ミゲルの物語、前世療法で見た数奇な人生~キリスト教の歴史の闇と光~

レイナ・ペトロニーラ

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第1章 修道院での子供時代

13、フアンの見た夢

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3歳のフアンと一緒に同じ部屋で生活することになったが、私はなかなか新しい生活になじめないでいた。フアンはカルロス先生からきつく注意されているので、お祈りの時間や食堂で泣き叫ぶことはしなくなったが、それでも油断しているといろいろなことをする。食事の時に嫌いな物があるとこっそり床に落とすので、私は料理を運んでいる人に小声で頼んで何も入っていないお皿を持ってきてもらった。

「フアン、嫌いな物は床に落とさないでこのお皿に入れたらいい」
「うん、わかった。ミゲルお兄ちゃんも嫌いな物はここに入れていいよ」
「僕は嫌いな物なんてないからこのお皿は必要ない」
「すごいなー。ミゲルお兄ちゃんて嫌いな物がないんだね。だから神様に愛されて・・・」
「フアン静かに。食事中はしゃべってはいけない決まりだ」
「お兄ちゃん、何を言ったの?よく聞こえなかった」
「フアン、静かに!」

私はできるだけ小さな声でフアンに話すのだが、彼の声は大きくなるばかりだった。ついつられて自分も大きな声を出すと近くに座っていた修道士がいっせいに振り向いた。でも離れた席にいるカルロス先生は振り向いていない。私は目でフアンを睨みながら口を大きく開けて急いで食事を取った。味わっている余裕はない。フアンが次にしゃべりだす前に食事を終わらせなければならない。



学習の時間、3歳のフアンと8歳の私は同じ学習室でカルロス先生から勉強を教わるのだが、フアンはすぐに飽きて歩き回ってしまう。カルロス先生が注意しても彼はすぐ忘れてしまう。次の日から学習の時間にはアルバロとフェリペも一緒にいることになった。彼ら2人が小さなフアンに勉強を教え、飽きたらすぐに外に連れ出してもらうことにしたらしい。体の大きなアルバロに抱かれてフアンはニコニコしていた。彼らが学習室を出た後で、ようやく私は落ち着いて勉強することができた。



ニコラス先生が勉強を教えてくれる日は孤児院の小さな子供たちも学習室に来ていた。みんな大人しく勉強しているのだが、フアンだけはすぐ勉強に飽きて歩き回り、他の子に話しかけてしまう。フアンは足が不自由なので速くは歩けないが、それでも話しかけられた子が答えたりして学習室は騒がしくなってしまう。

「先生、俺がフアンを外に連れて行きます」
「そうか、そうしてくれるとありがたい」

アルバロの提案に対してニコラス先生もほっとしたように答えた。

「それなら僕も一緒に行きます。僕たちはカルロス先生からフアンの世話をするように頼まれています」
「いや、フェリペ。お前はここに残れ。ニコラス先生の授業をお前は楽しみにしている。俺は別に勉強はそんなに好きではないから」
「アルバロお兄ちゃん、早く行こうよ」

いつのまにかフアンがアルバロのすぐそばに来て足にしがみついていた。

「お前のせいで・・・」

言いかけた私はすぐに手で口を押えた。今ここで余計なことを言ってフアンを泣かせたら大変なことになる。彼は気に入らないことがあると床にひっくりかえって泣き叫ぶ。静かに写本をしている修道士がフアンの泣き声に驚いてここに来たらどうなるか・・・

