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第1章 修道院での子供時代
24、公現祭の劇(2)
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劇の練習が一通り終わり、ニコラス先生は病院に戻り、孤児院の子とアルバロ、そしてフアンは家畜小屋に行き、私とフェリペだけが広場に残された。今から天使の歩き方についてフェリペに教わらなければいけないのだが、私は他のことが気になって役に集中できなかった。
「ねえ、フェリペ。こんなこと君に聞いていいかわからないけど、君はユダヤ人に生まれて迫害とか経験したことはあるの?」
「僕の家族に関しては今までユダヤ人だからという理由で困ったことは何もなかった。僕の家は結構財産があったし、父さんは何か月も外国に仕事に行っている時もあった。僕が嫌だったのは母さんが死んだ後、父さんがすぐに結婚して義理の母が家に来たことだった。僕は苛められて、見かねた父さんが僕をこの修道院に連れて来た」
「そうか・・・」
「でもニコラス先生からいろいろ話を聞いて、スペインでは場所によってはユダヤ人が酷い迫害を受けていることもわかった。ニコラス先生から洗礼を受けて改宗することも勧められたが、僕はそれを断った」
「どうして?」
「もし僕が改宗してキリスト教徒になったら、もう2度と父さんと一緒に暮らせない、そんな気がするんだ。僕は心の中でまだ父さんが迎えに来てくれると信じている。だからそれまでは改宗したくない」
「・・・」
「ミゲル、心配してくれてありがとう。大丈夫だよ。僕はもう13歳だ。自分にとって何が必要か、自分で判断して決められる」
私はこの時はまだ自分の両親について何も知らなかった。何も知らないから何も考えていなかった。
「ミゲル、天使の歩き方の練習をしよう」
「うん、そうだね。ごめんね、君に付き合わせてしまって。僕が下手だから・・・」
「しょうがないよ、君は天使について何も知らないのだから」
「フェリペは知っているの?」
「父さんに聞いて少しだけ知っている。人間の魂は何度も生まれ変わって少しずつ神に近付いていく。生まれてから死ぬまでずっと1人の人間に付き添い見守ってくれるのが守護天使だ」
「守護天使?」
「そう、守護天使。人によっては何人もの天使やその他の見えない存在がついていることもあるけど、誰にでも少なくとも1人は守護天使がついている。君の守護天使は大天使ミカエルだよ」
「そんな、大天使ミカエルがついているなんて、恐れ多くて・・・」
「そうだね。キリスト教の教えでは大天使ミカエルは疫病から人間を救ったりして何度も地上に現れている。ミカエルへの信仰は篤いから天使が見守っているなんて言ったら怒られるかもしれない。でも間違いない。君は大天使ミカエルに守られている」
「どうしてわかるの?」
「君の名前がミゲルだからさ」
フェリペの話は魅力的であった。魅力的ではあるが、キリスト教の教えからは明らかに外れている。このまま彼の話を聞いていいのだろうか?
「ミゲル、劇での役は大天使ガブリエルだが、君の守護天使はミカエルだ。大天使ミカエルに迷いはない。真実を知り、真実を伝えるために地上に降り立つ。そんな気持ちでちょっと歩いてみてくれ」
言われた通りに歩いてみた。天使ということは意識しなかった。ただ真実を伝える者としてまっすぐに歩いて行く。
「そうそう、その調子。じゃあ今度は僕がマリア様になってここに座り本を読んでいるから、僕のところに来てセリフを言ってくれないか」
今度はフェリペの座っている場所まで歩き、大天使ガブリエルのセリフを言った。
「乙女マリアよ。そなたは神の子を身ごもった」
「私がですか?」
「聖霊によって身ごもった子を十か月後にそなたは抱くことになる」
フェリペは顔を上げ、しばらくの間空を見ていた。そして彼の目から涙が流れた。彼はなかなか次のセリフを言わない。
「謹んでお受けいたします」
フェリペのセリフを聞いて大天使ガブリエルは退場し、受胎告知の場面は終わる。
「ねえフェリペ。どうして君は涙を流したの?」
