24 / 66
拒否する!
ゼンは、目の前に広げられたありとあらゆる衣装の前で頭を悩ませていた。
ルーカスの誕生日パーティーのときに着ていくスーツを選んでいるからだ。すでに衣装部屋に来てから一時間は経っている。
「この白いスーツは生地にジャンボシェルから取れた貴重なシェルパールを使用していているんだよ。この黒いスーツは俺が討伐したナイトホースの革を使った一点物で──」
大量の衣装を持ち込んだ張本人であるルーカスが、ゼンの隣で心底楽しそうに衣装の説明をしてくれる。
うんざりして半分以上を聞き流していたゼンは、ありすぎる衣装から一つを選ぶことに疲れてナイトホースの革で作られたフォーマルスーツを手に取った。
シャツからジャケット、パンツに至るまですべてが漆黒のそれは、ゼンによく似合っている。それにダークホースは夜闇に隠れる特性を持つため、持ち主の身体的特性を隠してくれる効果もある。
(どれを着ても変わるわけではないし、このスーツなら人混みでもオメガだとはバレないだろう)
そろそろ発情期が近い。微量だがオメガのフェロモンが漏れてしまうため、このスーツを着ていれば安心できる。
「やっぱりそれを選ぶと思ってた」
嬉しそうな笑顔を向けてくるルーカスを睨みつける。
「わかっているのなら最初からこれだけ持ってくればいいだろう」
何十着も高級なスーツを作るなんて金の無駄だ。
「ゼンには常に好きなものを身に着けていてほしいし、このスーツは全部贈り物だから気にしないで」
「クローゼットに入れるスペースがない。持って帰れ」
「わかった。それじゃあ、俺の屋敷に持って帰るよ。いつかゼンが屋敷に泊まりに来たときに着るといい」
「そのいつかは絶対にこない」
否定したのにルーカスは相変わらず食えない笑みを浮かべていた。まるで本当にそんな日が来ると思っているかのようだ。
「明後日は、このスーツに身を包んだ君のことを隣で堪能できるんだね。きっととても似合う。ゼンは俺の、可愛くて格好良い婚約者だから」
「気色悪いからやめろ」
「婚約発表もする予定なのに君はいつになっても変わらないね」
唇を尖らせながら近づいてきたルーカスが、ゼンの胸の中心に人差し指を突き立てた。
「はやくゼンの心が欲しい。いつになったら俺の本気を受け入れて、君のアルファだと認めてくれるんだろう?」
人差し指に力は入っていない。それなのに、ルーカスの紫の瞳に見つめられていると全身が金縛りにあったかのように指一本動かせなくなってしまう。
少しずつ心音が早くなっていく。はぁ……と荒い息が口から漏れた。
ヒートが近いせいもあり、ルーカスに近づかれると我慢できなくなってしまいそうになる。
「離れろ」
「フェロモンが漏れてるよ」
「っ、うるさい」
力の入らない手でルーカスの胸を押した。けれど空いている片手で手を取られて、そこからじわりと熱が体へ伝わってくる。
「聞こえる?ゼンに近づくと俺の心臓はいつもこんなに早くなってしまうんだ。これでも我慢しているんだよ」
確かにルーカスの心音がやけに早い気がした。けれどそれ以上にゼンの鼓動は高鳴っている。
後ろに下がると腰がテーブルに当たり、そのまま卓の上に押し倒された。両手を押さえ付けられると逃げ場がなくなってしまう。
股の間に足を割り込ませて顔を近づけてきたルーカスは、とても満足げで楽しそうだ。
「最強の魔術師なのにどうしていつも簡単に捕まっちゃうの?」
魔法で攻撃することもできる。けれど、ルーカスの前ではその考えも吹っ飛んでしまう。それに、彼のフェロモンの香りを吸い込むと全身から力が抜けて抵抗すらままならない。
それをわかっているからこそこんな質問をしてくるのだろう。
(本当にいい性格をしている)
極上のアルファであるルーカスにゼンが勝てるはずもない。
「誕生日パーティーで婚約を発表する予定だよ。ゼン、君は俺から逃げられない」
そう言ってあっさりと離れてくれたルーカスのことを、体を起こしたゼンが見つめる。
掴みどころのない男だとは知っていた。小説でもこのミステリアスな雰囲気は人気だったし、シャノンがルーカスに翻弄される姿は読者の乙女心をくすぐってやまなかった。
「俺の弱みを握っているつもりか?そういうところが気に食わないんだ」
憎まれ口を叩いてみるけれど上気した頬や赤くなった目尻は隠せない。ルーカスに触れられるたびにこれでは困ってしまう。
