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本編
おやすみ 2◆●
しおりを挟む「団長……」
静かに名を呟いて、そっと引き寄せるとアマーリエは名を呟いた。
今日の弱々しいアマーリエを傷つけないように、壊れないように、守るように抱き締めた。抱き締めるうちに強ばっていたアマーリエの体から少し強ばりが薄れる。
「ぅ……団長……」
アマーリエは涙をとめられないのか涙を流しながらしゃくりあげる。
「寂しいですぅ……団長……」
(やはり……な。まったく、兄妹でそっくりだな)
本当に芯の部分までよく似ているのだと思うと、頬が緩んで口の端が自然と引き上がった。
「ギュンターは君のことをとても大切にしていた」
「……はい。優しいギイお兄さま……大好きで……」
「ああ、ギュンターも君のことがとても好きだよ。好きすぎるくらい好きだよ」
妹至上主義すぎて呆れるほどだが、家族を愛し守りたいという揺るがない思いの強さは見ていて眩しいほどだ。
こくりと無言で頷くアマーリエの仕草も表情も子供のようだ。貴族の令嬢としてはあまり誉められない仕草であるが、涙で声が出ないのだから仕方ないと即座に思えるほど簡単に許せてしまう。
あやすように背中を叩いたり、優しく撫でて慰める。
(少しでもつらい気持ちが落ち着くといい)
「君の兄としてふさわしい人間であるようにと、ギュンターは努力していた。今も努力し続けていると思う」
口癖のように言っていた。努力をしていたのを知っている。家門を継ぐものとしての努力を怠らなかった原動力が妹であることは付き合いが長いのでわかる。途中でギュンターの妹至上主義ぶりに慣れてしまって「ギュンターだからな」でだいたい納得してきた。
アマーリエは再びこくりと頷いた。
「だから結婚したからと言ってね、君の手を離す男ではないよ」
フリードリッヒを含めた同期からのメッセージカードを渡したときの反応からいって、妹至上主義をやめる気はないようだ。
「……そう……でしょうか……だって昔……」
アマーリエは考え込みながらぽつりぽつりと話してくれる。
跡継ぎだから結婚したら家庭優先云々という話で、アマーリエは寂しくて泣いてしまったということだ。
ギュンターはそのようなことを言ったのかと思うとかみ殺しきれなかった苦笑が口の端に浮かぶ。
「格好つけただけにしか思えないな」
「でも……家庭と家が優先なのは当たり前ですし……」
「比重は婦人と築く家庭に傾くだろうけど、大切なものを捨てるような男じゃないよ。大事なものをよく理解していて、全てを抱えて大切にできるタイプだから。結構器用なんだ、あいつは。私よりも要領がいい」
「そうなのですか?」
「そうだよ。だから、そんなに寂しがらなくていい」
「……はい」
予想と理想と事実を混ぜて可能な限り美しい言い方をした。アマーリエはまた涙をこぼして「ありがとうございます、団長」と頬ずりして甘えた仕草を見せてくれた。
(愛らしい)
猫のようでかわいらしい。自分に気を許してくれている証拠のように思えて頬が必要以上に緩みそうになる。
「思うところは全部言えたか?」
アマーリエの気持ちを軽くすることを優先する。〝優しい〟以上の笑顔は必要ない。うぬぼれてはいけないと言い聞かせて努めて優しく促す。
「全部聞くよ……」
しかし、自分はどんなつもりで声をかけているのか、一瞬自分の気持ちを見失った。目の前の少女は好意を抱いている相手であり、自分の部下であり、親友の最愛の妹である。そんな相手はフリードリッヒの気持ちを知らない。フリードリッヒもまたアマーリエの想いを正確にはわかっていない。
そんな相手にどんな立場で声をかけたらいいのか。
逡巡する間を置いて口を開く。複雑な思いに口の動きが重い。
「……ひとまず、団長として」
無難な回答を出した。
「団長……」
「さあ、こっちへおいで」
