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第四章 地下編

第六十九話 呪殺

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 挨拶をして回ったラルドとシンジュは、メジスに乗り再びウスト遺跡を目指していた。

「シンジュ、僕の友達と親のことは覚えてくれたか?」
「一応、覚えた」
「それじゃあ、それより前に挨拶した人たちの名前も覚えてくれたか?」
「うん。覚えてる」
「それは良かった。じゃあ、クイズだ。おっきな帽子を被った女の人の名前は?」
「ジシャン」
「正解だ。どうやら本当に覚えたみたいだな。安心した」
(小僧、もうすぐ着くぞ)
「メジス、わかった。にしても、やっぱり言葉を交わせない奴とも話せるのは便利だな。シンジュさまさまだ」

 ウスト遺跡中央部に着いた二人は、メジスから降りた。メジスはテントの横で眠り始めた。

「ラルド、こいつ、寝ても良いの?」
「まあ、夢の世界に行くメンバーに入ってないから良いと思うけど。連れていきたいのか?」
「別に、そうじゃない」
「そうか。それじゃあもうそろそろみんなも寝る頃だろうし、あそこに行くか」

 二人は一行が寝る場所に向かった。待っていたエメが振り向く。

「ラルド、ようやく来たか。さあ、横になれ。全員眠らすぞ」
「待たせて悪かったな。さあシンジュ、僕の横で仰向けになるんだ」
「わかった」
「それじゃあ催眠術をかけるぞ。お前ら、しっかりこれを見るんだ」

 エメは催眠術の道具を取り出し、一行の視界に入るように振る。全員を眠らせたエメも、すぐさま眠りについた。ただ一人取り残されたジシャンは、夜空を見上げていた。

(この辺りは暗いから、光が良く見えるわね。あの光がなんなのか、知りたいわ。サフィアちゃんを見つけたら、あれの研究でもしようかしら)
「おいジシャン、もう寝る時間だぞ」

 夜空をボーッと見ていたジシャンは、フンスに呼ばれハッとした。

「ごめんなさい。空があまりに綺麗だったから……」
「確かに、お前のような都会育ちの奴なら珍しさに惹かれるだろうな。俺たちにとってはなんてことない、日常の風景だがな」
「魔物に都会って言われたのは初めてだわ。妙に賢いわね、フンス君」
「フン。俺たちオークは本能のままに動く魔物とは違う、文化的な生活をしてるんだ。賢くて当然だろう」
「文化的ねぇ……」
「さあ、早く俺のテントに来い。寝相を見られたくはないだろ?」
「そうね」

 ジシャンはフンスのテントで眠りについた。
 一方、一行はまたダイヤの花畑に集まっていた。シンジュは夢の世界に目を輝かせる。

「お花畑、綺麗。暖かい。ずっとここにいたい」
(シンジュ、残念だが今から行くところは暗くて寒いところだ。そこに行くまでの間だけしかこの感覚は味わえない)
「それは残念。でも、仲良くするのが嫌いな奴を倒すため、仕方ない。でも、会話は出来る?」
(いや、試してない。出来るかもしれないし出来ないかもしれない)
「言葉通じれば、話し合いで解決出来る。私が呪殺する必要、なくなる。それを願ってる」
(うんわかった。それじゃあホウマ、夢に案内してくれ)
「こっちこっち。前と全く同じ場所」

 一行はホウマの後ろについていった。
 ホウマの夢の世界に侵入した一行。早速怨念のお出迎えだ。シンジュは目の前の怨念に話しかけた。

「ちょっと、話をしたい」
「オオオ……俺はあいつを絶対に許さない……」
「話せるなら、返事して」
「なんだ、ガキンチョ。その目、嫌いだ。生きる希望に満ち溢れたその目。死んだ俺に対する嫌がらせか?」
「話、通じる。私たち、あなたの敵じゃない」
「存在そのものが敵だ。お前たち、こいつらの目を濁らせてやろうぜ!」

 その怨念のかけ声で、四方に怨念が集まってきた。かなり温度が上がり、一行は汗をかき始めた。

「……せっかく話、出来るのに、説得できない」
(そうだ。こいつらは怨念だからな。聞く耳なんて持っちゃいないさ。さあシンジュ、呪殺をするときが来たぞ)
「なんの話か知らんが、お前らを殺してやる! 全員、かかれー!」

 集まってきた怨念たちが、一斉に一行に襲いかかる。シンジュは頭に手を乗せ、強く念じた。すると、リーダー格の怨念以外は、はじけた。リーダー格の怨念も、大ダメージを受けた。

