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本編
ギイお兄さまの結婚式へ ◆
しおりを挟む青いワンピースに合わせて「綺麗で可愛く、いい感じに仕上がったわ! さあ、お姉さまの教えを思い出して、これで団長に迫るのよ」とアンナがクラウンハーフアップに結ってくれた。エリーゼの教えは覚えているが、迫る自信は全くない。
ただ、これからフリードリッヒといられることへの深い喜びと一握りの緊張感があった。
寮監に出発を告げると、引退した騎士でもある寮監は「気をつけてな」と旅の安全を祈ってくれた。玄関を出ると団の宿舎につけられた立派な馬車が目に入った。馭者台の傍らにいる人物にアマーリエは頬を綻ばせた。
「ハンスさん、ローマンさん、お久しぶりです」
「お久しぶりです、アマーリエさま。またお供をさせていただけることになりました」
白髪交じりのくすんだ茶色い髪の中年の男性はハンスことハンゼルだ。目元の皺を深くしてアマーリエに微笑んだ。フリードリッヒ付きの執事で元軍人だそうだ。
ローマンは赤い目に赤みがかった黄色いセピア色の髪の青年だ。ローマンも「お久しぶりです、アマーリエさま」と一礼して微笑むさまはアマーリエの年齢と近いように感じられるが、フリードリッヒの乳兄弟だというから驚きだ。
ローマンはフリードリッヒ付きの従者だが、フリードリッヒが実家であるバルツァー侯爵邸はもちろん、与えられた子爵邸にすらほとんど帰ってこないため、ハンゼル共々暇を持て余しているそうだ。
「アマーリエさま、随行の騎士たちです。覚えていらっしゃるかとは存じますが、紹介いたしますね」
馬車の向こうに三十代の男性五人の姿を認める。全員バルツァー家に仕えている腕利きの騎士たちで、それぞれ馬を駆って同行してくれる。
ローマンの紹介を聞いてアマーリエも挨拶すると全員恭しく挨拶してくれた。
アマーリエとアンナの里帰りの時には、フリードリッヒはハンゼルとローマンを馭者兼護衛としてつかせてくれた。さらに今回同行する護衛騎士五名も以前と同じ顔ぶれだった。
途中の町々で食事をするときに雑談をしたときにいろいろな話を聞いた。騎士たちは妻帯しており、馴れ初めなども楽しく聞いたし、フリードリッヒの小さいころの話を沢山聞けた。
アンナ目当てのアレックスとアレックスの幼馴染まで加わって十人強でのにぎやかな旅にも、今日の大きな馬車を貸してくれた。
黒塗りの馬車の外装は比較的シンプルだが、内装は革張りの座り心地の良い椅子があり、敷いているビロードの絨毯は踏むのを躊躇うような精緻な模様が描かれていた。アンナと二人で「もしかして靴脱いで上がるのかな?」とこそこそ話したのはいい思い出だ。
実家から王都へは物心ついて以降基本的に馬で行くのが当たり前だったため、馬車に乗り慣れていないアマーリエだったが、とても乗り心地の良い馬車だった。値の張るものだということは疎いアマーリエにもわかったので、貸してもらってありがたいを通り越して恐縮した。
荷物を積んでもらっているとフリードリッヒが出てくる。
「準備はできているか」
「ええ。若の荷物以外は積んでおります」
ハンゼルのいささか責めるような物言いに、フリードリッヒは苦笑を漏らした。
「優秀な執事と従者がいてくれて助かるよ」
フリードリッヒはローマンにトランクを渡す。
「団長、よろしくお願いします」
スカートの端をちょんとつまんでお辞儀をする。
「こちらこそ、安全にヴェッケンベルグまで届けるよ。何を置いても守る」
「団長。……お気遣いありがとうございます」
「君に傷一つでも付いたら、ギュンターは結婚式どころじゃなくなるよ」
「そうですか? あ、でも心配性ですから、心配かけてしまいます」
