ではなく、国王が良いかもしれない。
二国を二人の君主で、共同統治した先例が他の国にあるはずだ。
(少なくとも自分が政治について不慣れであることを、遅ればせながらメアリーは理解していたので、夫になる人に助けてもらいたいと思ったのだ)
「お母様!」
「な、なに?」
「いま、この大陸で、独身で魔力が強い男性の君主って誰かしら? 王太子でも良いわ」
「それは……うーん……独身で……魔力が強い……。そう言われると、一番は」
「だ、誰!?」
「グライシード王国のウィルフレッド国王でしょうか。もう35歳になるはずなのに、結婚したという話は聞かないですわ」
「グライシード王国の、ウィルフレッド国王……」
領土を拡大している、勢いのある国だ。
ウィルフレッド国王は……確か……何の用事だったか忘れたけど、10歳ぐらいの頃、スリザリー公爵家の面々とともに国外に出た際に顔を合わせた。
たまたま同じ港に居合わせて、スリザリー公爵家ともども挨拶に行ったのだ。
見とれて息を飲んでしまうほどの美男子で、男性を見てあんな風にときめいたのは初めてだった。
(今でも素敵かしら?)
容姿的には最上位クラス。
自分の倍以上の35歳という年齢にはひるんでしまいそうになるが、そこまで老けていないのであれば、あの人ならいける。
7年たった今の容姿を確認し、それから本当に独身か確認しなければ。
一縷の希望を見つけたメアリーは、明るい声で叫んだ。
「〈遠隔透視魔法〉を使える人を、連れてきて!!!」
「なんで……どうして何もかもうまくいかないの?」
「メアリー、いえ女王陛下。やっぱり聖女を連れ戻しましょう?」
「お母様、駄目よ! それだけは絶対に駄目!」
母であるジーナ前王太子妃の言葉を、執務室の机で首を横に振りながら、メアリーは拒んだ。
「女王としての私の力を疑われるじゃない!
それに、もう追放してしまったのだし、行先なんてわからないわ!」
メアリーの前には問題が山積している。
外交においては、あと一歩で締結できた友好条約が聖女の追放により頓挫し、相手国が逆に敵に回りつつあった。
また聖女追放を知った近隣諸国が、ヨランディアと距離を置こうとしている、あるいは敵対側にまわろうとしているという情報が入ってきている。
いずれの国にも上層部にルイーズの学友がおり、これまではヨランディアと利害が対立する国でもルイーズの外交努力でいい関係が築けていたのだということを、メアリーはわかっていなかった。
内政では宰相が力になっている。
だが、メアリーの(母ジーナ妃の実家であるスリザリー公爵家の利害関係でめちゃくちゃな入れ知恵をされての)とんちんかんな采配で、多くの混乱が生じていた。
祭祀については、ルイーズが罷免した高位聖職者を再びその職につけた。
だがその持つ力は比べ物にならず、国内の天候は早くも荒れ始めている。
宰相の息子はまったく役に立たず、良い仲の女のところに逃げ込んでいるようだ。
『彼との婚約を解消するわ!』
そう宰相に言ったが、宰相はのらりくらりとかわしながら決して首を縦に振らない。
(こんなにうまく行かないなんて……)
メアリーは、本来はいい加減な性格ではない。
国民のために良い王になろうと努力したこともあった。
だが、今のメアリーは、とにかく自分を肯定してくれる人、自分の考えと合う人間の意見ばかり聞いて思い込みを強くしていた。
自分の考えには本当に誤りがないだろうか……と自分の中で検証してみることに、耐えられないのだ。
そうなったきっかけは、成長するにつれ増していった聖女ルイーズへのコンプレックスだった。
『王女様だったんだから、普通だったら自分が王位に就いて、結婚して自分の子どもに継がせても良かっただろうに……欲がないよねぇ』
『やっぱり神聖なお力をお持ちなんだろうね。ルイーズ様が治めてから暮らしは楽になった。だけど王女に代わるときが心配だなぁ……名前なんて言ったっけ』
『腐敗した連中をバッサリくびにしてくれて、スーッとしたぜ』
国民の間ではルイーズの人気が高かったのだ。
