弟を溺愛していたら、破滅ルートを引き連れてくる攻めに溺愛されちゃった話

天宮叶

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隠し通さなければならない秘密もあるってことだ

婚姻契約書にサインを終えると、ルーカスはそれを満足気に確認してから鞄へとしまった。今すぐあの鞄ごと契約書を燃やしてしまえば無効にならないだろうか……。

「お兄様……僕は……」

「フィーロ、なにも心配しなくていい。お前は好きに生きていいんだ」

 感情の抜けたような表情がクシャリと歪む。
 頭を撫でてやろうと手を伸ばすと、勢い良く抱き着かれて驚いた。

「どうしたんだ?」

 部屋にいる全員がフィーロの行動に驚いている。

「……お兄様は僕のお兄様なのに……僕が婚約したほうが良かった……」

 なにかをつぶやく声が聞こえてきたけれど上手く聞き取れなかった。
 聞き返そうと思ったけれど、フィーロがグリグリと胸に額を押し付けてくるため聞くにも聞けない。

(よくわからないけど今日もフィーロは可愛いな。そんなに婚約しなくて良くなって嬉しかったのか)

 喜んでくれているのなら今回の婚約に承諾したかいもあるというものだ。

「兄弟仲がいいのはかまわないけれど、少し妬けちゃうな」

 フィーロを引き離そうとしたのかルーカスが手を出してきた。
 その手をはたき落とすと、にこりと笑みを向けられた。

「いたいな~」

「フィーロに触るな」

「俺は婚約者を返してもらおうとしただけなんだけどね」

 わざとらしく困ったように肩をすくめたルーカスをじとりと睨む。
 大切な弟にルーカスのような危険因子を近づけさせるわけにはいかない。

「お前たち、ルーカス様の前でみっともない!早く離れないか!」

「かまいませんよ伯爵。今日のところは帰らせていただきます。ゼンまた来るからね」

 父親に礼をしたルーカスは鞄を持って颯爽と客室を出ていく。

(チッ、鞄を燃やしそこねた)

 ルーカスの背が消えたのを確認してからフィーロを離した。
 とりあえずフィーロが悪役令息になる要因は一つ取り除くことができたためよしとしよう。

「シャノン、フィーロを部屋に送ってくれ。俺は父と話があるからな」

「は、はい!フィーロ様行きましょう」

 不満そうな表情で頬を膨らませているフィーロをシャノンがなだめながら連れて行く。
 二人が客室から出たのを確認すると、父親へと視線を向けた。

「満足ですか」

「お前が邪魔をしなければ、役立たずな妾の子を嫁がせることができたものを!」

「望み通りエイリーク公爵家と縁はできただろう」

「一級魔術師のお前の秘密がバレればどうなることか!間違いなく一級魔術師の位は剥奪されるだろう。そうなれば伯爵家はおしまいだ」

 父親がゼンの地位にしか興味がないことはわかっていた。
 昔から人並外れた魔術の才能があったため、父親はその才能に目をつけてゼンに無理難題を強いてきた。その無理難題には一級魔術師の地位を手に入れることも含まれていた。
 だがゼンには生まれたときから大きなハンデがある。
 ルーカスに劣等感を抱くのもそのハンデの影響だ。

「疲れたので失礼します。それから、余計な企てはしないように」

 父親が言い返そうと口を開いたのが見えたが無視をして客室を出た。
 のんびりと中庭に面した通路を歩きながらこれからのことを考える。

 ──ルーカスはどうしてシャノンを連れて行かなかったんだ?

 しかも婚約者に仲の悪いゼンを選んだのも謎だ。
 運命の番として描かれていた二人が結ばれないなんてことがあるのだろうか? 
 わからないけれど、とりあえずフィーロはルーカスのことを好きにはなっていないようだったので作戦は成功だ。

「……気分が悪い」

 考え事をしながら気を紛らわせていたけれどそろそろ限界が来そうだ。
 視界が揺れてふらつく。壁に背を預けると、荒い息を吐き出した。

(ルーカスめ。不用意に近づきやがって……)

 息が荒くなっていく。
 これは治癒魔法では軽減できない症状のため部屋まで我慢するしかない。
 体を引きずりながらなんとか部屋まで到着すると、カウチソファに倒れ込んだ。

「っ、くそっ、久しぶりにアルファのフェロモンを嗅いだから軽くヒートを起こしてるな……」

 ジャケットを脱ぎネクタイを緩める。
 全身がやけに熱い。ゼンがルーカスを遠ざける理由の大部分を占めるのがこれのせいだ。

 ゼンはなぜかルーカスのフェロモンにものすごく反応を示してしまう。
 幼い頃から優秀で、見た目もアルファのようだったゼンは、第二性別検査をするまでアルファだと思われていた。しかし結果はオメガ。

 父親は絶望したが、すでに周りにはアルファだと触れ回っていたため今さらオメガだとは言い出せなかった。そのためゼンは第二性別結果を受けてから十九歳になった今までずっと、オメガであることを隠しアルファのふりをして生きてきた。

 それがゼンの大きな秘密であり、優れたアルファであるルーカスを敵視してしまう理由だった。

 立ち上がった下半身に視線を向けると、自身の耐え性の無い体に嫌気がさす。オメガがヒートを起こせば無条件にアルファを誘惑してしまう。
 普段は強い薬を服用することで抑えているが、それもいつまで持つのかはわからない。
 スラックスを脱ぎ捨てて下半身へ手を伸ばした。

(次会ったらあの憎たらしい顔に一発食らわせてやる……ッ)

 ルーカスの笑みを思い浮かべて歯を食いしばる。それから無意識に彼から放たれる香りを思い出して手を動かし始めた。


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