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本編
戯言です
しおりを挟む「もう、アンナだって、頑張り屋なんだから」
アンナの手を包むように握ってアンナをまっすぐ見つめる。
「アンナ、大好きよ。困ったことがあったら相談してね。何でも自分で抱えちゃ駄目よ」
「わかってるわよ。何かあったら、ハシェットのチョコ抱えて相談にいくよ」
「まあ!」と大げさに驚いてみせて、アンナを抱きしめる。
「チョコよりもほっぺにキスしてくれた方がいいな」
「じゃあ、アマーリエも困ったら私の所に来て、頬にキスしてね」
二人で微笑みあって見つめあうと、温かな空気が感じられる。アンナと過ごす温かい時間がとても大切だ。もし結婚しても、アンナと過ごす時間はもっていきたい。
「頑張って団長にアプローチし続けるのよ。当たって駄目だったら、結婚してあげるから」
「ふふ、約束よ、結婚してね」
お約束と化した慰めの言葉に微笑みあった時、ゴンとドアが鳴った。何かで打ち据えたような音にアンナと二人で驚いた。
身を離して「何事?」とアンナが扉に向かって問いかけると
「アンナ~。何? 何? アマーリエ嬢と結婚しちゃうのかよ」
ホルストがドアを開けて、どかどかと入ってきた。アンナはむっとした顔を隠さずに苦情を言う。
「もー。女同士でできるわけないじゃないですか、団長。っていうか、立ち聞きしてたんですか?」
「怒らないでくれって。打ち合わせ終わったからフリードリッヒがさぁ、アマーリエ嬢と一緒に帰るっていうからさ、声かけにきたらもうびっくりしたわ、俺。思わずノックの手がもげた」
「そんなに動揺することないじゃないですか」とあきれ顔のアンナに、ホルストは「娘が女の子と結婚するって言ってたら、動揺するだろう?」と軽い調子で応じていた。
ホルストは今年三十二歳でマティアスと同期であるが、アンナをとても大事にしていて「娘」といって可愛がっている。
扉の外を見れば、眉をひそめた何とも言えない複雑そうな顔のフリードリッヒと、半分泣きそうな遠い目をしたアレックスの姿があった。
「団長……」
何と声をかけていいのか戸惑った。女同士の戯言だ。説明したいのに、口が上手く動かない。
「アマーリエ、話は済んだのか」
「……っはい、一通り聞きました」
「ならば帰ろう」
「はい、団長」
何事もなかったかのようにフリードリッヒが話しかけてくれたので、アマーリエも何事もなかったかのように頷いて立ち上がる。
「アンナ、じゃあ明日ね」と小さく笑って手を振ると、アンナも「明日ね」と手を振ってくれた。
第十騎士団と第十一騎士団の宿舎は並んでおり、帰ると言っても宿舎の入り口から入口まで徒歩一分程度だ。一緒に帰るまでもないがアマーリエを気遣ってのことだろう。フリードリッヒの気遣いを想うと胸が熱くなる。何気ない時にすごく好きだと思う気持ちがせり上がってくる。
(お父さまやお兄さまたちになら、簡単に好きって言えるのになぁ)
階段を下りるフリードリッヒを見つめて溜息をつきたくなる。家族の愛情と男女の恋情とは違うというのはわかっていても、差異に怯んでしまう。
「アンナとは、結婚のことをよく話しているのか?」
入口で寮監に退出を告げて、宿舎から出たところで、フリードリッヒが小さく問いかける。
小さな悲鳴をあげそうになったが堪えた。
「あれは戯言です」
相手がいないのはアマーリエもアンナも一緒だ。そんな二人が慰め合う言葉が「相手が見つからなかったら、結婚しようね」だった。
どちらが言い始めたかは忘れてしまったが、落ち込む気持ちを慰めるために言い合っている。
(アンナのことは大好きだけど、そういうのじゃなくて……そういうのは……団長だけなのに)
「アマーリエには結婚を考える相手がいるのか」
「……あの……もう少し猶予がありますけど、二十歳までに相手を探すようにと言われています」
わざとフリードリッヒの問いには答えず、フリードリッヒを上目に伺うように見あげた。怜悧な面をいささかも崩すことなく「ああ」と頷いた。
「ギュンターから聞いた。母上に言われているとか」
長兄とそのような話をしていたとは思わなかった。だが、聞いているなら話は早い。
「はい。何としても自分で見つけたいです。政略結婚は嫌ですから」
「……そうか。困ったことがあれば相談に乗る」
「は、はい、ありがとうございます」
「……いざとなったら、私が何とかしてやる」
(何とかってどうするのかな?)
助けてやると言われて礼を言ったものの、アマーリエは考えあぐねた。
(でも……団長がお気にかけてくださるのが嬉しい)
結局こういった意見に帰結してしまう。
でも、本心から嬉しいと思うのは我ながら単純だ。
「ありがとうございます、団長」
アマーリエが微笑むとフリードリッヒは淡く微笑みを返してくれた。
「部屋に帰ったら、温かくして過ごしなさい。寒い時期の夜会は体力勝負だからな」
「わかりました。……あ、そうだ。よろしかったらお茶をお淹れしましょうか。温まりますよ」
「では、頼む」
短く返事をくれて、アマーリエは「ではお先に」と言って宿舎へ飛ぶように入った。
(嬉しい。団長のお役に立てる)
一階の給湯室に入って竈に薪をくべる。冬は常に種火がくすぶっている状態にされている。薬缶をかけて温まるのを待っている間、カップを準備する。心が弾むのを抑えられない。
人のことを気にしている場合ではないが、アマーリエは今のところ、フリードリッヒに係われるだけでおおよそ満足している。そういうとアンナは「もう、のんびりして!」と怒るのだろう。そう思うとアマーリエは自然と笑みがこぼれた。
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