魔力の強さや政治的手腕についてまでは庶民は知ることはできない。
だが、王位に就かず聖女として国を治め、腐敗した聖職者を罷免していくルイーズは、いかにも庶民が好む条件を満たしていた。
(もちろん万人が同じ意見ではなく、年増だの、メアリー王女の方がお美しいだのという者もいたのだが……)
────本当なら、私が女王だったのに。
若さを理由に、勉強やレッスンを強いられて日陰の身にされているように感じ、悔しく思った。
だけど、人生経験もこれまでの勉強量も政治経験も何もかも圧倒的に違うルイーズには、若さと美しさぐらいしか勝てるものがない。
ただ、スリザリー公爵家をはじめとした高位貴族の多くは、癒着や利権に不寛容なルイーズに不満を持っており、彼らはメアリーに自分たちの考えを吹き込みはじめた。
もちろんすべての貴族がそうではなかったし、ルイーズを慕う者もいたのだが……メアリーはだんだん、反ルイーズ派の考えに傾倒し、染まっていく。
『国民の人気にあぐらをかき、この国を支える貴族たちのことを考えようとしない』
『いつメアリー殿下を王位につけるのか。このまま王位まで簒奪してしまうのではないか』
『自分はもう結婚するにも遅い歳だからと、メアリー殿下まで同じ運命にさせようとしていないか。
メアリー殿下は女王になり、かつ、将来の王の母ともならなければならないのに……』
『だいたい、聖女などと名乗る歳か?』
そういった言葉が蓄積されてメアリーのコンプレックスを埋めていった結果、
『正統で若く美しくて将来のある自分メアリーに嫉妬し、自分と同じように男性から遠ざけて学問漬けにし結婚できないようにさせて、最終的に自分が王位に就こうとしている叔母』
というルイーズ像がメアリーの中でできあがったのだった。
(それにしたって……こんなに酷いことばかり続く? あの女がこの国のことを呪ってるんじゃないかしら??)
さらに、新たに間違った思い込みがメアリーの中で発生した。
(そうだわ!
桁違いの魔力を持つ人は、呪いを跳ね返すだけの力があると聞いたわ。
大陸の南の王族はそういう魔力が特に強いと……。
だったら、私がそういう王族と結婚して、あの女の呪いを跳ね返してもらえばいいんだわ!)
国境を接している国よりは、むしろ少し離れた国の方が良い気がする。
しっかりした理由があれば、宰相だって息子との結婚を諦めるだろう。
いや、できれば、こちらに婿入りしてくる王族ではなく、国王が良いかもしれない。
二国を二人の君主で、共同統治した先例が他の国にあるはずだ。
(少なくとも自分が政治について不慣れであることを、遅ればせながらメアリーは理解していたので、夫になる人に助けてもらいたいと思ったのだ)
「お母様!」
「な、なに?」
「いま、この大陸で、独身で魔力が強い男性の君主って誰かしら? 王太子でも良いわ」
「それは……うーん……独身で……魔力が強い……。そう言われると、一番は」
「だ、誰!?」
「グライシード王国のウィルフレッド国王でしょうか。もう35歳になるはずなのに、結婚したという話は聞かないですわ」
「グライシード王国の、ウィルフレッド国王……」
領土を拡大している、勢いのある国だ。
ウィルフレッド国王は……確か……何の用事だったか忘れたけど、10歳ぐらいの頃、スリザリー公爵家の面々とともに国外に出た際に顔を合わせた。
たまたま同じ港に居合わせて、スリザリー公爵家ともども挨拶に行ったのだ。
見とれて息を飲んでしまうほどの美男子で、男性を見てあんな風にときめいたのは初めてだった。
(今でも素敵かしら?)
容姿的には最上位クラス。
自分の倍以上の35歳という年齢にはひるんでしまいそうになるが、そこまで老けていないのであれば、あの人ならいける。
7年たった今の容姿を確認し、それから本当に独身か確認しなければ。
一縷の希望を見つけたメアリーは、明るい声で叫んだ。
「〈遠隔透視魔法〉を使える人を、連れてきて!!!」
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