アマーリエの手を引いて、鋸壁の狭間に腰かけてアマーリエを隣に座らせる。
大人二人座っても十分に間はあるが、あえてくっついて座った。安心させるように身を抱き寄せる。狭間吹き抜ける風になびく金の髪がきれいだ。憂いを帯びた心細そうな顔がきれいだ。頬にかかった髪をそっと横に流してやると、アマーリエの頬が染まった。薄暗くても直感できる。
アマーリエはフリードリッヒの肩にもたれたままぽつりと
「……義姉になるヴェローニカさまに不満があるわけじゃないんです。ヴェローニカさまはギィお兄さまを幸せにしてくれる……わかってるのに……」
くっついた肩から震えが伝わってくる。フリードリッヒの胸に体を預けて
「寂しいって気持ちが抑えられないんです……」
ぐすりと鼻をすすって「情けないです……甘えん坊で……」
「そんなことないよ」
「……ですが……」
否定すると顔をあげる。普段溌剌とした瞳がうるうると潤んでいて、女性が泣いているのに愛らしい様に口元が緩む。愛しさがこみあげて素直に愛しいと心が震える。
「可愛い、アマーリエ」
アマーリエの瞳を見つめながら涙をぬぐってやった。ぱっと花が咲くようにアマーリエの頬に朱が差す。
(ああ、綺麗だ。肌が白いから、色が映える)
「私にも妹はいるが、そんな可愛いことは言ってくれないだろうね。だから、ギュンターはとても幸せ者だと思う」
「……団長。ありがとうございます」
噛み締めるように礼を言うアマーリエの小さな声に気持ちがせり上がってくるが、小さくこっそりと息をついて落ち着かせる。
フリードリッヒは再びアマーリエを優しく抱き直す。今のアマーリエは弱々しくてあまり強く抱きしめたら潰してしまいそうだ。
「気持ちが落ち着くまでこうしている。今日の内に気持ちを落ち着けて、明日はギュンターの幸せを祈ってやってほしい」
「……はい」
心からの願いだった。友の幸せを思うと、妹に笑顔で祝われるのが一番だろう。
(きっと泣くだろうな、あいつは)
「お幸せに」の一言でも泣くだろうが、アマーリエは例え拙くとも、もう少し言葉を重ねるだろうから、ギュンターが最後まで聞けるか少し心配になる。
そんなことを思っていると、ぐっとアマーリエが身を預けてくる度合いが深まってきた。段々と力が抜けていったと思ったら、どうやら眠ってしまったようだった。
「よくお休み、アマーリエ」
抱き直して耳元で囁いた。
ここにいても、このままだとアマーリエが風邪をひいてしまうだろう。
アマーリエを横抱きにして、アマーリエの部屋に向かう。アマーリエの部屋のドアをそっと開けてベッドへと向かう。場所は知っていても内装を見たのは初めてだ。パステルピンクの花柄の少女らしい内装の部屋だ。ベッドに膝をついて、できるだけベッドの真ん中あたりに寝かせてやれば起きた時に寝ぼけても落ちたりはしないだろう。おそらく寝かせてやったら起きるだろうなと思いながら、刺繍の施されたベッドカバーの上に横たえてやる。そっと手を離したとき、
「ん……」
アマーリエが身じろいで手をもぞもぞと動かす。フリードリッヒのガウンを握ると満足したように自分に引き寄せて再び眠りに落ちる。
ガウンを握られたままでは動けない。だが膝をついた前傾姿勢のままでいるわけにはいかない。
フリードリッヒは仕方なく前傾姿勢のままガウンを脱ぐ。ガウンを脱いでアマーリエにかけてやる。多分肌寒かったのだろう。
アマーリエはやや幼い寝顔を晒してすやすやと眠っている。
その様に口元が緩む。普段から笑うことはさほど多くはないのに、アマーリエを見ていると口元が緩んでばかりいる。
多少乱れた髪をそっと整えてやって、身を離す前に額にそっと口付けてやって身を離す。
「お休み、アマーリエ」
少しだけ名残惜しく感じながら部屋を後にした。
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