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世界の果てで叫びたい
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足元は見渡す限り真っ白な雲海。
正面には切れ目のなく続く限りない地平線と空、宇宙の境目。
真っ青よりなお暗く蒼いその頭上には、時折放物線のように光が通過している。
目的地に到着した私は、一つ大きく息を吸うと、ある準備を始めた。
それは、私が10歳になってからの10年間、ずっと夢見てきたことだった。
それは、決意だった。
きっかけは、ふと見たテレビ番組だった。
有名な日本人探検家だ。世界最高峰を4度目の登頂に成功し、他にも様々な秘境、険しい山々、文化と触れあってきた感じの人だ。
幼い私は、とにかくなんかすごい人だ、と思った記憶がある。
小学校の遠足で、最寄り駅から数駅離れた山に登った。生まれつき足腰があまり強い方ではない私は、最後尾で先生に背中を押されながら、なんとか登った。
家に帰って、登った高さをお母さんに聞いた。自分がどんなに頑張ったか、自慢したかったのだ。
母は少し困った顔をして、検索してくれた。
それが確か、高さにして300m程だ。
ところが、テレビの中の人が登った山は、その20倍もあるという。
あの苦労の20倍…………。
それを、4回も!?
単純な私は、こんなふうにすごいことをしてみたい、と漠然と考えた。
中学に入った私がまずしたことは、陸上部に入ることだった。
あの日見た冒険家は、いつしか私の明確な目標になっていた。
いつか自分もあの山を登るんだ、と
さしあたって重要なのは、足腰だ。と短絡的な思考だったが、おそらく間違っていないと思う。
競技は勿論長距離。相変わらず貧弱な体力の私は、おそらく周囲の足を引っ張るばかりだろうが特に、問題はないと考えていた。自分のタイムとか、試合に出るとか、そもそも目標ではないのだから。
さて、部活に入る際、両親が強烈に反対してきた。
絶対合わない、とか。そんなことして怪我したら大変、とか。
私は3際の頃から、ヴァイオリンを習っている。勿論、親の強制で。
中学の頃の私はすでに、自分の家庭が周囲と結構違っていることを自覚していた。
いわゆるハイソなご家庭で育てられた私は、いわゆる親の自慢のための道具として使われてきわけだ。
コンクールにも何度か出た。トロフィーみたいなものも貰った。
でもそれらは結局、両親が周囲に自慢の娘を紹介するために、少なくないお金をつぎ込んで育ててきた、ただの盆栽みたいなものだ。
そうは思いつつも、両親の言いなりになっていままで育てられてきた身の上としては、まあしょうがないか、位の気持ちだった。
両親に反対され、しょぼくれて自分の部屋に戻った私は、テレビをつけた。
写ったのは、2年前に見た、あの冒険家が、別の山に登頂している様子だった。
自分の現状を全力で楽しんでいるかのような、その眩しい笑顔。
私は、それをぼーっと見つめていた。
しばし呆然としていると、母から「ご飯よ~!」と声がかかり、自分は思い出したように動き出し、テレビを消した。
そこに写ったのは、自分の顔だ。
仏頂面の、自分の顔だった。
一年後。
私は、真っ白な見知らぬ天井を見上げた。
起き上がり、自分のベッドの周囲にある白いカーテンを不思議そうに見つめて、それをどける。
同じ部屋には、同じようなカーテンが3つあり、それらはすべて閉じられている。
私は、どうやら病院に運び込まれたらしかった。
学校から帰宅し、部屋に向かおうとしたところまでは覚えている。階段を上がっていると、急に手すりが斜めになり、視界が縦長になり、暗くなっていき……
そこまで思い出したところで、ようやく記憶がつながった。
見回りの看護師が私の様子に気がつくと、血相を変えてどこかにいき、医者を連れてきた。
そのまま妙な部屋に運び込まれ、様々な質問をされたり、検査をされたり。血も採取された。
翌日、両親とともに医者から告げられたのは、学校の授業ですこしだけ聞いたことのある病名だった。
その口ぶりからすると、どうやらなかなか難しい病気らしい。
その医者が言うには、余命はあと10年ほどらしい。
「今後の治療方針を、決めなければなりません」
ほかにもいろいろと難しいことを言われたが、要約すると
・治る可能性にかけて全力で治療するか
・のこりの時間を精一杯生きるか
この2択らしい。もうちょっと選択肢を用意してくれても良さそうなものだが。
そのころから若干ませていた私は、現実感のない頭でそんなことを考えていた。
家で両親と話し合うように言われ、その日は帰宅を許可された。
自宅のダイニングで、両親とテーブルを囲んだ。
なにか言う前に、自分は耐えきれなくなり、「トイレ」とだけ言って席を離れた。
洗面所で、ぼーっとする頭をスッキリさせるために顔を洗う。
タオルで顔を拭き、そのまま顔を上げる。
そこには、いつもの仏頂面が写っていた。
「…………。」
駄目だ!
