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国王と伯爵令嬢
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ここは王国の有する薔薇の咲き乱れる優雅な園。王城の正面を覆う、むせ返るような甘い香り漂う庭園に、真っ白なあずまやが一つ、建っている。大理石で出来たそれの内側には柔らかな座椅子と、同じく大理石で出来た円形のテーブルがある。座椅子には金の王冠を称えた、眩い金髪に澄んだ青空のような瞳を持つ男が肩肘を突いて座っていた。その向かいには夕陽のように燃える赤い髪と、新緑の如き瑞々しさを称えた瞳を持つ少女が背筋を真っ直ぐ伸ばした状態で腰を下ろしている。対角線上に座る二人に挟まれたテーブルには、古びたチェス盤が乗っている。
「陛下、面白い話が御座います」
少女─── リリアーシャ・ルティア伯爵令嬢は黒の駒を一つ操りながら、目の前の対戦相手───国王のアウレリウス・デンドュロン陛下に向かって薄紅色に色づく艶やかな唇を開いた。
二人がチェスを指し合うのは、これが初めてではなかった。10年前、リリアーシャがアウレリウスの息子である第一王子、アザロス・デンドュロンの婚約者になってからも幾度となく対戦してきた。リリアーシャはチェスの名手であり、高い実力を持ちながら公式の大会に選手として参加できない国王の良き好敵手として、度々こうして庭園で勝負をするのである。
普段は集中するためにお互いにあまり会話を挟みはしない───侍女が茶を給仕しようとすることすら制するほどである───のだが、今日に限っては早い段階でリリアーシャが声を出した。因みに、チェスを指している間に限っては、リリアーシャはアウレリウスの許可なしに発言することを許されている。自分の番になったアウレリウスは白の駒を手繰りながら、リリアーシャの様子を伺い、何処か疲れたような表情で返した。
「……リリアーシャのことだ。 十中八九笑い話ではあるまい」
「聞くも涙、語るも涙の悲劇の物語です」
リリアーシャは舌に乗せた言葉とは裏腹に、淡々と、無表情、無感動に言ってのける。彼女は常にこんな調子で、王族どころか貴族、家族相手にすら表情を崩さない。
初めて出会った時には、その態度は余りにも不敬である、と臣下たちは口にしたが、愛想が悪いくらいで何だというのだ、と一蹴してやった。媚び諂うだけが忠誠ではない。見かけだけの麗しさよりも、幼くしてチェスの名手として頭角を表していた彼女の頭脳の方が興味を引いた。たかがボードゲームと侮るものは少なくないが、国王のアウレリウスが嗜んでいるため、表立った抗議はされていない。というよりも、リリアーシャを指し手から下ろせと言うのであれば、彼女を負かすほどの実力者を連れてこいと言ってやったのが大きい。
あれから10年、彼女は誰にも───アウレリウスにすら───負けていない。
「まぁ、聞こう」
「近々、わたくしは王太子殿下に婚約を破棄されますわ」
「なんだと!?」
思いもよらぬ発言に、アウレリウスはバンとテーブルを叩いて立ち上がった。
「陛下、面白い話が御座います」
少女─── リリアーシャ・ルティア伯爵令嬢は黒の駒を一つ操りながら、目の前の対戦相手───国王のアウレリウス・デンドュロン陛下に向かって薄紅色に色づく艶やかな唇を開いた。
二人がチェスを指し合うのは、これが初めてではなかった。10年前、リリアーシャがアウレリウスの息子である第一王子、アザロス・デンドュロンの婚約者になってからも幾度となく対戦してきた。リリアーシャはチェスの名手であり、高い実力を持ちながら公式の大会に選手として参加できない国王の良き好敵手として、度々こうして庭園で勝負をするのである。
普段は集中するためにお互いにあまり会話を挟みはしない───侍女が茶を給仕しようとすることすら制するほどである───のだが、今日に限っては早い段階でリリアーシャが声を出した。因みに、チェスを指している間に限っては、リリアーシャはアウレリウスの許可なしに発言することを許されている。自分の番になったアウレリウスは白の駒を手繰りながら、リリアーシャの様子を伺い、何処か疲れたような表情で返した。
「……リリアーシャのことだ。 十中八九笑い話ではあるまい」
「聞くも涙、語るも涙の悲劇の物語です」
リリアーシャは舌に乗せた言葉とは裏腹に、淡々と、無表情、無感動に言ってのける。彼女は常にこんな調子で、王族どころか貴族、家族相手にすら表情を崩さない。
初めて出会った時には、その態度は余りにも不敬である、と臣下たちは口にしたが、愛想が悪いくらいで何だというのだ、と一蹴してやった。媚び諂うだけが忠誠ではない。見かけだけの麗しさよりも、幼くしてチェスの名手として頭角を表していた彼女の頭脳の方が興味を引いた。たかがボードゲームと侮るものは少なくないが、国王のアウレリウスが嗜んでいるため、表立った抗議はされていない。というよりも、リリアーシャを指し手から下ろせと言うのであれば、彼女を負かすほどの実力者を連れてこいと言ってやったのが大きい。
あれから10年、彼女は誰にも───アウレリウスにすら───負けていない。
「まぁ、聞こう」
「近々、わたくしは王太子殿下に婚約を破棄されますわ」
「なんだと!?」
思いもよらぬ発言に、アウレリウスはバンとテーブルを叩いて立ち上がった。
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