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第2章、悪夢と狂気の中で
38、異端審問で殺された家族(2)
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教会の中はとても広い。薄暗い教会の中で私は迷ってしまった。話し声が聞こえた。祭壇近くに3人の人影が見えた。顔も姿もよく見えず、影のような人だった。1人が大きな容器に入った液体を床にこぼしていた。もう1人が松明を持っている。私は怖ろしくて震えていた。体を動かすことは全くできない。松明が床に落とされ、大きな炎が上がった。小さな影が私の方を見た。真っ黒で顔はついていない。彼はゆっくり私に近付いてきた。
「やめて、助けて!僕は何も見ていない!」
大声で叫んで目を開けた。薄暗い部屋の中、私はベッドに寝かされていたようだ。体を起こしてそばにカルロス先生がいるのを確認した。
「先生・・・」
「ミゲル、怖い夢を見たのか?無理もない、あのような酷い処刑を目の前で見せられたら・・・このワインに蜂蜜と薬を入れてある。飲んで眠りなさい」
「はい、先生」
カルロス先生から小さなカップを手渡された。甘くてよい香りのする液体を飲むと、少し気持ちが落ち着いた。
「さあ、また眠りなさい。私がついている」
先生はベッドのそばにある椅子に腰かけ、小さな子供を寝かしつけるように私の頭をなでてくれた。私の目から涙が流れ、やがて深い眠りに入った。
また目が覚めた。私は同じ部屋のベッドに寝ていたが、カルロス先生は部屋の中にはいない。遠くから話し声が聞こえた。
「どうしたのですか、カルロス院長。夕食に全く手をつけていない。あなたのために特別なワインも用意したのに・・・」
「私はあのような処刑を見た後で食事ができるような神経は持ち合わせていない。私に構わず先に食べ始めてください」
カルロス先生とドン・ペドロ大司教の声であった。2人は食堂で話をしているらしい。
「ところでミゲルはどうしていますか?」
「ミゲルは部屋で寝ている。あまりにも酷くうなされていたから、薬を飲ませて眠らせた。10歳の子供に異端審問や火あぶりなど見せてはいけなかった。私はミゲルを家族に会わせるためにここへ来た。異端審問があるとわかっていたら、別の時期に来ていた」
「いえ、別の時期に来ていたら、ミゲルは永遠に家族に会うことはできませんでした」
「どういう意味です!」
カルロス先生の大きな声が聞こえた。
「カルロス院長、落ち着いて聞いて下さい。まずはグラスに入れたワインだけでも飲んでください」
「飲まなければ聞けないような話ですか?」
「あなたにとっては辛い話です。飲んでください」
しばらくの間、話声は聞こえなくなった。
「あなたは被告の女と子供の顔をご覧になりましたか?」
「異端審問で判決を受けた者の顔など、痛ましくてまともに見ることはできない」
「あの2人、特に子供はミゲルにそっくりです」
「どういう意味ですか?」
「はっきり言います。今日裁判にかけられ、処刑されたのはミゲルの家族です。父親と母親、そして兄です。父親の方は拷問でもはや顔の区別がつかないほどになっていましたが、母親や兄の隣に並べば、ミゲルがあの家族の子であることは誰が見てもはっきりわかります」
「なんということを・・・ミゲルは家族に会うのを楽しみにしていたのです。特に母親に会うことを・・・あの子は自分が家族と一緒に暮らせないことをよく理解していました。それでも1度でいいから家族に会って母親に抱きしめられたいと言っていました。家族に会いたいと願う子供の前でその家族を焼き殺すとは・・・・なんて酷いことを・・・」
私は大声で叫びそうになったが、必死でこらえた。体が震えて止まらない。
「カルロス院長、あなたはミゲルを育てているので、ミゲルの側に立って裁判や処刑が残酷だと言っています。ですが、あの家族の罪をよく考えてください。悪魔を崇拝して教会に火をつけたのです。もし火を消し止めることができなければ、長い間守られてきた聖遺物も灰になっていました」
「・・・・・」
