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悪役令息はお話しするようです

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部屋に戻ると、ミアがハーブティーを入れてくれた。エルヴィスは執務中、よくこのハーブティーを飲んでいる。そんな些細なことにすら、恋しさを感じてしまうんだ。

「エルヴィスに会いたい……」

ポロポロと涙が流れて、ハーブティーへと落ちていく。エルヴィス、ごめん。許してもらえるとは思ってない。でも、君に会って謝りたいよ。

「カレンデュラ様、お顔を拭いてください」
「っ、ありがとう」

ミアが差し出してくれたハンカチーフを受け取り、涙を拭う。次から次に溢れ出す涙が、薄い布を濡らし、ビショビショになる。
婚姻したときに、交わした指輪が左手の薬指で存在を主張する。僕とエルヴィスの繋がりは、たったのこれだけだ。僕達夫婦の間には、欠けているものが多すぎて、修復できる気もしない。
前世を思い出した瞬間から、全ての選択を間違えていたんだと思う。忘れられない心の痛みを、強さに変えて前に進むことも出来ず、復讐という形でしか、心を奮い立たせることが出来なかった。

(今頃、エルヴィスはミーシャさんと一緒にいるのかな)

エルヴィスがきっぱりと、ミーシャさんの返事を断ってくれたときは嬉しかったよ。でも、政治を考えれば、どうするのが正解なのかは分かりきっている。デイドリーム家は基本的に中立の立場を維持していたし、離縁をしたところで第二王子側に着く可能性はない。
ミーシャさんはいい人だ。身を呈して僕を助けてくれた。だからこそ、どうやっても僕の心の醜さがあらわになるようで、苦しいんだ。エルヴィスがミーシャさんに笑いかけているのを想像するだけで腹が立って仕方ない。今更、独占欲を持つなんて、おかしな話だと分かってる。
ベッドへ身を投げ出して、嫌な想像をかき消すように目を閉じた。エルヴィスは、僕が居なくなって寂しいと、少しでも思ってくれているだろうか。追いかけてくれたときに、伸ばされた手を、再び掴むことは出来るのかな。

デイドリーム伯爵家に戻ってきてから、二週間が経とうとしていた。部屋から出ることの出来ない僕には、外の様子は上手く把握できず、ミアから教えてもらう情報しか耳に入ってこない。
未だに、エルヴィスの話はなにも聞かない。身の回りの世話をしに来るメイドに尋ねても、はっきりしたことはなにも教えてくれないから、多分お母様から口止めされているのだろう。
起きて、食事を食べて、なにをするでもなく時間を過ごす。窓の外を見ても、カレンデュラの花は咲いていないし、言い合いをする相手もいないから張合いがない。

「退屈そうね」
「お母様」

カチャカチャとティースプーンを弄びながら、ぼーっと、窓の外を見つめていると、部屋にお母様が入ってきて、手を止める。
僕の目の前の席に腰掛けたお母様が、自分で紅茶をカップへと注ぐ。

「一つ聞いてもいいかしら」
「……なんでしょうか」

僕と同じ紫の瞳が、なにかを探るように僕を見つめている。その目を真っ直ぐに見返す。
「二週間経ったわ。頭も冷えたことでしょう。エルヴィス王子のことを愛していると、まだ言えるかしら。彼の元に戻りたい?」
確かに、頭は冷えきっているし、なにもすることがない分、自分の身の振り方を考える時間はいくらでもあった。
けれど、結局なにも変わりはしない。僕はエルヴィスのことを愛しているし、離縁をする気もない。

「お伝えした通り、僕の心は変わりません」
「そう、わかったわ。好きにしなさい」
「……よろしいのですか?」
 
思わず、口元が緩む。けれど、そんな僕とは対照的に、お母様の表情は厳しいままだ。

「あなたは見る目がないのね」

呟かれた言葉に、思わず破顔してしまう。お母様の言う通りだ。僕は趣味が悪い。けれど、エルヴィスを愛してしまったのだから、どうしようもない。

「カレンデュラ様、お客様がお見えです」
「僕に?」

ミアが部屋に入ってくると、耳元で伝えてくれる。それに首を傾げた。

「はい、ハルグランツ伯爵のご令嬢がカレンデュラ様とお話したいと。先日、お手紙を頂いておりました」
「僕はなにも聞いていないけれど」

お母様へと視線を向けると、コトリと紅茶が置かれる音が微かに響いた。

「会うかどうかは、貴方が決めなさい。私は部屋に戻るわ」
それだけ言って、退室していくお母様を見送る。
「……会うよ」

お母様の姿が見えなくなると、少し考えてから、会うことを決めた。
ミアは僕の返事を聞くと、身支度の準備を始めてくれる。ミーシャさんが僕に逢いに来た理由がなんであれ、いずれ話す機会は訪れるだろうと覚悟していたから、そんなに驚きはない。
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