私の頭は突然、そんなことを言い出した。
このままでは、駄目だ。
なにか急に、やらなければならないことがある気がした。
いても立ってもいられない。
私はタオルを洗濯機に乱暴に突っ込むと、ダイニングに向かった。
「私、盆栽じゃないから!!!」
急にそんなことを口走った私に、両親はあっけに取られていた。
その後、どう話したかはよく覚えていない。
その後の行動は迅速だった。
まず走りこみに始まり、全身の柔軟。クライミングの練習。登山の知識。
あっという間に日々が過ぎていく。
有名な登山家に急に電話をかけ、いろんなことを聞いた。
どんな装備が必要か。大事なことは何か。
治療など、している暇はなかった。
出発当日。ふと部屋に目をやる。
あの日以来、目標以外のものにほとんど興味を失っていた私の目についたのは、薄くホコリをかぶった、ヴァイオリンのケース。
両親の支配の象徴だったそれも、今では懐かしい。
そんなことを思いながら、愛おしそうにそのケースをなでた。
うん?
自分の行動にふと違和感を感じ、いや……と考えを改めた。
「私は盆栽じゃないけど……」
じわりと苦笑して、ケースを手に取った私は、大きな荷物に無理やりケースをくくりつけ始めた。
猛烈な風が吹いている。
私は防寒着を脱いで身軽になると、ケースからヴァイオリンを取り出し、てっぺんまで進んだ。
あまりの高さと風に、不思議と怖さは感じなかった。
頭の中はすっきりとして、不思議な高揚感と感動がある。
おもむろにヴァイオリンを構える。
そして、弾き始めた。
正しく弾けているかどうかはわからない。この風だ。自分すらもまともに音が聞こえていないのに、わかるはずもなかった。
それでよかった。
それは、咆哮だった。
それは、自分の20年余りの人生の、すべてであった。
聴衆は、眼下に広がる雄大な自然そのもの。
全力で弾きながら、突然、少女は大声で笑いだした。
それを聞く者は誰一人としていない。
聞いているのは、演奏会の聴衆のみ。
やがて曲が終わり、だらりと両腕が下に垂れる。
少女はしばし呆然として、それからまた大声で笑い始めた。
その表情は、とびきりの笑顔だった。
両目から涙があふれる。全身から汗が吹き出し、その身に霜が張り付く。
その両手からヴァイオリンが離れる。
ふらり、と体が傾く。
暗転。
正面には切れ目のなく続く限りない地平線と空、宇宙の境目。
真っ青よりなお暗く蒼いその頭上には、時折放物線のように光が通過している。
目的地に到着した私は、一つ大きく息を吸うと、ある準備を始めた。
それは、私が10歳になってからの10年間、ずっと夢見てきたことだった。
それは、決意だった。
きっかけは、ふと見たテレビ番組だった。
有名な日本人探検家だ。世界最高峰を4度目の登頂に成功し、他にも様々な秘境、険しい山々、文化と触れあってきた感じの人だ。
幼い私は、とにかくなんかすごい人だ、と思った記憶がある。
小学校の遠足で、最寄り駅から数駅離れた山に登った。生まれつき足腰があまり強い方ではない私は、最後尾で先生に背中を押されながら、なんとか登った。
家に帰って、登った高さをお母さんに聞いた。自分がどんなに頑張ったか、自慢したかったのだ。
母は少し困った顔をして、検索してくれた。
それが確か、高さにして300m程だ。
ところが、テレビの中の人が登った山は、その20倍もあるという。
あの苦労の20倍…………。
それを、4回も!?