「あなたは田舎の修道院で暮らしているからわからないでしょうけど、この街では毎月のように異端者の処刑が行われています。宗教改革とやらの影響を受け、プロテスタントと名乗っている者、聖書を批判する者、異端とされた考えに取りつかれた者、様々です。そして異端者が増えるほどに改宗したユダヤ人やアラブ人も反乱を起こそうと機会を狙っています。我々キリスト教徒は今まさに神に試されているのです。少しでも油断すればこの街は、いえスペイン全土が異端者や異教徒に乗っ取られてしまうのです。そうなれば昔のローマと同じになります。ローマ時代、我々キリスト教徒がどれほど酷い方法で殺されたか、あなたもよくご存じのはずです。そのような時代に戻してはいけません。我々聖職者が団結して異端者を見つけ処刑しなければいけないのです」
またしばらく沈黙が続いた。
「異端審問が必要なことは私もよくわかっている。でもそれならばなぜわざわざミゲルを呼び出したのですか?あの子は家族のことを何も知りません。何も知らないでいた方がどれだけ幸せか・・・」
「いえ、何も知らないでいるわけにはいきません。ミゲルもまたあの家族の血を引いているのです。私は最初、ミゲルもまた家族と一緒に処刑するつもりでした。だから火刑台も4つ用意するように命じました。拷問で母親と子供の顔を傷つけないように命じたのも、ミゲルが家族と並んだ時に、あの2人の顔が何よりも証拠になるからです」
「なんということだ。私は我が子のように大切に育ててきた子を殺されるために連れてきてしまったのか」
「それでも私は考えました。何も知らない子供をいきなり裁判で有罪にして家族と一緒に殺すのはあまりにも残酷だと・・・・それで思いつきました。生か死か、その判決はミゲル自身と神に委ねようと考えたのです」
「どういうことですか?」
「ミゲルの母親、あの女も拷問で半分気が狂っていました。それでも子供のことがよほど気がかりだったのでしょう。子供の名前ばかり叫んでいました。そこで裁判の時もあの女にミゲルの名前を呼ばせたのです。声に答えてミゲルが出てくれば有罪、出て来なければ無罪と決めました。そうとも知らずにあの女は子供の名前を叫び続け、ハハ、我々の思うままに・・・」
「何がおかしい!」
テーブルを拳で激しく叩く音が聞こえた。姿は見えないが、カルロス先生が嗚咽をこらえ、体を震わせているのがよくわかる。
「気が狂ってもなお子供の名前を呼ぶ母を憐れに思うどころかその気持ちを弄ぶとは・・・・これが人間のやることなのか・・・・」
低いうなり声がいつまでも聞こえた。
「やめて、助けて!僕は何も見ていない!」
大声で叫んで目を開けた。薄暗い部屋の中、私はベッドに寝かされていたようだ。体を起こしてそばにカルロス先生がいるのを確認した。
「先生・・・」
「ミゲル、怖い夢を見たのか?無理もない、あのような酷い処刑を目の前で見せられたら・・・このワインに蜂蜜と薬を入れてある。飲んで眠りなさい」
「はい、先生」
カルロス先生から小さなカップを手渡された。甘くてよい香りのする液体を飲むと、少し気持ちが落ち着いた。
「さあ、また眠りなさい。私がついている」
先生はベッドのそばにある椅子に腰かけ、小さな子供を寝かしつけるように私の頭をなでてくれた。私の目から涙が流れ、やがて深い眠りに入った。
また目が覚めた。私は同じ部屋のベッドに寝ていたが、カルロス先生は部屋の中にはいない。遠くから話し声が聞こえた。
「どうしたのですか、カルロス院長。夕食に全く手をつけていない。あなたのために特別なワインも用意したのに・・・」
「私はあのような処刑を見た後で食事ができるような神経は持ち合わせていない。私に構わず先に食べ始めてください」
カルロス先生とドン・ペドロ大司教の声であった。2人は食堂で話をしているらしい。
「ところでミゲルはどうしていますか?」
「ミゲルは部屋で寝ている。あまりにも酷くうなされていたから、薬を飲ませて眠らせた。10歳の子供に異端審問や火あぶりなど見せてはいけなかった。私はミゲルを家族に会わせるためにここへ来た。異端審問があるとわかっていたら、別の時期に来ていた」
「いえ、別の時期に来ていたら、ミゲルは永遠に家族に会うことはできませんでした」