「素直じゃないんだから~」
広げていた衣装を片付け始めたルーカスを睨む。
この掴みどころのない男に翻弄されている事実が嫌だと思えなくなってきている。だから困ってしまう。
「シャノンには本当になにも感じないのか?」
「うーん……。ずっと気になっていたけれど、もしかしてゼンは俺にシャノンくんを好きになれって言っているの?」
気まずくなり目をそらすと、ルーカスが笑みを引っ込めた。それから、立ち上がろうとしたゼンのネクタイを掴み真顔のまま見つめてくる。
「二度とそんなこと考えないでね。俺が欲しいのは君だけなんだから」
怒っていると気がついたが、言葉を返すことはできなかった。
それにいまだにルーカスが小説内とは違う行動をしていることも謎だ。
「俺ね、昔からゼンのことが大好きなんだ。だからゼンには悪いけど、手放してあげられない」
「……お前、重すぎるぞ」
絞り出せた言葉はそれだけだった。
なんでも持っている完璧人間のくせに執着心が一丁前に強い。引く引かないとは置いておいても重いな~……と感じてしまった。
「わかったから離せ。それにシャノンとくっつける気はもうない」
フィーロがシャノンのことを好きなのは明白だから、ルーカスとシャノンを無理にくっつけるよりもあの二人が上手く行くほうがいい。
「だが、いつか婚約破棄させてやる」
「いい加減諦めなよ」
「諦めることを拒否する」
「拒否することを拒否させてもらうね」
ネクタイから手を離したルーカスが困り顔を浮かべる。その顔を見つめながら、いまだに鳴り止まない心臓をそっと押さえた。
ルーカスの誕生日パーティーのときに着ていくスーツを選んでいるからだ。すでに衣装部屋に来てから一時間は経っている。
「この白いスーツは生地にジャンボシェルから取れた貴重なシェルパールを使用していているんだよ。この黒いスーツは俺が討伐したナイトホースの革を使った一点物で──」
大量の衣装を持ち込んだ張本人であるルーカスが、ゼンの隣で心底楽しそうに衣装の説明をしてくれる。
うんざりして半分以上を聞き流していたゼンは、ありすぎる衣装から一つを選ぶことに疲れてナイトホースの革で作られたフォーマルスーツを手に取った。
シャツからジャケット、パンツに至るまですべてが漆黒のそれは、ゼンによく似合っている。それにダークホースは夜闇に隠れる特性を持つため、持ち主の身体的特性を隠してくれる効果もある。
(どれを着ても変わるわけではないし、このスーツなら人混みでもオメガだとはバレないだろう)
そろそろ発情期が近い。微量だがオメガのフェロモンが漏れてしまうため、このスーツを着ていれば安心できる。
「やっぱりそれを選ぶと思ってた」
嬉しそうな笑顔を向けてくるルーカスを睨みつける。
「わかっているのなら最初からこれだけ持ってくればいいだろう」
何十着も高級なスーツを作るなんて金の無駄だ。
「ゼンには常に好きなものを身に着けていてほしいし、このスーツは全部贈り物だから気にしないで」
「クローゼットに入れるスペースがない。持って帰れ」
「わかった。それじゃあ、俺の屋敷に持って帰るよ。いつかゼンが屋敷に泊まりに来たときに着るといい」
「そのいつかは絶対にこない」
否定したのにルーカスは相変わらず食えない笑みを浮かべていた。まるで本当にそんな日が来ると思っているかのようだ。
「明後日は、このスーツに身を包んだ君のことを隣で堪能できるんだね。きっととても似合う。ゼンは俺の、可愛くて格好良い婚約者だから」
「気色悪いからやめろ」
「婚約発表もする予定なのに君はいつになっても変わらないね」
唇を尖らせながら近づいてきたルーカスが、ゼンの胸の中心に人差し指を突き立てた。
「はやくゼンの心が欲しい。いつになったら俺の本気を受け入れて、君のアルファだと認めてくれるんだろう?」
人差し指に力は入っていない。それなのに、ルーカスの紫の瞳に見つめられていると全身が金縛りにあったかのように指一本動かせなくなってしまう。
少しずつ心音が早くなっていく。はぁ……と荒い息が口から漏れた。
ヒートが近いせいもあり、ルーカスに近づかれると我慢できなくなってしまいそうになる。
「離れろ」
「フェロモンが漏れてるよ」
「っ、うるさい」
力の入らない手でルーカスの胸を押した。けれど空いている片手で手を取られて、そこからじわりと熱が体へ伝わってくる。
