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32、元聖女、対峙
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「あぁ……それを聞いて安心いたしました。
体制などはこのままでかまわないということですな。
グライシード王国両陛下に危害を及ぼした元聖職者ラッヘの処刑でお許しいただけますでしょうか?」
ホッとした様子で宰相は、用意していたらしい条件を提示する。
仲間だったはずの人間の命を軽く言う口調に、なんとも言えない気持ちになる。
「女王陛下……いいえ、メアリーは?」
「女王陛下は、その……今回のグライシード王国両陛下のご訪問をお伝えしても、お会いできないと」
「『呪い還り』を解くのには私と会わなければならないのにですか?」
一転して、歯切れが悪くなった宰相に、私は問い返した。
「ラッヘがいなくなれば、メアリーは顔を誤魔化すことはできなくなりますね?
これからは姿を隠し続けるのですか?」
「………………それは……その……わたくしとしても我らが女王陛下には、王妃陛下に謝罪していただきたかったのですが」
宰相の、作り笑いを浮かべた口許がひきつってきた。
ウィルフレッドと私は目を合わせる。
考えられる可能性としては、宰相が会わせないようにしているか、メアリー自身が私と会うのを拒んでいるか。
宰相の様子からは何となく、後者のような気がした。
「ところで、あなたは魔力に関しては詳しくなかったですね?」
「は、はぁ」
「私やウィルフレッドほどでなくてもある程度魔力に長けている者は、他人の魔力の所在もある程度感知できるものなのです」
────私の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、応接室の壁を貫いて炎魔法が私たち目掛けてまっすぐに飛んでくる。
それは私の身体に触れる前に砕けて散った。
「やはり、不意打ちを狙っていましたね」
焦げた壁の穴の向こうに、悔しげにこちらを睨みつけるラッヘの姿があった。
踵を返そうとするラッヘに私は手のひらを向ける。
「────〈捕縛〉」
「なっ!? 貴様、何を!?」
魔力の糸が素早く水平に伸びてラッヘの身体を拘束していく。
「な、何だこの魔法はっ!? 身体がっ!?」
ヨランディア国内では使える人間はほぼいないけれど、聖地の大学では1年生で学ぶ拘束魔法だ。
見えない糸で身体をぐるぐる巻かれ城の廊下の床に転がったラッヘ。
穴越しに、私たちが連れてきたグライシード軍の兵が確保したのが見えた。
「くそぉ……何なのだ!!
触るなっ……ああ、なぜ動けないのだっ、私の、力がっ」
身をよじり、ラッヘはわめく。
この魔法に捕らえられたら魔力も封じられる。
「15年前、本当なら私が総主教になっていたのに……。
私こそがこの国一の聖職者だったのに……どうして貴様のような小娘が出てきてしまったんだ……よりによって、私の番が来ようとしている時に……なんで……」
悪態をついていたかと思うと、最後の方は泣き言のようになり、しまいにはすすり泣きし始めてしまった。
一方宰相は青い顔で顛末を見ていたけれど、私たちの視線が再び向かうと、首をぶんぶんと横に振りながら言う。
「も、申し訳ございません。ラ、ラッヘは先に拘束していたのですがっ、おそらく逃がしてしまいこのような事態にっ……」
「この期に及んでそれが通じると?」とウィルフレッド。
「…………思いません」
宰相は深くうなだれた。
そしてつぶやく。「あんな男と……手を組まなければ良かった……」
「ますます私はメアリーに会わなくてはならなくなりましたね。会えますか?」
「…………お連れいたします」宰相はよろよろと立ち上がり、応接室を出ていく。
────間もなく、顔全体を覆う仮面をつけたメアリーが応接室に現れた。
人前に現れるのに、もうそれ以外の方法がなかったらしい。
本人であるという証明のためか、一瞬だけ仮面をずらして目許を私に見せた。
おかげでまったく表情がわからないけれど、手が痩せ細っていたことには気づいた。
「久しぶりね。具合はどう?」
「…………良くは、ないわ」
「そうね。体調は良くなさそうね。
こういう再会の仕方はしたくなかったわ。でも、そういうわけにいかないの。いま、私にも守るものがあるから」
「………………グライシード王国国王陛下の暗殺未遂の件、ヨランディア王国の女王として、謝罪するわ。
申し訳……ありません、でした」
「もう二度と起こしはしないと誓ってもらえますか?」
「………………」
「どうかしましたか?」
「私……私は、国王になるには未熟だったみたい、なんだけど」
仮面をつけたまま、メアリーは首を横に振る。
「でも、どうしたらいいのかわからないの。
代わる相手がいないから退位もできないのに、自分の無能さばかり毎日思い知らされて。
自分が決めたことなのに、自分で終わらせられない。
いったい、どうしたらいいのっ……?」
体制などはこのままでかまわないということですな。
グライシード王国両陛下に危害を及ぼした元聖職者ラッヘの処刑でお許しいただけますでしょうか?」
ホッとした様子で宰相は、用意していたらしい条件を提示する。
仲間だったはずの人間の命を軽く言う口調に、なんとも言えない気持ちになる。
「女王陛下……いいえ、メアリーは?」
「女王陛下は、その……今回のグライシード王国両陛下のご訪問をお伝えしても、お会いできないと」
「『呪い還り』を解くのには私と会わなければならないのにですか?」
一転して、歯切れが悪くなった宰相に、私は問い返した。
「ラッヘがいなくなれば、メアリーは顔を誤魔化すことはできなくなりますね?