「グォォ!? バカな……俺たちは無敵の存在のはずなのに」
(無敵の存在の戦い方が、数の暴力かよ。バカバカしい。シンジュ、こいつもさっさと殺ってくれ)
「しょうがない。私、殺る」

 シンジュが念じようとしたそのとき、怨念が命乞いをしてきた。

「ま、待ってくれ! 俺は単純な怨念じゃない! この世界の仕組みを知ってる怨念だ! その仕組みを教えてやるから、見逃してくれ、頼む!」
(その仕組みを知る必要はない。もう知ってる奴がいるからな)
「なんだと……じゃあもう襲わないから! それで勘弁してくれ、頼む!」
(怨念が命乞いをするとは、らしくないな。そこまでして怨念でいたい理由があるのか?)
「俺は力をつけて、あの方に認められて、地上に出てあいつに復讐するのが夢なんだ。ある程度力をつけた怨念は、地上に出ることが出来る。だから、俺はこうして必死に命乞いをしているのだ」
(へーそう。その復讐したい相手だけに手を出して、後は平穏に暮らすとでも言うのか? 信じられるか、そんな話。シンジュ、こいつを殺せ)
「わかった。ふんー!」
「や、やめ……グワァァァ!」

 シンジュがより一層強く念じると、怨念は四散した。

「ラルド君、容赦ないな」
(あいつがホウマのように改心するとは思えません。だから殺させたのです)
「そうか……俺は復讐心だけを抱いて魔王に立ち向かった。人のことは言えない。ラルド君も、いずれは復讐心について知ることになるだろう。そうしたら、そう簡単にその判断は出来なくなるぞ」
(僕が復讐心を抱くことなんか、姉さんに何かない限りありません。その気持ちを知ることなく、僕は死ぬと思います)
「そうか」

 ラルドとレイフの会話は、微妙な空気を作り、終わった。ホウマは頭を抱え、あの方とやらを思い出そうとしていた。

「あいつが言ってたあの方っていうのは、きっと僕の頭痛を起こす記憶の領域内にいる奴です。そいつを思い出そうとすると、夢の中でも頭が痛い」
「ホウマ君、頑張ってくれ。どれだけ頭を痛めても起きないようにエメ君はしてくれてるはずだ。な?」
「一応深くかけたつもりだが、あんまりにも痛みすぎると現実で悪影響を及ぼしかけない。無理に思い出そうとしなくても良い。この世界にはきっとあいつみたいなのがたくさんいるだろうしな」

 一行が暗闇で立ち止まってホウマを待つ。その間にも数多の怨念が襲いかかってくるため、シンジュに疲れが見え始めた。そんな中、またもリーダー格の怨念が現れた。

「ぐっ……お前、怨念だろ? なぜ地上人についた?」
「僕はもう怨念の塊じゃない。本当の人格もわからない、ただの人間だ」
「そう、か……俺も人間になりたかったなぁ。魔物として、悪として扱われない生き方をしたかった」
「……ラルド、こいつ、改心出来るかも」
「改心……? ふざけるな。俺はここで死ぬんだ。それで良い。命乞いだなんてみっともない真似はしない。さあ、俺を殺せ。さっきあいつを殺したみたいにな」
「そう。じゃあ、殺す」

 リーダー格の怨念は笑顔を浮かべたまま散っていった。ホウマは変わらず頭を抱えている。

「うーん……うーん……! ダメだ。これ以上の頭痛には耐えられない」
「仕方ない。ホウマ君、無理は禁物だ。きっとまた大きな怨念が来るから、次に来た奴に訊いてみることにしよう。だからシンジュちゃん、呪殺する前に話をかけてみてくれ」

 レイフがそう言うと、ニキスがレイフの肩を叩いた。

「ニキス君、どうした?」
「なあ、これって私たち、必要か? ラルド、ダイヤ、ホウマ、シンジュの四人で十分だと思うんだが」
「その意見には同意だな。レイフ、俺たちは先に目覚めさせてもらおうぜ」
「いや、俺は目覚めない。サフィアがいるはずの世界に行かない選択肢はない」
「そうか。しかし、私たちに出来ることってあるのか? いるだけじゃ意味ないだろ」

 レイフたちに出来ること。それは一体なんなのか。

「次目を覚ましたらそれを考えよう」
「いるだけじゃないってところ、見せてやらないとな」
「私はパスだな。この世界、狭苦しくてやってられん」
(ダメだ。ニキス、お前は何があってもここへ来い)
「……はぁ、お前に言われたら断れないな。契約してるから。でも、出来ること……か。そろそろ目覚める頃だろうし、今から考えることにしよう」
「……な。みんな!」
「この声は、ジシャンの声か。どうする? 起きるか?」

 一行はうなずいた。そして、目を覚ました。
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