追放聖女35歳、拾われ王妃になりました

真曽木トウル

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26、国王、夢を見る【ウィルフレッド視点】

     ***


『ルイーズ!! ルイーズ!?』


 …………ウィルフレッドは暗い学生寮の廊下を走っている。

 これは夢だ。
 数え切れないほど見た悪夢。現実じゃない。
 だから、わかっている。
 この先向かう部屋にルイーズがいないことも。

 それでも走ることを止められない。

 通いなれた彼女の部屋のドアを開くことも、自分の意思では止められないのだ。

 バン、と、ドアを開いた。

 すでに空っぽの部屋。
 彼女の姿はおろか、多くはなかった私物も、彼女の体温さえ、幻のように消えている。


『ルイーズ……』


 彼女と過ごした日々は、鮮明に思い出せるのに。

 あの窓辺に、よくルイーズは座っていた。
 おすすめの本を紹介する嬉しげな声や顔。
 消灯後も熱心に勉強する姿。
 落ち込んだ時は机に突っ伏して、声をかけてもなかなか頭を上げなかった小さい背中。
 根気よく声をかけると、ゆっくりと顔を上げた、あの仕草。あのヘーゼルの瞳。茶色い髪、艶やかな琥珀色の肌。


『……いやだ』


 口から言葉が漏れた。

 今までの夢では、金縛りにあったようにただ立ち尽くすばかりだったのに。
 夢の中で何をしたって取り戻せないとわかっているのに。

 ウィルフレッドはきびすを返した。
 もう馬車で故国へと出発した、追いつけないはずのルイーズを探して。


(いやだ…………このまま、もう会えないなんて、いやだ!!)


『行かないでくれ、ルイーズ!』


 4年の歳月をすごした大学の構内を走る。
 みっともなく、恥も外聞もなく、叫びながらウィルフレッドはルイーズを追う。


「愛してる……」

『愛してる、大切にする、一生守る、だから、行くな!!
 行かないでくれ、ルイーズ!!』


 走った。走った。走った。
 どれだけ走ったかわからない。
 それでも遠い遠い先に彼女の後ろ姿を見つけ、ウィルフレッドは最後の力を振り絞った。

『ルイーズ!! 俺は、おまえを……』


「────愛しているわ、ウィルフレッド」


(…………え?)


「あなたが大好き。友人としても夫としても男としても、全部好き。愛してるし愛おしいし、存在してくれないと嫌なの。無理なの。だから、行かないで、お願いだからっ」


 いつの間にか、ルイーズが目の前にいる。自分にすがりついている。


(…………夢か?
 そうだ、夢だった。
 いつもこの夢は残酷なのに、今日は、ずいぶん俺に都合の良い夢だ……)


 腕の中にいるルイーズの感触が生々しい。指に触れる髪の感触さえ。
 都合がよすぎるこの夢に、溺れてしまいたいと思った。
 どうせ夢なのだから。
 何を言っても許される。


「…………愛してる、ルイーズ。愛してる……」


 愛しい女を抱きしめながら、ウィルフレッドはずっと言いたかった言葉を繰り返した。


     ***


「良かった……良かった、ほんとに心配したんだから!!!」
「落ち着け。とりあえずまだ死ななさそうだ」


 間もなく現実に目覚め、撃たれた背中を下にしないよう横向きで横たわったウィルフレッドは、夢の中のようにすがりついて泣くルイーズの頭を撫でてなだめる。

 寝室には彼女と、複数の医師たち。

 ……とにかく、ルイーズには傷ひとつなくて何よりだった。

 あの位置からの刺客の登場、おそらくは王城の屋根、衛兵からの死角でじっと身を潜めていたのだろう。

 ウィルフレッドは催事を行う際、何か非常事態が起きた時の対処も事前に詳細に決め、衛兵たちにその通り動くよう指示している。

 おそらく刺客にはそのプランを逆手に取られた。
 先に捨て駒に撃たせ、会場を混乱に陥れつつウィルフレッドの注意が指揮に向いた瞬間、本命の銃口が火を放つ。

 その本命の刺客が合わせてきたタイミングが、あまりに絶妙すぎた。

 結果、位置的にも距離的にも角度的にも、散弾銃からウィルフレッド自身の身体でルイーズを守る以外の方法がなかった。
 ルイーズが展開してくれた防御魔法も位置を動いたために意味がなくなり、ウィルフレッドの身体は背中から肺に向けて大きく損傷したはずだ。

 ……普通ならそのまますぐに命を落としているところだが、あれで自分が生きているということは。


「〈治癒魔法〉をかけてくれたのは、おまえか?」


 こくこく、と、ルイーズはうなずく。


「助かった。恩に着る」

「ほんと……このまま容態急変とかしたら嫌よ……」

「とりあえず背中はまだ痛いな」

「ごめんなさい、私のせいで痛い思いさせて……私も、守ってくれてありがとうって最初に言うべきだったわ……息苦しかったりしない? 大丈夫??」


 彼女のその言葉だけで痛みも消えそうな思いだったが、しかしウィルフレッドには確認しなければならないこともあった。


「……刺客は?」

「捕縛されてるわ。
 何度も自害を謀ったけど、私が死なせなかった。
 ただ、それが……」


 ウィルフレッドは、部屋の隅でいつになく暗い顔をしている姪イヴェットを見つけた。

 そばに、彼の妹ブリジットがついているが、こちらも沈痛な面持ちだ。


「…………ガストラか?」

「ええ。イヴェットが顔を知ってた。ガストラの国王直属の暗殺者だって」ルイーズが答えた。

「そこから吐かせたわ。
 標的はやっぱり私じゃなくウィルフレッドよ。
 本人じゃなく別の人間を狙ったと見せかけ、隙を突く、という手のようだわ」

「ガストラの暗殺者がよく使う方法だな」

「ガストラ王国の国王は、自分の娘のイヴェットを、グライシードの王位につけたかったのよ」


 グライシード国内でウィルフレッドに血縁上一番近いのは妹のブリジットだが、長年の冷遇で心身とも弱り、療養中の身。
 今の王位継承の最有力候補は、13歳の姪イヴェットだ。
 もしウィルフレッドが亡くなっていたら────そしてそれがガストラ王国の仕業だとわからなければ、重臣たちの多くは次期国王としてイヴェットを推しただろう。

 そうして、彼女が王位についたところで、血縁を理由に擦り寄ってくる算段だったのか。


「……ふっざけてるわよね……。
 私や母様に何をしたかも忘れて、娘なら無条件で父親の言うこと聞くと思ってるのかしら……」


 吐き捨てるように、イヴェットは言う。
 切れ長の目の端に、涙がにじんでいた。


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