単純な私は、こんなふうにすごいことをしてみたい、と漠然と考えた。
中学に入った私がまずしたことは、陸上部に入ることだった。
あの日見た冒険家は、いつしか私の明確な目標になっていた。
いつか自分もあの山を登るんだ、と
さしあたって重要なのは、足腰だ。と短絡的な思考だったが、おそらく間違っていないと思う。
競技は勿論長距離。相変わらず貧弱な体力の私は、おそらく周囲の足を引っ張るばかりだろうが特に、問題はないと考えていた。自分のタイムとか、試合に出るとか、そもそも目標ではないのだから。
さて、部活に入る際、両親が強烈に反対してきた。
絶対合わない、とか。そんなことして怪我したら大変、とか。
私は3際の頃から、ヴァイオリンを習っている。勿論、親の強制で。
中学の頃の私はすでに、自分の家庭が周囲と結構違っていることを自覚していた。
いわゆるハイソなご家庭で育てられた私は、いわゆる親の自慢のための道具として使われてきわけだ。
コンクールにも何度か出た。トロフィーみたいなものも貰った。
でもそれらは結局、両親が周囲に自慢の娘を紹介するために、少なくないお金をつぎ込んで育ててきた、ただの盆栽みたいなものだ。
そうは思いつつも、両親の言いなりになっていままで育てられてきた身の上としては、まあしょうがないか、位の気持ちだった。
両親に反対され、しょぼくれて自分の部屋に戻った私は、テレビをつけた。
写ったのは、2年前に見た、あの冒険家が、別の山に登頂している様子だった。
自分の現状を全力で楽しんでいるかのような、その眩しい笑顔。
私は、それをぼーっと見つめていた。
しばし呆然としていると、母から「ご飯よ~!」と声がかかり、自分は思い出したように動き出し、テレビを消した。
そこに写ったのは、自分の顔だ。
仏頂面の、自分の顔だった。
一年後。
私は、真っ白な見知らぬ天井を見上げた。
起き上がり、自分のベッドの周囲にある白いカーテンを不思議そうに見つめて、それをどける。
同じ部屋には、同じようなカーテンが3つあり、それらはすべて閉じられている。
私は、どうやら病院に運び込まれたらしかった。
学校から帰宅し、部屋に向かおうとしたところまでは覚えている。階段を上がっていると、急に手すりが斜めになり、視界が縦長になり、暗くなっていき……
そこまで思い出したところで、ようやく記憶がつながった。
見回りの看護師が私の様子に気がつくと、血相を変えてどこかにいき、医者を連れてきた。
そのまま妙な部屋に運び込まれ、様々な質問をされたり、検査をされたり。血も採取された。
翌日、両親とともに医者から告げられたのは、学校の授業ですこしだけ聞いたことのある病名だった。
その口ぶりからすると、どうやらなかなか難しい病気らしい。
その医者が言うには、余命はあと10年ほどらしい。
「今後の治療方針を、決めなければなりません」
ほかにもいろいろと難しいことを言われたが、要約すると
・治る可能性にかけて全力で治療するか
・のこりの時間を精一杯生きるか
この2択らしい。もうちょっと選択肢を用意してくれても良さそうなものだが。
そのころから若干ませていた私は、現実感のない頭でそんなことを考えていた。
家で両親と話し合うように言われ、その日は帰宅を許可された。
自宅のダイニングで、両親とテーブルを囲んだ。
なにか言う前に、自分は耐えきれなくなり、「トイレ」とだけ言って席を離れた。
洗面所で、ぼーっとする頭をスッキリさせるために顔を洗う。
タオルで顔を拭き、そのまま顔を上げる。
そこには、いつもの仏頂面が写っていた。
「…………。」
駄目だ!
私の頭は突然、そんなことを言い出した。
このままでは、駄目だ。
なにか急に、やらなければならないことがある気がした。
いても立ってもいられない。
私はタオルを洗濯機に乱暴に突っ込むと、ダイニングに向かった。
「私、盆栽じゃないから!!!」
急にそんなことを口走った私に、両親はあっけに取られていた。
その後、どう話したかはよく覚えていない。
その後の行動は迅速だった。
まず走りこみに始まり、全身の柔軟。クライミングの練習。登山の知識。
あっという間に日々が過ぎていく。
有名な登山家に急に電話をかけ、いろんなことを聞いた。
どんな装備が必要か。大事なことは何か。
治療など、している暇はなかった。
出発当日。ふと部屋に目をやる。
あの日以来、目標以外のものにほとんど興味を失っていた私の目についたのは、薄くホコリをかぶった、ヴァイオリンのケース。
両親の支配の象徴だったそれも、今では懐かしい。
そんなことを思いながら、愛おしそうにそのケースをなでた。
うん?
自分の行動にふと違和感を感じ、いや……と考えを改めた。
「私は盆栽じゃないけど……」
じわりと苦笑して、ケースを手に取った私は、大きな荷物に無理やりケースをくくりつけ始めた。
猛烈な風が吹いている。
私は防寒着を脱いで身軽になると、ケースからヴァイオリンを取り出し、てっぺんまで進んだ。
あまりの高さと風に、不思議と怖さは感じなかった。
頭の中はすっきりとして、不思議な高揚感と感動がある。
おもむろにヴァイオリンを構える。
そして、弾き始めた。
正しく弾けているかどうかはわからない。この風だ。自分すらもまともに音が聞こえていないのに、わかるはずもなかった。
それでよかった。
それは、咆哮だった。
それは、自分の20年余りの人生の、すべてであった。
聴衆は、眼下に広がる雄大な自然そのもの。
全力で弾きながら、突然、少女は大声で笑いだした。
それを聞く者は誰一人としていない。
聞いているのは、演奏会の聴衆のみ。
やがて曲が終わり、だらりと両腕が下に垂れる。
少女はしばし呆然として、それからまた大声で笑い始めた。
その表情は、とびきりの笑顔だった。
両目から涙があふれる。全身から汗が吹き出し、その身に霜が張り付く。
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ふらり、と体が傾く。
暗転。
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