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本編
ファーストダンス Sideアマーリエ ◆
しおりを挟む中庭に簡単に祭壇を作り、絨毯を敷いてウエディングアイルとして両側に椅子を並べる。教会内のようなセッティングだが、厳かだったり静謐な空間ではなく、開放的でくつろげるような温かい雰囲気だった。
ギュンターは花婿として堂々とした態度でとても素敵だった。ヴェローニカはエンパイアドレスを纏っていた。胸元やサイドのレースもドレープも綺麗で、胸下の切り替え部分にベロアを一部使った花の意匠は目を引いた。
予定より遅れた式ではヴェローニカの父親どころか姉たち三人――ヴェローニカは四人姉妹の末っ子――が寂しがりつつも泣いて喜んでいたのが印象的だった。アマーリエもちょっと涙ぐんでしまったが、母の忠告を胸に笑顔で祝福できた。
ラーヴェルシュタイン王国では式後に花嫁のキスをかけて、招待客と花婿が勝負をする風習がある。勝負は何でもいいそうで、コイントスでもチェスでも何でもいい。ただし、ヴェッケンベルグでは武器を用いた勝負に限る。
武器を用いた戦いであれば獲物は何でもいいが、負けると少なくとも三十年は後まで語り継がれるため花婿は必死なのだという。
昔は挑戦者はほぼ本気で花婿に挑んでいた。しかし百年ほど前、花婿と挑戦者の実力が伯仲しなおかつお互い負けず嫌いだったため、死闘というより泥仕合は二時間にも及んだという。そのあとのダンスをしばらく踊れなかった上に、踊れても膝ががくがくするほど深刻だったそうだ。
それ以降三十分制限とし、花婿に少しだけ花を持たせるように最後は負けるようにすることになったのだという。
ギュンターと無理やり連れだされたフリードリッヒの勝負も三十分後にはフリードリッヒが降参して終わった。二人とも久しぶりに剣を合わせたので楽しそうにしていた。
(いいなあ、ギイお兄さま。私も勝負したかったなあ……)
花嫁のキスをかけた勝負は女も申し込めるため、アマーリエもギュンターと勝負がしたかったし、フリードリッヒとも勝負がしたかった。だがドレス姿では戦えないし、勝負を挑んだとしてもイルムヒルデに制止されて陰で説教されるだろう。
挑戦が終わると結婚式も最後の催しとしてダンスがある。花嫁と花婿は日付が変わるころに適度に切り上げて初夜を迎えるが、他のものは管弦楽の調べに乗せて夜中踊り明かす。
花嫁の父と花嫁が親子最後のダンスを踊るラストダンスを終えて、花嫁の父が花婿に娘を渡してファーストダンスを花婿と花嫁が躍る。身長差はかなり大きいが二人は楽しそうに踊っている。
「アマーリエ、浮かない顔をしている。ギュンターにはちゃんと話をしたのだろう?」
「はい、団長」
横手から声をかけられて驚きつつも頷いた。
「ギイお兄さまにはちゃんとお礼を言えました。そうしたら、お兄さまは泣いてしまいました」
「予想通りだな」
アマーリエが報告すると、フリードリッヒは口の端を緩めて笑みを浮かべた。
「では、どうした?」
「ただ、その……私もヴェローニカさまの勝負に参加したかったです」
「君が?」
「えっと……仲良くなりたいんです。ヴェローニカさまとは一度しかお話できませんでしたし……でもドレス姿ですから、動くこともままならなくてもどかしいです」
ヴェローニカと仲良くなりたい。男兄弟に不満はなかったが、姉妹というものに憧れがある。アンナは三人姉妹で、姉妹そろって仲良しで貧乏になる前はカフェに出かけたり、刺繍をしたりという思い出があるのだと言っていた。アンナの話を聞いてアマーリエも「ギイお兄さまの結婚相手と買い物に出かけたりできたらいいなぁ」と思っていた。とりあえず二人でお喋りするところから始めたい。