「フアン、待たせて悪かった。今日はどこへ行く?」
「ロバのビエホーのところ!」
「わかったよ。お前は本当にロバが好きなんだな」

アルバロはフアンを片手で軽く抱き上げて学習室を出て行った。


夜寝る前には、昔カルロス先生にしてもらったように、子供向きに書かれた聖書の物語をフアンの前で読んだ。

「イエス様がお生まれになる前、ユダヤのヘロデ王は2歳以下の男の子すべてを殺すように命令を出しました。ユダヤの新しい王が生まれるという予言があったからです。たくさんの子供が母親の手から奪われて殺されてしまいました。でもマリア様は天使から言われてエジプトに家族で逃げていました。そして星の輝く聖なる夜に、馬小屋の中でイエス様はお生まれになりました」
「どうして王様は小さな子供をみんな殺したの?」
「新しい王が生まれることを怖れたからだよ」
「かわいそう・・・」
「そうだね。でもこれは遠い昔のまだイエス様がお生まれになってない時の話だよ。今の王様は信仰心が篤くイエス様の教えをきちんと守られている立派な方だ。昔のようなことは絶対にない。だから安心してお休み」
「はい、ミゲルお兄ちゃん」

フアンがベッドに入るのを見届けて私も自分のベッドに入った。



突然フアンの啜り泣く声で目を覚ました。外はまだ暗く、月明かりが部屋をぼんやりと照らしている。

「フアン、どうした?」
「ミゲルお兄ちゃんが、ミゲルお兄ちゃんが・・・」

怖い夢でも見ているのだろうか。フアンは泣きじゃくっている。

「ミゲルお兄ちゃんのお父さんは王様で、子供を殺すように命令した。お母さんは小さな子供を連れていた」

どうやらヘロデ王の話が刺激が強すぎて夢に出たようである。私は泣きながら話すフアンの言葉を辛抱強く聞いた。それは次のような話だった。



ヘロデ王は新しくユダヤの王が生まれるという予言を怖れ、2歳以下の男の子をすべて殺すように命令を出した。その時に私の母はもうすぐ3歳になる男の子を連れ、王に子供を取り上げられた。

「待ってください。その子はあと数日で3歳になります。どうか見逃してください。私のお腹にはもう1人子がいます。子が生まれたらすぐに差し出します。どうか子供を返してください」
「生まれた子をすぐに差し出すと言うのだな。約束が守れるならば子供を返してやろう」

母は生まれた子、すなわち私を王に差し出した。

「王よ、この子があの時約束した子です」
「そうか、約束を守ったのだな。この子供の命は余の手の中にある。生かすも殺すも余の思いのままだ。女よ、すぐにここを立ち去り、2度と子供のことは口にするではない」
「仰せの通りにいたします」

私は殺されることはなく、ある場所で大切に育てられていた。だが母は上の子が大きくなるにつれて手放したわが子のことが気になり、ついに王に願い出て差し出した子に会おうとした。

王は家族3人を人里離れた小さな山に連れていった。山の上は木が4本だけ残されて切り倒され、たくさんの薪が用意されていた。

「女よ、10年前に差し出したのはこの子供で間違いないな」

私は槍を持った兵士に連れられて山を登り、母の前に立たされた。

「いいえ、違います。この子は私の子ではありません」
「いまさら気づいても遅い。王との約束を破った者がどのような罰を受けるか、じっくり味わうがよい」

王の命令で私達家族4人は木に縛り付けられ、積み上げられた薪に火がつけられた。



「ミゲルお兄ちゃんが、ミゲルお兄ちゃんが・・・」

フアンは激しく泣いている。私は彼の小さな体を抱きしめた。

「大丈夫だよ、フアン。お前は夢を見ただけだ。ほら、よく見てごらん。僕は生きているだろう」
「うん、ミゲルお兄ちゃん、一緒に寝て」
「カルロス先生には内緒にしてくれよ。僕がしかられる」

フアンを抱き上げて一緒のベッドに入った。小さなフアンの体は温かく、私は今までにない満ち足りた気持ちになった。

「ミゲルお兄ちゃん、どこにもいかないで。ずっと僕のそばにいて」
「わかったよ。ずっとそばにいる。もし僕が遠くに行く時は、僕の魂を半分にちぎって片方をお前のそばに残しておく。ずっとお前のそばにいる」

小さな子供を寝かせるためにふと口から出た言葉だった。だが私はずっと後になって人生が終わりに近づいた時にもう1度同じ言葉をフアンに言うことになる。
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