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Ep.1 狂った日
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「ねぇ、お祖母様!面白い話を聞かせてちょうだい!」
犬のぬいぐるみを持った彼女はお祖母様の膝に手を置き、首をかしげた。アフタヌーンティーを楽しんでいたその婦人は程よく刻まれた紫波を深め、頷いた。
「じゃあ、お姫様のお話をしようかしら」
「お姫様の?」
そういうことに興味をもつ年頃なのか、彼女は目を輝かせて詰め寄った。
「えぇ。…昔にいたお姫様の。そのお姫様はとても不思議な体験をしたそうでね。公爵令嬢だったのだけれど……」
***
その公爵令嬢は自分が男に好かれるタイプだということを熟知していた。だから、この隣にいる第一王子も、紅の貴公子も、碧の貴公子も、翠の貴公子も攻略できた。唯一、義姉であるクレアの事が目障りだったため、自分が悲劇のヒロインを演じて彼女の立場を崩した。
──家族からも、婚約者である第一王子からも愛されない可哀想なお姉様。
それが彼女のクレアに対する口癖だった。
だから、こんなことは天変地異でもない限り、あり得なかった。
「私が……平民に?」
「そうだ。ユーフェミア・ノティス公爵令嬢を、クレア嬢に対する非道な行いにより、ノティス家から籍を外すことを命じる」
そう言われたのはユーフェミアと第一王子であるジルバートの結婚式二週間前だった。二人は今日、学園を卒業し、住まいを本格的に王城に移そうとしていたところだった。
「……ちょ、ちょっとお待ちください!私はそんなこと…」
していない、とは言い切れなかった。クレアを落とすために自分がいじめられたふりも、教師を誑かして彼女の成績を落としたりもした。
「したな?……いや、いいんだ。元々、君に近づいたのもクレアを守るためだったし、他の三人─サナト達もそうだぞ。クレアも協力してくれていた」
紫の瞳に射ぬかれてユーフェミアは後ずさった。
「でもっ、突然相手を変えるなんて…!」
「その件は大丈夫だ。今、国内外に婚約者はクレアであると伝えている」
「もしかして、婚約を発表しなかったのは…」
「もちろん、この為だ」
クスリと笑う彼に『いやだ』と何度も呟きながら詰め寄る。けれど、ジルバートはユーフェミアのストロベリーブロンドの髪を掴み、『バーカ』と顔を歪めた。
その後、ユーフェミアはあらゆる罪に問われ、牢獄へと収容された。反抗したが、それが通されるはずもなく、一日に一度の食事も食べれないほどに弱っていた。
(どうして私がこんな風になってるのよ?クレアなんて私より泣き虫で、病弱なのに…)
クレアは事ある毎に目に涙を浮かべ、気丈に振る舞おうとしていた。その様子がユーフェミアには気にくわなかった。態々、努力を周りに知らしめる必要はあるのか。気丈に振る舞おうとしているふりをして、楽しいのか。気持ち悪い。ユーフェミアのクレアに対する評価はその一言に尽きた。
「ねぇ、早く出してよ…っ」
自分が悪いことも知っていた。自分が愛人の子だから愛されないのも知っていた。でも、愛されたかった。だから愛される努力をしたのに、それが間違っていた。私は、何をしたかったのか。ユーフェミアは無知だった。愛されなかった。その事実が重くのし掛かる。
「おい、早く出ろ」
ある日、看守に引き摺られ、太陽の光に当てられた。
「ユーフェミア、お前の命日だ」
冷たく言い放ったのは、ジルバートだった。その後ろには彼の側近がいた。目の前には観衆と、処刑台。これで分からないほど、鈍感ではない。
「えぇ…。王太子妃への非道な行いを改めるために、どうか……」
堪えられなかった。醜い自分が存在していること事態が辛い。
いっそ、一息に。そんなとき、荒い息遣いが聞こえた。
「ユーフェミア!」
「……お姉、様?…何で…」
一番会いたくなくて、会いたかった人が、自分を心配して来てくれた。それだけで、ユーフェミアは口角を僅かに上げた。
「私、貴女のこと好きだったわ!…どんなに拒絶されても、可愛い妹だった!貴女は私の妹、ユーフェミアよ!」
一筋、滴が彼女の頬をなぞった時、ユーフェミアはとてつもない吐き気を催した。
何故、笑っている?泣きながら。
「優しい君にはユーフェミアをも改心させる力があるね。…さあ、あちらへ行こう。君には見せられないよ」
クレアに残酷な場面を見せまいと、ジルバートは遠くの方へ誘導する。クレアは『最後に一言だけ』と、こちらへ小走りで寄った。
「……馬鹿な子。その穢らわしい髪も切ってやりたかったわ」
耳元で笑う彼女は、そう言って、すぐにジルバートの所へ戻った。
