愛を愛した猫かぶり

ねぎますい

文字の大きさ
1 / 2

Ep.1 狂った日

しおりを挟む
 「ねぇ、お祖母様!面白い話を聞かせてちょうだい!」

犬のぬいぐるみを持った彼女はお祖母様の膝に手を置き、首をかしげた。アフタヌーンティーを楽しんでいたその婦人は程よく刻まれた紫波を深め、頷いた。

「じゃあ、お姫様のお話をしようかしら」
「お姫様の?」

そういうことに興味をもつ年頃なのか、彼女は目を輝かせて詰め寄った。

「えぇ。…昔にいたお姫様の。そのお姫様はとても不思議な体験をしたそうでね。公爵令嬢だったのだけれど……」



***



 その公爵令嬢は自分が男に好かれるタイプだということを熟知していた。だから、この隣にいる第一王子も、紅の貴公子も、碧の貴公子も、翠の貴公子も攻略できた。唯一、義姉であるクレアの事が目障りだったため、自分が悲劇のヒロインを演じて彼女の立場を崩した。

 ──家族からも、婚約者である第一王子からも愛されない可哀想なお姉様。

それが彼女のクレアに対する口癖だった。

 だから、こんなことは天変地異でもない限り、あり得なかった。

「私が……平民に?」
「そうだ。ユーフェミア・ノティス公爵令嬢を、クレア嬢に対する非道な行いにより、ノティス家から籍を外すことを命じる」

そう言われたのはユーフェミアと第一王子であるジルバートの結婚式二週間前だった。二人は今日、学園を卒業し、住まいを本格的に王城に移そうとしていたところだった。

「……ちょ、ちょっとお待ちください!私はそんなこと…」

していない、とは言い切れなかった。クレアを落とすために自分がいじめられたふりも、教師を誑かして彼女の成績を落としたりもした。

「したな?……いや、いいんだ。元々、君に近づいたのもクレアを守るためだったし、他の三人─サナト達もそうだぞ。クレアも協力してくれていた」

紫の瞳に射ぬかれてユーフェミアは後ずさった。

「でもっ、突然相手を変えるなんて…!」
「その件は大丈夫だ。今、国内外に婚約者はクレアであると伝えている」
「もしかして、婚約を発表しなかったのは…」
「もちろん、この為だ」

クスリと笑う彼に『いやだ』と何度も呟きながら詰め寄る。けれど、ジルバートはユーフェミアのストロベリーブロンドの髪を掴み、『バーカ』と顔を歪めた。

 その後、ユーフェミアはあらゆる罪に問われ、牢獄へと収容された。反抗したが、それが通されるはずもなく、一日に一度の食事も食べれないほどに弱っていた。

 (どうして私がこんな風になってるのよ?クレアなんて私より泣き虫で、病弱なのに…)

クレアは事ある毎に目に涙を浮かべ、気丈に振る舞おうとしていた。その様子がユーフェミアには気にくわなかった。態々、努力を周りに知らしめる必要はあるのか。気丈に振る舞おうとしているふりをして、楽しいのか。気持ち悪い。ユーフェミアのクレアに対する評価はその一言に尽きた。

 「ねぇ、早く出してよ…っ」

自分が悪いことも知っていた。自分が愛人の子だから愛されないのも知っていた。でも、愛されたかった。だから愛される努力をしたのに、それが間違っていた。私は、何をしたかったのか。ユーフェミアは無知だった。愛されなかった。その事実が重くのし掛かる。


 「おい、早く出ろ」

ある日、看守に引き摺られ、太陽の光に当てられた。

「ユーフェミア、お前の命日だ」

冷たく言い放ったのは、ジルバートだった。その後ろには彼の側近がいた。目の前には観衆と、処刑台。これで分からないほど、鈍感ではない。

「えぇ…。王太子妃への非道な行いを改めるために、どうか……」

堪えられなかった。醜い自分が存在していること事態が辛い。

いっそ、一息に。そんなとき、荒い息遣いが聞こえた。

「ユーフェミア!」
「……お姉、様?…何で…」

一番会いたくなくて、会いたかった人が、自分を心配して来てくれた。それだけで、ユーフェミアは口角を僅かに上げた。

「私、貴女のこと好きだったわ!…どんなに拒絶されても、可愛い妹だった!貴女は私の妹、ユーフェミアよ!」

一筋、滴が彼女の頬をなぞった時、ユーフェミアはとてつもない吐き気を催した。 

 何故、笑っている?泣きながら。

「優しい君にはユーフェミアをも改心させる力があるね。…さあ、あちらへ行こう。君には見せられないよ」

クレアに残酷な場面を見せまいと、ジルバートは遠くの方へ誘導する。クレアは『最後に一言だけ』と、こちらへ小走りで寄った。


「……馬鹿な子。その穢らわしい髪も切ってやりたかったわ」

耳元で笑う彼女は、そう言って、すぐにジルバートの所へ戻った。



 そうして、ユーフェミアは罵詈雑言を浴びせられながら処刑台へと足をかけた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

【短編】その婚約破棄、本当に大丈夫ですか?

佐倉穂波
恋愛
「僕は“真実の愛”を見つけたんだ。意地悪をするような君との婚約は破棄する!」  テンプレートのような婚約破棄のセリフを聞いたフェリスの反応は?  よくある「婚約破棄」のお話。  勢いのまま書いた短い物語です。  カテゴリーを児童書にしていたのですが、投稿ガイドラインを確認したら「婚約破棄」はカテゴリーエラーと記載されていたので、恋愛に変更しました。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

悪役令嬢短編集

由香
恋愛
更新週3投稿の午後10時。(月・水・金) 12/24 一時更新停止 悪役令嬢をテーマにした短編集です。 それぞれ一話完結。

所(世界)変われば品(常識)変わる

章槻雅希
恋愛
前世の記憶を持って転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢。王太子の婚約者であり、ヒロインが彼のルートでハッピーエンドを迎えれば身の破滅が待っている。修道院送りという名の道中での襲撃暗殺END。 それを避けるために周囲の環境を整え家族と婚約者とその家族という理解者も得ていよいよゲームスタート。 予想通り、ヒロインも転生者だった。しかもお花畑乙女ゲーム脳。でも地頭は悪くなさそう? ならば、ヒロインに現実を突きつけましょう。思い込みを矯正すれば多分有能な女官になれそうですし。 完結まで予約投稿済み。 全21話。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

俺の婚約者は悪役令嬢を辞めたかもしれない

ちくわ食べます
恋愛
王子である俺の婚約者は、打算的で、冷徹で、計算高い女だった。彼女は俗に言う悪役令嬢だ。言っておくけど、べつに好きで婚約したわけじゃない。伯爵令嬢だった彼女は、いつの間にか俺の婚約者になっていたのだ。 正直言って、俺は彼女が怖い。彼女と婚約破棄できないか策を巡らせているくらいだ。なのに、突然彼女は豹変した。一体、彼女に何があったのか? 俺はこっそり彼女を観察することにした

処理中です...