「マリア様はキリストの将来の受難がわかっていた。神の子を授かるという栄光よりも我が子の受難を思い涙を流した。僕はそう考えた」
「その解釈は・・・」
「もちろん明日ニコラス先生にこれでいいかどうか聞いてみるよ」
フェリペは静かに微笑んだ。
「そういえば今日の練習、フアンは1度もわがままを言ったりしないで大人しく見ていたね」
「フアンは自分がキリストの役だとわかっているからだよ。キリストが泣いたり騒いだりしたらおかしいだろう」
「そうだね」
そして劇の練習を終わらせ、私はフアンを連れて修道士の宿舎に戻った。その日の夜、フアンは必要な挨拶以外は一言もしゃべらなかったし、私のベッドに潜り込んでくることもなかった。こんなことは彼と一緒に生活するようになって初めてである。
翌日も劇の練習をするためにフアンを連れて広場に行った。アルバロがすぐにフアンを抱き上げた。
「よう、フアン、元気か?」
「・・・」
「アレ、今日は返事がない。ミゲル、何かあったか?」
「わからない。昨日からずっとフアンはほとんどしゃべっていない」
「大丈夫か?寒いから何か悪い病気にでもなったのか。ニコラス先生に相談した方がいい」
「その必要はない。フアンは役になりきっているから何もしゃべらないんだよ」
フェリペがきっぱりと言った。
「そんなことあるのか?まだ3歳の子供だぞ」
「フアンは特別だから。おいで、フアン。君は僕の子だよ」
フェリペがフアンを抱いて座った。
「すごいな、2人は完全に役になり切っているよ」
ニコラス先生が来て劇の練習が始まった。
「では最初の受胎告知の場面から練習を始める。ミゲルとフェリペは前に出て」
フェリペは抱いていたフアンをアルバロに預けて前に出た。私も天使が出て来る場所に行った。
「今日もミゲルは飛べない鳥の真似をするのかな」
「静かに、そんなこと言ったら失礼だよ」
「でもミゲルってさ、頭はいいけど不器用だよね。この前のビスケットの時も・・・」
「おい、静かにしろ、始まるぞ」
孤児院の子供たちの話し声やクスクス笑いが聞こえた。私は目を閉じて大天使ミカエルを思い浮かべた。そのまままっすぐ歩き、受胎告知の場面のセリフを言った。昨日の練習と同じようにフェリペは涙を流した。受胎告知の場面が終わった時、拍手が聞こえた。
「ミゲル、よくなったぞ。歩き方もセリフも堂々として天使らしかった。フェリペ、君は何を教えた?」
「それは秘密です。ニコラス先生、僕の演技はどうでしたか?」
「よかったぞ。思わず見入ってしまった」
「マリア様が涙を流したりしたらカルロス院長にしかられたりしませんか?」
「劇を行うのは夜になってからだ。松明の灯りでは表情はよく見えない。それでも君の感情は伝わるから、わかる者だけが感動してくれるだろう。次はヘロデ王の幼児虐殺の場面だ。アルバロとナレーションの子は前に出なさい」
アルバロと孤児院の子8人が前に出た。
「新しくユダヤの王になったヘロデは敵となる者を容赦なく殺しました」
「余はユダヤの王ヘロデ、余に逆らう者は容赦しない」
アルバロは練習用の剣に飾りをつけ、マントもつけていた。剣を持ってひと暴れした後、ナレーションの子が敵の兵士役になって次々と倒されていった。
「余にかなう者は1人もいない。何?新しくユダヤの王になる者が生まれるだと?許せぬ!国中の2歳以下の男児、そして新しく生まれた子はすべて殺してしまえ!」
アルバロのヘロデ王はすごい迫力で、演技とわかっていても見ていて震えがきた。コーラスで子を奪われた母親の嘆きの歌が入る中、ヘロデ王は剣を振り回して踊り続けた。そしてすぐマリア様とヨセフの場面になるため、フェリペは抱いていたフアンを私に預け、アルバロは端に行ったかと思うとすぐに王様の衣装を脱いで剣を置き、下に着ていたヨセフの衣装になって出て来た。
「ヘロデ王の命令で、2歳以下の子供がすべて殺されると聞いた」
「私たちはどこへ行けば神の子を無事産むことができるのでしょう」
「神よ、教えてくれ。どこにいけばいい」
「エジプトに行きなさい。エジプトまではユダヤの軍隊は追って来ない」
この時の天使は声だけの出演で舞台には登場しない。
「マリアとヨセフの2人は苦しい旅を続け、ようやくエジプトまでたどり着きました。そして星の輝く夜、馬小屋の中で・・・」