そうして、ユーフェミアは罵詈雑言を浴びせられながら処刑台へと足をかけた。
犬のぬいぐるみを持った彼女はお祖母様の膝に手を置き、首をかしげた。アフタヌーンティーを楽しんでいたその婦人は程よく刻まれた紫波を深め、頷いた。
「じゃあ、お姫様のお話をしようかしら」
「お姫様の?」
そういうことに興味をもつ年頃なのか、彼女は目を輝かせて詰め寄った。
「えぇ。…昔にいたお姫様の。そのお姫様はとても不思議な体験をしたそうでね。公爵令嬢だったのだけれど……」
***
その公爵令嬢は自分が男に好かれるタイプだということを熟知していた。だから、この隣にいる第一王子も、紅の貴公子も、碧の貴公子も、翠の貴公子も攻略できた。唯一、義姉であるクレアの事が目障りだったため、自分が悲劇のヒロインを演じて彼女の立場を崩した。
──家族からも、婚約者である第一王子からも愛されない可哀想なお姉様。
それが彼女のクレアに対する口癖だった。
だから、こんなことは天変地異でもない限り、あり得なかった。
「私が……平民に?」
「そうだ。ユーフェミア・ノティス公爵令嬢を、クレア嬢に対する非道な行いにより、ノティス家から籍を外すことを命じる」
そう言われたのはユーフェミアと第一王子であるジルバートの結婚式二週間前だった。二人は今日、学園を卒業し、住まいを本格的に王城に移そうとしていたところだった。
「……ちょ、ちょっとお待ちください!私はそんなこと…」
していない、とは言い切れなかった。クレアを落とすために自分がいじめられたふりも、教師を誑かして彼女の成績を落としたりもした。
「したな?……いや、いいんだ。元々、君に近づいたのもクレアを守るためだったし、他の三人─サナト達もそうだぞ。クレアも協力してくれていた」
紫の瞳に射ぬかれてユーフェミアは後ずさった。
「でもっ、突然相手を変えるなんて…!」
「その件は大丈夫だ。今、国内外に婚約者はクレアであると伝えている」
「もしかして、婚約を発表しなかったのは…」
「もちろん、この為だ」
クスリと笑う彼に『いやだ』と何度も呟きながら詰め寄る。けれど、ジルバートはユーフェミアのストロベリーブロンドの髪を掴み、『バーカ』と顔を歪めた。
その後、ユーフェミアはあらゆる罪に問われ、牢獄へと収容された。反抗したが、それが通されるはずもなく、一日に一度の食事も食べれないほどに弱っていた。
(どうして私がこんな風になってるのよ?クレアなんて私より泣き虫で、病弱なのに…)
クレアは事ある毎に目に涙を浮かべ、気丈に振る舞おうとしていた。その様子がユーフェミアには気にくわなかった。態々、努力を周りに知らしめる必要はあるのか。気丈に振る舞おうとしているふりをして、楽しいのか。気持ち悪い。ユーフェミアのクレアに対する評価はその一言に尽きた。
「ねぇ、早く出してよ…っ」
自分が悪いことも知っていた。自分が愛人の子だから愛されないのも知っていた。でも、愛されたかった。だから愛される努力をしたのに、それが間違っていた。私は、何をしたかったのか。ユーフェミアは無知だった。愛されなかった。その事実が重くのし掛かる。
「おい、早く出ろ」
ある日、看守に引き摺られ、太陽の光に当てられた。
「ユーフェミア、お前の命日だ」
冷たく言い放ったのは、ジルバートだった。その後ろには彼の側近がいた。目の前には観衆と、処刑台。これで分からないほど、鈍感ではない。
「えぇ…。王太子妃への非道な行いを改めるために、どうか……」
堪えられなかった。醜い自分が存在していること事態が辛い。
いっそ、一息に。そんなとき、荒い息遣いが聞こえた。
「ユーフェミア!」
「……お姉、様?…何で…」
一番会いたくなくて、会いたかった人が、自分を心配して来てくれた。それだけで、ユーフェミアは口角を僅かに上げた。
「私、貴女のこと好きだったわ!…どんなに拒絶されても、可愛い妹だった!貴女は私の妹、ユーフェミアよ!」
一筋、滴が彼女の頬をなぞった時、ユーフェミアはとてつもない吐き気を催した。
何故、笑っている?泣きながら。
「優しい君にはユーフェミアをも改心させる力があるね。…さあ、あちらへ行こう。君には見せられないよ」
クレアに残酷な場面を見せまいと、ジルバートは遠くの方へ誘導する。クレアは『最後に一言だけ』と、こちらへ小走りで寄った。
「……馬鹿な子。その穢らわしい髪も切ってやりたかったわ」
耳元で笑う彼女は、そう言って、すぐにジルバートの所へ戻った。
そうして、ユーフェミアは罵詈雑言を浴びせられながら処刑台へと足をかけた。
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