「聞こえる?ゼンに近づくと俺の心臓はいつもこんなに早くなってしまうんだ。これでも我慢しているんだよ」
確かにルーカスの心音がやけに早い気がした。けれどそれ以上にゼンの鼓動は高鳴っている。
後ろに下がると腰がテーブルに当たり、そのまま卓の上に押し倒された。両手を押さえ付けられると逃げ場がなくなってしまう。
股の間に足を割り込ませて顔を近づけてきたルーカスは、とても満足げで楽しそうだ。
「最強の魔術師なのにどうしていつも簡単に捕まっちゃうの?」
魔法で攻撃することもできる。けれど、ルーカスの前ではその考えも吹っ飛んでしまう。それに、彼のフェロモンの香りを吸い込むと全身から力が抜けて抵抗すらままならない。
それをわかっているからこそこんな質問をしてくるのだろう。
(本当にいい性格をしている)
極上のアルファであるルーカスにゼンが勝てるはずもない。
「誕生日パーティーで婚約を発表する予定だよ。ゼン、君は俺から逃げられない」
そう言ってあっさりと離れてくれたルーカスのことを、体を起こしたゼンが見つめる。
掴みどころのない男だとは知っていた。小説でもこのミステリアスな雰囲気は人気だったし、シャノンがルーカスに翻弄される姿は読者の乙女心をくすぐってやまなかった。
「俺の弱みを握っているつもりか?そういうところが気に食わないんだ」
憎まれ口を叩いてみるけれど上気した頬や赤くなった目尻は隠せない。ルーカスに触れられるたびにこれでは困ってしまう。
「素直じゃないんだから~」
広げていた衣装を片付け始めたルーカスを睨む。
この掴みどころのない男に翻弄されている事実が嫌だと思えなくなってきている。だから困ってしまう。
「シャノンには本当になにも感じないのか?」
「うーん……。ずっと気になっていたけれど、もしかしてゼンは俺にシャノンくんを好きになれって言っているの?」
気まずくなり目をそらすと、ルーカスが笑みを引っ込めた。それから、立ち上がろうとしたゼンのネクタイを掴み真顔のまま見つめてくる。
「二度とそんなこと考えないでね。俺が欲しいのは君だけなんだから」
怒っていると気がついたが、言葉を返すことはできなかった。
それにいまだにルーカスが小説内とは違う行動をしていることも謎だ。
「俺ね、昔からゼンのことが大好きなんだ。だからゼンには悪いけど、手放してあげられない」
「……お前、重すぎるぞ」
絞り出せた言葉はそれだけだった。
なんでも持っている完璧人間のくせに執着心が一丁前に強い。引く引かないとは置いておいても重いな~……と感じてしまった。
「わかったから離せ。それにシャノンとくっつける気はもうない」
フィーロがシャノンのことを好きなのは明白だから、ルーカスとシャノンを無理にくっつけるよりもあの二人が上手く行くほうがいい。
「だが、いつか婚約破棄させてやる」
「いい加減諦めなよ」
「諦めることを拒否する」
「拒否することを拒否させてもらうね」
ネクタイから手を離したルーカスが困り顔を浮かべる。その顔を見つめながら、いまだに鳴り止まない心臓をそっと押さえた。
あなたにおすすめの小説
じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【だって、私はただのモブですから】
10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした――
※他サイトでも投稿中
『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました
小池 月
BL
大学一年の半田壱兎<はんだ いちと>は男性オメガ。壱兎は生涯ひとりを貫くことを決めた『アルファ拒食症』のバース性診断をうけている。
壱兎は過去に、オメガであるために男子の輪に入れず、女子からは異端として避けられ、孤独を経験している。
加えてベータ男子からの性的からかいを受けて不登校も経験した。そんな経緯から徹底してオメガ性を抑えベータとして生きる『アルファ拒食症』の道を選んだ。
大学に入り壱兎は初めてアルファと出会う。
そのアルファ男性が、壱兎とは違う学部の相川弘夢<あいかわ ひろむ>だった。壱兎と弘夢はすぐに仲良くなるが、弘夢のアルファフェロモンの影響で壱兎に発情期が来てしまう。そこから壱兎のオメガ性との向き合い、弘夢との関係への向き合いが始まるーー。
☆BLです。全年齢対応作品です☆