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本編
夢が叶った日 2
しおりを挟む(それが何で迷惑になるのかわからないけど……私、また団長とダンスができるんだ)
こみ上げてきた喜びに、にやけそうになる頬を努力して引き締める。
「では」とフリードリッヒはアマーリエの前で片膝をついた。騎士の拝礼の中でも丁寧な礼であり、誓いを立てる時の礼でもある。
アマーリエは一枚の絵のような、凛々しくも目映いばかりの美しい姿に見とれていた。
「あなたとご一緒できる喜びと栄誉を一時私にお与えください」
「はい」
上ずりそうになる声をこらえつつ、小さな返事をした。フリードリッヒは差し出した手を恭しくそっととる。ごつごつした手は男らしくて何度触れてもどきどきする。長い指に大きな掌はごつごつした感触が心をさんざめかせる。
フリードリッヒは指先に軽く口づける。礼儀なのだと知っていても心のドキドキが抑えられない。剣をやっている者の宿命とはいえ、普通の令嬢よりざらつく手なのに宝物のように恭しく手を取って、フリードリッヒの唇が触れる。
(団長)
慕う気持ちが胸を熱くする。
導かれるまま少しだけホールの中ばに移動する。それだけでも動きは洗練されていて、どこまでもアマーリエをときめかせた。
踊り場の中でも片隅に歩み出ると周囲が驚いたようにざわついた。ダンスを踊らないことで有名なフリードリッヒが、パートナーを伴ってダンスを踊ろうとすることに周囲がざわついたのだろう。
(単なる部下だけど、踊れるのは嬉しい)
アマーリエの服装から部下と察することはできるだろうが、周囲は探るような無遠慮な視線を投げかけてくる。先程聞いた「踊ることで多少迷惑をかけるかも」という言葉には無遠慮な視線も含まれているのかもしれない。
「アマーリエ、こちらをみなさい」
静かな甘い声はざわめきの中でもはっきりと聞こえる。見上げるとアマーリエを優しく見下ろしている。
「集中して」
「はい、団長」
「今日も、楽しく踊ろう」
「っ……はい、団長」
ギュンターの式のときもフリードリッヒと踊った。あの時のような楽しいダンスをしようとフリードリッヒは言ってくれている。
あの時のダンスはとても楽しかった。フリードリッヒも同じ気持ちでいてくれたことが嬉しくて、誇らしい。
アマーリエを見つめたまま自然にホールドされ、アマーリエも促されたようにホールドする。
緩やかなワルツが始まり、ゆったりとステップを始めた。
それから連続で三曲続けて踊った。三曲続けて踊るのは、かなり深い仲の場合――婚約者などの特別な場合のみなのに踊ってくれた。
今日は念願の騎士として護衛デビューをした。
それだけでも嬉しいのに、フリードリッヒとダンスができた。
踊り終えて手を離す前に言っておきたい。
「団長、踊っていただいてありがとうございました」
フリードリッヒを見あげると、静かな薄明の色がアマーリエを捕らえている。フリードリッヒは口の端を引き上げて微笑む。
嬉しくて自然と頬が上気して、頬が緩んでしまい、アマーリエも微笑んだ。
「今日は二つも夢が叶いました。幸せです」
アマーリエの台詞にフリードリッヒは驚いたように目を見開いたが、いささか目を細めてアマーリエを見つめた。切なげな視線はどこか男の色香を感じてしまう。
(気のせいかな、色っぽい……? でも男の人に色っぽいなんて変だよね……)
アマーリエは頬をさらに熱くした。狼狽えて視線を俯かせてさまよわせてしまう。
視線の端にこちらをじろじろと眺める紳士淑女の一団とは別のところにいるアンナとアレックスを発見する。踊り終えたところだろうアンナは、にっこり笑ってアマーリエとフリードリッヒを見ていた。
「あちらはもういいようだな」
「そうみたいです。……団長、本日はこれで失礼します」
フリードリッヒに一礼すると、フリードリッヒはいささか目を細めてアマーリエを見つめた。
どきっと鼓動が跳ねる。名残を惜しむような切なげな眼差しに、やはり男の色香を感じ取ってしまう。
(気のせいじゃない……団長も名残惜しいと思ってくださっているのかしら)
アマーリエは動揺しつつフリードリッヒの出方を伺うようにフリードリッヒを見つめた。
(あ、だめ……いつまでも手を握ったまま突っ立っていちゃ、他の人の迷惑に)
次の曲で踊らないなら、踊る人のためにホールを広く空けておくのはマナーだ。
手を離そうとしたが「アマーリエ」と名を呼ばれたかと思えば、手を引かれて気づいたらフリードリッヒの腕の中にあった。
パーティーのざわめきの中で、聞こえるわけもない鼓動が聞こえるようだ。同時に、自分の鼓動を聞かれてしまいそうで、後ずさってしまいたくなった。
しかし、アマーリエの足元はふわふわとおぼつかなく、また縫い取られたように動かない。アマーリエを抱きしめる腕は限りなく優しいのに、アマーリエが身じろいだ程度では緩まない。父や兄と比べると細身ではあるが、フリードリッヒも大きくて頼もしい体だと実感する。
先程から、ふわふわと温かいものの上に浮いているようだ。こんなことは知らなかった。踊ってもらったことはあっても抱きしめられたことはなかった。好きな人に抱き寄せられると、ふわふわした心地に包まれるのだと。
「団長……」
「今日は良くやってくれた。疲れただろう? 早く帰って、しっかり休みなさい」
フリードリッヒは囁くように耳元で静かに告げた。冷静な声なのに体が熱くなる。
「さあ、行きなさい」
額に軽い口づけを落として体を離した。
「は、は……ぃ、失礼します」
体中を火照らせてふらふらと、目を輝かせているアンナのところまで歩いて行った。
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