もう一つの理由は単純にギュンターやフリードリッヒと手合せしたかったというものだが、それは黙っておく。
「あ、そうでした」と一つ思い出したことがあった。ちゃんと言っておかねばならないことだ。
「団長にいただいたアクセサリーを合わせたんです。素敵なアクセサリーをありがとうございます」
「ああ、礼を言われるような大したものではない」
さらりと謙遜しつつも続けて
「よく似合っている。可愛いよ」
さらりと麗しい声で言われてアマーリエの鼓動が高鳴った。
(素敵……フリードリッヒさま)
言葉の一つ一つは父にも兄にも言われたのだが、フリードリッヒに言われると威力が違う。社交辞令とわかっていても嬉しいものだ。
「アマーリエ、体を動かせなくて退屈だろう?」
「……っ……」
心の中を見透かされたようなセリフにアマーリエは言葉を詰まらせてしまった。
「……なぜ……」
言葉を絞り出して問うたアマーリエをみて、「ん?」と口の端に笑みを浮かべて
「顔に書いてあるよ」
長い指の背で頬を撫でられた。かっと熾るように頬が熱くなる。
「……すみません」
「君らしいよ」
わけもわからず詫びると、フリードリッヒは聞き流しつつも慰めてくれた。
「踊ろうか、アマーリエ。憂いを吹き飛ばそう」
「よろしいのですか?」
ファーストダンスが終われば花婿は花嫁の母親と、花嫁は花婿の父親とダンスをするのが習慣だが、それ以外は誰と踊ってもいい。小さな子供も手を繋いで輪になって踊り明かす。
「ああ、もちろん」
(団長と踊れるの?!)
今更のように嬉しくなって返事をしようとしたところで、ファーストダンスが終わったらしい。するとヴェッケンベルグの兵士たちや次兄や三兄、ハンゼルたちまで、老若男女関係なく皆は一斉にフォークでグラスを鳴らしだした。
「え? 何?」
「キスだよ。キスしろって呼びかけ」
「なるほど」
初めて知る風習だった。ギュンターがヴェローニカに囁き――多分説明しているのだろう――納得した風のヴェローニカに口づける。やっとここで拍手が起こる。
「アマーリエ、踊りは好きかい?」
「はい、大好きです」
「では」とフリードリッヒはアマーリエの前で片膝をついた。ざわっと周囲にどよめきが走った。
(え? 何?)
物語の騎士そのものの美しくも凛々しい姿に戸惑った。
「あなたとご一緒できる喜びと栄誉を一時私にお与えください」
「は……はい……」
返事をしたものの、フリードリッヒは恭しく跪いたままだ。
(あれ? ダンスをお受けするのってどうしたらいいんだろう)
どうしていいのかわからないアマーリエに鋭く小さな声で「了承するなら手を差し出しなさい」と母の声が矢のように飛んでくる。
そっと手を差し出すと、フリードリッヒは恭しく手をとり、指先に軽く口づけた。
フリードリッヒにエスコートされるがままにアマーリエは中庭の中心へと歩み、音楽の開始と共にダンスを始めた。
夢のようだった。一晩中、フリードリッヒと何度も踊った。父や兄、親戚や家臣とも踊ったが、フリードリッヒとは何度も踊れた。
フリードリッヒの手は大きな手だ。父カルーフほど厚みはないもののすらりとした長い指で、掌も大きい。この手で剣を振るっているのだと思うと胸が熱くなる。形まで麗しい手に何度も触れることができたのだと思うと感動もひとしおだった。
感動の余韻に浸りつつも、次の日はヴェローニカとも話をして少しゆっくり過ごせた。
予定外の滞在のため、帰りは馬車ではなく馬で帰ることにした。馬替えをしないのでさほど日程を短縮することはできないが、一日以上は短縮できる。荷物を馬車に積み込んで最低限の旅装で王都へと帰った。
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