ナレーションの子数人が素早く馬の衣装を着て前に立ち、その間に黒い衣装を着て顔も黒い布で覆ったニコラス先生がフアンを抱いてフェリペに彼を手渡した。
「イエス様はお生まれになったのです!」
「ねえ、フェリペ。こんなこと君に聞いていいかわからないけど、君はユダヤ人に生まれて迫害とか経験したことはあるの?」
「僕の家族に関しては今までユダヤ人だからという理由で困ったことは何もなかった。僕の家は結構財産があったし、父さんは何か月も外国に仕事に行っている時もあった。僕が嫌だったのは母さんが死んだ後、父さんがすぐに結婚して義理の母が家に来たことだった。僕は苛められて、見かねた父さんが僕をこの修道院に連れて来た」
「そうか・・・」
「でもニコラス先生からいろいろ話を聞いて、スペインでは場所によってはユダヤ人が酷い迫害を受けていることもわかった。ニコラス先生から洗礼を受けて改宗することも勧められたが、僕はそれを断った」
「どうして?」
「もし僕が改宗してキリスト教徒になったら、もう2度と父さんと一緒に暮らせない、そんな気がするんだ。僕は心の中でまだ父さんが迎えに来てくれると信じている。だからそれまでは改宗したくない」
「・・・」
「ミゲル、心配してくれてありがとう。大丈夫だよ。僕はもう13歳だ。自分にとって何が必要か、自分で判断して決められる」
私はこの時はまだ自分の両親について何も知らなかった。何も知らないから何も考えていなかった。
「ミゲル、天使の歩き方の練習をしよう」
「うん、そうだね。ごめんね、君に付き合わせてしまって。僕が下手だから・・・」
「しょうがないよ、君は天使について何も知らないのだから」
「フェリペは知っているの?」
「父さんに聞いて少しだけ知っている。人間の魂は何度も生まれ変わって少しずつ神に近付いていく。生まれてから死ぬまでずっと1人の人間に付き添い見守ってくれるのが守護天使だ」
「守護天使?」
「そう、守護天使。人によっては何人もの天使やその他の見えない存在がついていることもあるけど、誰にでも少なくとも1人は守護天使がついている。君の守護天使は大天使ミカエルだよ」
「そんな、大天使ミカエルがついているなんて、恐れ多くて・・・」
「そうだね。キリスト教の教えでは大天使ミカエルは疫病から人間を救ったりして何度も地上に現れている。ミカエルへの信仰は篤いから天使が見守っているなんて言ったら怒られるかもしれない。でも間違いない。君は大天使ミカエルに守られている」
「どうしてわかるの?」
「君の名前がミゲルだからさ」
フェリペの話は魅力的であった。魅力的ではあるが、キリスト教の教えからは明らかに外れている。このまま彼の話を聞いていいのだろうか?
「ミゲル、劇での役は大天使ガブリエルだが、君の守護天使はミカエルだ。大天使ミカエルに迷いはない。真実を知り、真実を伝えるために地上に降り立つ。そんな気持ちでちょっと歩いてみてくれ」
言われた通りに歩いてみた。天使ということは意識しなかった。ただ真実を伝える者としてまっすぐに歩いて行く。
「そうそう、その調子。じゃあ今度は僕がマリア様になってここに座り本を読んでいるから、僕のところに来てセリフを言ってくれないか」
今度はフェリペの座っている場所まで歩き、大天使ガブリエルのセリフを言った。
「乙女マリアよ。そなたは神の子を身ごもった」
「私がですか?」
「聖霊によって身ごもった子を十か月後にそなたは抱くことになる」
フェリペは顔を上げ、しばらくの間空を見ていた。そして彼の目から涙が流れた。彼はなかなか次のセリフを言わない。
「謹んでお受けいたします」
フェリペのセリフを聞いて大天使ガブリエルは退場し、受胎告知の場面は終わる。
「ねえフェリペ。どうして君は涙を流したの?」
「マリア様はキリストの将来の受難がわかっていた。神の子を授かるという栄光よりも我が子の受難を思い涙を流した。僕はそう考えた」
「その解釈は・・・」
「もちろん明日ニコラス先生にこれでいいかどうか聞いてみるよ」
フェリペは静かに微笑んだ。
「そういえば今日の練習、フアンは1度もわがままを言ったりしないで大人しく見ていたね」