互いに微笑みを交わすと和やかな雰囲気が漂う。ギュンターという共通の話題もあるから、馬車内でも話題にこまることはないだろう。多分。
アマーリエはフリードリッヒの格好をじっと見つめる。
「どうした?」
「そのお召し物は初めて見るなと思いまして」
フリードリッヒの今日着ているコートは深緑と落ち着いた地味な色なのに、フリードリッヒが着ると途端に輝いて見える。さらりと着こなせるのは凄いなと感心する。
「ギュンターの式なので久しぶりに仕立てたんだ。式用の服とは別に訪問するにもきちんとした格好の方がいいだろうから」
「まあ! ギィお兄さまの式のために何着もありがとうございます、団長」
微笑むフリードリッヒに、アマーリエは嬉しくてにっこりと笑顔を見せる。フリードリッヒはギュンターとの友情をとても大切にしてくれている。
長兄ギュンターの結婚式に出席するため実家への帰省を申請した。フリードリッヒからどうやって帰るか聞かれたため「町屋敷の家人と帰るか、次兄か三兄に迎えに来てもらう」と答えた。
一本道なので一人で帰れないことはないのだが、道中は女性一人では危ないと止められていた。
『では、一緒に行かないか。私もギュンターの式には呼ばれている』
フリードリッヒの提案を即了承した。
(団長と一緒だ!)
王都からヴェッケンベルグまでの大街道はレンガできちんと舗装されており、雨で泥濘に車輪がはまって困るようなことはない。
アンナは「道の管理が面倒で、何よりお金がかかる」と街道街の領主の苦労を教えてくれたこともあったが、街道街の領主の苦労もあって、整備された大街道の旅は予定が組みやすい。
馬替えして昼夜問わず飛ばせば二日でつくが、馬車ともなれば普通に十日はかかる。
長い社交シーズンが終わり、騎士団でも交代で休みをとっている時期とはいえ、片道十日に在住三日の旅が許されている。毎回それだけの休みを貰えるのはありがたい。
さらに今年は、後日のアンナの帰省に同行しても良いと言ってくれている。
(ありがたいけど、団の皆に沢山お土産を用意しなくちゃ)
毎回土産は持ち帰っているが、今回はさらに何か持って帰ろうと思う。
帰ってすぐに国王陛下の誕生日を中心とした前後二十日ある収穫祭での警備に入るが、休みも通常通り貰える。
ハンゼルが馬車の扉を開けてくれたので乗り込もうとしたが、すっと扉の横に立ったフリードリッヒが手を差し出した。
「アマーリエ、手を」
「……はい」
手を取ると剣たこのあるごつごつした指の感触に胸が高鳴った。手が大きくて、指が長くて、何でも掴めそうだ。
(男の人の手なのに、いつ見ても綺麗)
大きいけれど、父親や兄たちほど分厚くなく薄い手だ。父親、兄のみならず親族の男性は基本的に大きくて分厚い。背が高くて体格が良くて、胸板が分厚い人が多い。だから初めて王都に来たときに〝薄い人〟が沢山いて「ご飯を食べていないのかしら」と驚いた。
だが、薄い手でもフリードリッヒが剣を掴む手は力強い。手の形が綺麗で、力強く剣を握って戦っている姿を見た時は見とれてしまった。
馬車内ではアマーリエは進行方向に向かって座らされ、フリードリッヒは向かいに座る。座り終えるとやがて馬車は走り始める。
アンナたちと楽しく帰った里帰りとは違い、広い馬車の中には団長と二人きりだ。あの時はアンナと隣り合って座って二人で楽しく他愛のない話をしていた。男性たちは馭者台に座っていて、屈託なく話ができた。
しかし、今はフリードリッヒと二人きりで向かい合って座っている。先程から心臓がドキドキしっぱなしだ。
食事に誘ってもらった時にも向かい合って座って話しているが、あの時よりも距離が近くて少しだけ困った。
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