「どういう意味です!」
カルロス先生の大きな声が聞こえた。
「カルロス院長、落ち着いて聞いて下さい。まずはグラスに入れたワインだけでも飲んでください」
「飲まなければ聞けないような話ですか?」
「あなたにとっては辛い話です。飲んでください」
しばらくの間、話声は聞こえなくなった。
「あなたは被告の女と子供の顔をご覧になりましたか?」
「異端審問で判決を受けた者の顔など、痛ましくてまともに見ることはできない」
「あの2人、特に子供はミゲルにそっくりです」
「どういう意味ですか?」
「はっきり言います。今日裁判にかけられ、処刑されたのはミゲルの家族です。父親と母親、そして兄です。父親の方は拷問でもはや顔の区別がつかないほどになっていましたが、母親や兄の隣に並べば、ミゲルがあの家族の子であることは誰が見てもはっきりわかります」
「なんということを・・・ミゲルは家族に会うのを楽しみにしていたのです。特に母親に会うことを・・・あの子は自分が家族と一緒に暮らせないことをよく理解していました。それでも1度でいいから家族に会って母親に抱きしめられたいと言っていました。家族に会いたいと願う子供の前でその家族を焼き殺すとは・・・・なんて酷いことを・・・」
私は大声で叫びそうになったが、必死でこらえた。体が震えて止まらない。
「カルロス院長、あなたはミゲルを育てているので、ミゲルの側に立って裁判や処刑が残酷だと言っています。ですが、あの家族の罪をよく考えてください。悪魔を崇拝して教会に火をつけたのです。もし火を消し止めることができなければ、長い間守られてきた聖遺物も灰になっていました」
「・・・・・」
「あなたは田舎の修道院で暮らしているからわからないでしょうけど、この街では毎月のように異端者の処刑が行われています。宗教改革とやらの影響を受け、プロテスタントと名乗っている者、聖書を批判する者、異端とされた考えに取りつかれた者、様々です。そして異端者が増えるほどに改宗したユダヤ人やアラブ人も反乱を起こそうと機会を狙っています。我々キリスト教徒は今まさに神に試されているのです。少しでも油断すればこの街は、いえスペイン全土が異端者や異教徒に乗っ取られてしまうのです。そうなれば昔のローマと同じになります。ローマ時代、我々キリスト教徒がどれほど酷い方法で殺されたか、あなたもよくご存じのはずです。そのような時代に戻してはいけません。我々聖職者が団結して異端者を見つけ処刑しなければいけないのです」
またしばらく沈黙が続いた。
「異端審問が必要なことは私もよくわかっている。でもそれならばなぜわざわざミゲルを呼び出したのですか?あの子は家族のことを何も知りません。何も知らないでいた方がどれだけ幸せか・・・」
「いえ、何も知らないでいるわけにはいきません。ミゲルもまたあの家族の血を引いているのです。私は最初、ミゲルもまた家族と一緒に処刑するつもりでした。だから火刑台も4つ用意するように命じました。拷問で母親と子供の顔を傷つけないように命じたのも、ミゲルが家族と並んだ時に、あの2人の顔が何よりも証拠になるからです」
「なんということだ。私は我が子のように大切に育ててきた子を殺されるために連れてきてしまったのか」
「それでも私は考えました。何も知らない子供をいきなり裁判で有罪にして家族と一緒に殺すのはあまりにも残酷だと・・・・それで思いつきました。生か死か、その判決はミゲル自身と神に委ねようと考えたのです」
「どういうことですか?」
「ミゲルの母親、あの女も拷問で半分気が狂っていました。それでも子供のことがよほど気がかりだったのでしょう。子供の名前ばかり叫んでいました。そこで裁判の時もあの女にミゲルの名前を呼ばせたのです。声に答えてミゲルが出てくれば有罪、出て来なければ無罪と決めました。そうとも知らずにあの女は子供の名前を叫び続け、ハハ、我々の思うままに・・・」
「何がおかしい!」
テーブルを拳で激しく叩く音が聞こえた。姿は見えないが、カルロス先生が嗚咽をこらえ、体を震わせているのがよくわかる。
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