「フアンは自分がキリストの役だとわかっているからだよ。キリストが泣いたり騒いだりしたらおかしいだろう」
「そうだね」
そして劇の練習を終わらせ、私はフアンを連れて修道士の宿舎に戻った。その日の夜、フアンは必要な挨拶以外は一言もしゃべらなかったし、私のベッドに潜り込んでくることもなかった。こんなことは彼と一緒に生活するようになって初めてである。
翌日も劇の練習をするためにフアンを連れて広場に行った。アルバロがすぐにフアンを抱き上げた。
「よう、フアン、元気か?」
「・・・」
「アレ、今日は返事がない。ミゲル、何かあったか?」
「わからない。昨日からずっとフアンはほとんどしゃべっていない」
「大丈夫か?寒いから何か悪い病気にでもなったのか。ニコラス先生に相談した方がいい」
「その必要はない。フアンは役になりきっているから何もしゃべらないんだよ」
フェリペがきっぱりと言った。
「そんなことあるのか?まだ3歳の子供だぞ」
「フアンは特別だから。おいで、フアン。君は僕の子だよ」
フェリペがフアンを抱いて座った。
「すごいな、2人は完全に役になり切っているよ」
ニコラス先生が来て劇の練習が始まった。
「では最初の受胎告知の場面から練習を始める。ミゲルとフェリペは前に出て」
フェリペは抱いていたフアンをアルバロに預けて前に出た。私も天使が出て来る場所に行った。
「今日もミゲルは飛べない鳥の真似をするのかな」
「静かに、そんなこと言ったら失礼だよ」
「でもミゲルってさ、頭はいいけど不器用だよね。この前のビスケットの時も・・・」
「おい、静かにしろ、始まるぞ」
孤児院の子供たちの話し声やクスクス笑いが聞こえた。私は目を閉じて大天使ミカエルを思い浮かべた。そのまままっすぐ歩き、受胎告知の場面のセリフを言った。昨日の練習と同じようにフェリペは涙を流した。受胎告知の場面が終わった時、拍手が聞こえた。
「ミゲル、よくなったぞ。歩き方もセリフも堂々として天使らしかった。フェリペ、君は何を教えた?」
「それは秘密です。ニコラス先生、僕の演技はどうでしたか?」
「よかったぞ。思わず見入ってしまった」
「マリア様が涙を流したりしたらカルロス院長にしかられたりしませんか?」
「劇を行うのは夜になってからだ。松明の灯りでは表情はよく見えない。それでも君の感情は伝わるから、わかる者だけが感動してくれるだろう。次はヘロデ王の幼児虐殺の場面だ。アルバロとナレーションの子は前に出なさい」
アルバロと孤児院の子8人が前に出た。
「新しくユダヤの王になったヘロデは敵となる者を容赦なく殺しました」
「余はユダヤの王ヘロデ、余に逆らう者は容赦しない」
アルバロは練習用の剣に飾りをつけ、マントもつけていた。剣を持ってひと暴れした後、ナレーションの子が敵の兵士役になって次々と倒されていった。
「余にかなう者は1人もいない。何?新しくユダヤの王になる者が生まれるだと?許せぬ!国中の2歳以下の男児、そして新しく生まれた子はすべて殺してしまえ!」
アルバロのヘロデ王はすごい迫力で、演技とわかっていても見ていて震えがきた。コーラスで子を奪われた母親の嘆きの歌が入る中、ヘロデ王は剣を振り回して踊り続けた。そしてすぐマリア様とヨセフの場面になるため、フェリペは抱いていたフアンを私に預け、アルバロは端に行ったかと思うとすぐに王様の衣装を脱いで剣を置き、下に着ていたヨセフの衣装になって出て来た。
「ヘロデ王の命令で、2歳以下の子供がすべて殺されると聞いた」
「私たちはどこへ行けば神の子を無事産むことができるのでしょう」
「神よ、教えてくれ。どこにいけばいい」
「エジプトに行きなさい。エジプトまではユダヤの軍隊は追って来ない」
この時の天使は声だけの出演で舞台には登場しない。
「マリアとヨセフの2人は苦しい旅を続け、ようやくエジプトまでたどり着きました。そして星の輝く夜、馬小屋の中で・・・」
ナレーションの子数人が素早く馬の衣装を着て前に立ち、その間に黒い衣装を着て顔も黒い布で覆ったニコラス先生がフアンを抱いてフェリペに彼を手渡した。
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