これからは姿を隠し続けるのですか?」
「………………それは……その……わたくしとしても我らが女王陛下には、王妃陛下に謝罪していただきたかったのですが」
宰相の、作り笑いを浮かべた口許がひきつってきた。
ウィルフレッドと私は目を合わせる。
考えられる可能性としては、宰相が会わせないようにしているか、メアリー自身が私と会うのを拒んでいるか。
宰相の様子からは何となく、後者のような気がした。
「ところで、あなたは魔力に関しては詳しくなかったですね?」
「は、はぁ」
「私やウィルフレッドほどでなくてもある程度魔力に長けている者は、他人の魔力の所在もある程度感知できるものなのです」
────私の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、応接室の壁を貫いて炎魔法が私たち目掛けてまっすぐに飛んでくる。
それは私の身体に触れる前に砕けて散った。
「やはり、不意打ちを狙っていましたね」
焦げた壁の穴の向こうに、悔しげにこちらを睨みつけるラッヘの姿があった。
踵を返そうとするラッヘに私は手のひらを向ける。
「────〈捕縛〉」
「なっ!? 貴様、何を!?」
魔力の糸が素早く水平に伸びてラッヘの身体を拘束していく。
「な、何だこの魔法はっ!? 身体がっ!?」
ヨランディア国内では使える人間はほぼいないけれど、聖地の大学では1年生で学ぶ拘束魔法だ。
見えない糸で身体をぐるぐる巻かれ城の廊下の床に転がったラッヘ。
穴越しに、私たちが連れてきたグライシード軍の兵が確保したのが見えた。
「くそぉ……何なのだ!!
触るなっ……ああ、なぜ動けないのだっ、私の、力がっ」
身をよじり、ラッヘはわめく。
この魔法に捕らえられたら魔力も封じられる。
「15年前、本当なら私が総主教になっていたのに……。
私こそがこの国一の聖職者だったのに……どうして貴様のような小娘が出てきてしまったんだ……よりによって、私の番が来ようとしている時に……なんで……」
悪態をついていたかと思うと、最後の方は泣き言のようになり、しまいにはすすり泣きし始めてしまった。
一方宰相は青い顔で顛末を見ていたけれど、私たちの視線が再び向かうと、首をぶんぶんと横に振りながら言う。
「も、申し訳ございません。ラ、ラッヘは先に拘束していたのですがっ、おそらく逃がしてしまいこのような事態にっ……」
「この期に及んでそれが通じると?」とウィルフレッド。
「…………思いません」
宰相は深くうなだれた。
そしてつぶやく。「あんな男と……手を組まなければ良かった……」
「ますます私はメアリーに会わなくてはならなくなりましたね。会えますか?」
「…………お連れいたします」宰相はよろよろと立ち上がり、応接室を出ていく。
────間もなく、顔全体を覆う仮面をつけたメアリーが応接室に現れた。
人前に現れるのに、もうそれ以外の方法がなかったらしい。
本人であるという証明のためか、一瞬だけ仮面をずらして目許を私に見せた。
おかげでまったく表情がわからないけれど、手が痩せ細っていたことには気づいた。
「久しぶりね。具合はどう?」
「…………良くは、ないわ」
「そうね。体調は良くなさそうね。
こういう再会の仕方はしたくなかったわ。でも、そういうわけにいかないの。いま、私にも守るものがあるから」
「………………グライシード王国国王陛下の暗殺未遂の件、ヨランディア王国の女王として、謝罪するわ。
申し訳……ありません、でした」
「もう二度と起こしはしないと誓ってもらえますか?」
「………………」
「どうかしましたか?」
「私……私は、国王になるには未熟だったみたい、なんだけど」
仮面をつけたまま、メアリーは首を横に振る。
「でも、どうしたらいいのかわからないの。
代わる相手がいないから退位もできないのに、自分の無能さばかり毎日思い知らされて。
自分が決めたことなのに、自分で終わらせられない。
いったい、どうしたらいいのっ……?」
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