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27、国王と元聖女【ウィルフレッド視点】

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「……イヴェット」

「大丈夫よ、伯父様。
 腹が立って仕方がないだけだから、全然平気。
 あんな奴……ほんと、あのクソ親父が……ごめんなさい」

「気にするな。良いから、おまえたちは休め」


 ごし、と、目元を袖口で拭くと、イヴェットは立ち上がり、ブリジットとともに一礼して出ていった。

 ウィルフレッドは次に医師たちに目を向ける。


「おまえたちも少し席をはずせ」
「いや、しかし、国王陛下」
「王妃がついている。問題はない」
「は、はぁ……少しの間だけであれば? すぐに戻りますからな」


 医師たちはそれでも心配げにこちらを見ていたが、諦めたようにそろって寝室を出ていった。


「さて、ルイーズ」


 ウィルフレッドは目の前にいる妻を見つめる。


「俺からも


 う、と、詰まったような声を出し、泣き腫らした目のままでルイーズは目をそらした。


「…………先に言ったのは、ウィルフレッドだからね?」

「ああ、何を?」

「だから……その…………あの……わかってて言ってるわよね?」


(かわいいな、相変わらず)


 ウィルフレッドは髪に触れながら、うつむき赤らめる妻の顔を見つめる。

 夢の中で聞いた、あの現実の声。
 自分が言った言葉。
 今それを反芻したかった。


「だって……うわ言で、普段絶対言わないこと言い出したら、なんだかすごく恐くなるじゃない。これが最期なんじゃないかって……」

「何て?」

「だから……あの……『愛してる』って……ええと、もう良くない?」

「良くない。それでおまえは何て言った?」


 ルイーズは顔を隠すようにベッドに突っ伏す。
 耳が真っ赤なのでまったく隠しきれていないが。


「だからね……あのね、夢中だったから、細かい言葉とか、覚えてないのよ」
「かまわん。大体でいい。聞かせてくれ」
「……死ぬかもって思ったから、必死で」
「ルイーズ」
「……………………」


 根気よく頭を撫でていると、ようやく、そっとルイーズは顔を上げた。


「……友人としても夫としても好きって」
「ひとつ足りないな」
「…………男としても、好き」
「それから?」
「存在しないと嫌」
「それから?」
「……………………愛してます」


 その言葉に、ウィルフレッドは笑む。
 彼が笑ったのに、ルイーズはますます落ち込んだ顔をした。


「どうかしたか?」
「……だって、みんなの前で言ってしまったわ」
「落ち込むことか?」
「舞踏会が無事終わって、2人きりになったら、ゆっくり伝えようと思ってたのよ。王妃としての威厳が完全崩壊……」
「夫が死にかけてたんだ。みんな大目に見てくれるさ」


 ルイーズが、怪訝そうにウィルフレッドを見る。


「……なんであなたはそんなに嬉しそうなの?
 死にかけたのはあなたよ?
 殺されかけたのよ?」

「そうだな。
 死にかけてようやく妻に『愛してる』と言えた。
 ……言ったらまたおまえがいなくなってしまうんじゃないかと、恐かったんだ」

「…………どうしてそうなるの?」

「話せば長くなる。
 ……愛してる」


 普段と違い、身体に力が入らない。
 腕を伸ばし、ルイーズを引き寄せようとすると、彼女から顔を近づけてくれた。
 ゆっくりと、満ち足りた気持ちでくちづける。


「……あのね、15年前求婚には応えられなかったけど、私のなかで『友人』だったあなたもすごく大事だったの。いまでも大事なの。
 大学4年間、一緒に勉強して過ごしたあの時間は、私にとってかけがえのないものよ。
 それは認めてくれる?」

「そうか……悪かったな」彼女の気持ちを、汲み取れていなかった。

「暗号みたいなノートも、たまに窓から投げ込んできた手紙も、屋根裏部屋から一緒に見た星も、気まぐれにあなたが遅くまで弾いていたヴィオラの音色も」

「……良く覚えているな」

「あなたほどじゃないけど」

「今は?」

「えっと……再会して、びっくりしたの。
 素敵だと思って、男性としてみてしまって、ドキドキしてる自分に。
 年月のせいなのか、心の変化なのか、自分でもよくわからなくて……。
 それから……。
 ごめん、そろそろやめましょう。
 あなた、そろそろ眠った方が」

「いや、俺からも、まだおまえに言っていないことが」

「今は眠って。
 傷が治ったら、たくさん話しましょう」

「どこにも行かないか?」

「行かないわ。
 眠ったら様子を見ながら〈回復魔法〉をかけていくから」


 ウィルフレッドはルイーズの手を握りながら、その手の感触を味わいながらゆっくりと目を閉じる。
 あの時、去ってしまった彼女はここにいる。
 もうどこにも行かないでくれ。


 ────使命感……なのでしょうか?
 ────あの方の場合、もう少し別のもののようにも思いますわ。

 眠りに落ちる寸前、何故か宰相の言葉がウィルフレッドの耳元によみがえっていた。


     ***
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