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本編
後悔のあとは 1●
しおりを挟む薬効が消えるまで三日かかった。フリードリッヒにしてみればあっという間だったが、アマーリエはよく耐えてくれたと思う。七日間の休暇を与えると言っても休暇は不要というアマーリエを、マティアスと二人がかりで説得した。
フリードリッヒが薔薇の雫を飲まされたことは、団内でも内密にする方針だ。だから誰にも話してはいけないと伝えて、何とか昨日から休みを取らせている。
薔薇の雫を飲んだ次の日にアマーリエを訪ねてきたアンナには「風邪気味」と伝えているため、アマーリエは部屋でのんびりとしているようだ。ただ心配したアンナは食事を食堂から取ってきたりしているようで、仲良くて何よりだ。アマーリエの気持ちが少しでも安らぐといい。
フリードリッヒは溜まった事務仕事を片付けていた。主に休んでいた間のできごとをマティアスから確認していた。日報もマティアスが書いてくれている。
「なるほど、そのバカどもおかげで私はおろかアマーリエまで巻き込んだと?」
「そういうことだよ、むかつくことにね。遺憾ながら国王陛下と師団長閣下が大変ご立腹で厳しく処理済だ」
怒りを抑えて問うたフリードリッヒに、マティアスも口調こそさらりと言ったものの不快感を滲ませて答えた。
執務室のソファーに腰かけて、向かいに座ったマティアスから事件の経過の報告を受けていた。
薔薇の雫をフリードリッヒに飲ませたのは悪乗りした若手貴族数名だと、怒り狂った権力者たちの調査でわかった。
動機は「スカした騎士どもが薔薇の雫で女に襲い掛かったら騒ぎ立ててバカにしてやるつもりだった」ということらしい。実に馬鹿々々しい。
襲わせる予定だった令嬢はフリードリッヒが見つけた令嬢である。彼女も被害者で、立場を笠に着た連中に強引に酒を飲まされ、気分が悪くなったところで団の詰所の近くへ向かわせて襲わせる予定だった。団の詰所と休憩できる個室は安全性を考慮して比較的近くにあった。
もしくは薔薇の雫を飲んだ騎士と出くわさなくとも誰かと出くわすだろうから、現場を押さえる気だったようだ。薔薇の雫を飲んだ騎士が巡視に向かった場合は向かった先で欲情して、女を茂みにでも連れ込むはずだからどっち道騒ぎになって面白いだろうという、どこまでも身勝手極まりない連中だ。
フリードリッヒ以外にも二名飲まされたらしいが、問題を起こすことなく娼婦もしくは妻を相手に事なきを得たそうだ。
部下三名に薬を飲ませ、なおかつ騎士の名誉を失墜させるつ目的だったということで王弟たる師団長閣下は大変立腹しているとのことだ。
またルートヴィッヒと国王ヴィルヘルムにとって、フリードリッヒは甥である。降嫁したとはいえ、大切な姉妹の息子に薬を盛ったことに周囲が戦くほど立腹し、結果予想よりも厳罰になった。
「表ざたにはできない分思い切りやっちゃったみたいだから、私も知らない罰も受けてる可能性もあるけどね」
王城地下での禁錮一年ののち貴族籍剥奪という厳しいものだが、内密に追加で罰を受けている可能性があるとマティアスはいう。王城の地下というだけで重犯罪者扱いだ。看守や見張りの兵士性質からも冷遇されて過ごすことになるのだろう。
何にせよ、犯人は捕まったが王族直々に処罰を決めているなら、フリードリッヒが手を出せる範疇にはない。
「現段階では役職以外には秘密で。ただそのうち噂で流れてくるだろうね。シーズンは始まったばかりだし」
「ああ、そうだな」
頭の痛い話だ。
ヴィルヘルムとルートヴィッヒの判断でカサンドラには内密にしているらしい。最愛の息子が媚薬を飲まされたとカサンドラの耳に入れば卒倒しかねない。耳に入った場合はマルスがフォローできるように、マルスの耳には入れてあるそうだ。
(父がいれば安心か……いや、私の相手をした女性がアマーリエであることはばれないようにしなければいけない)
『まあ、フリッツ。男として責任を取らなければいけないわ。ね? ね? だからね、早急にお式をしましょう。大丈夫よ。頑張ったら一月あればお式はできるわ。それに……』
言われてもいない台詞が母の声で読み上げられる。幻の母の声を振り払うように頭を振った。
「はあ……気が重い」
「愛が深いんだね。王族は」
ラーヴェルシュタイン国の王族は家族愛が強い一族と言われている。また伴侶となる異性や友人への愛情も深く、同時に愛に執着する特質があるらしい。
「かなり小さいころはともかく、今は正直持て余している」
「息子ってそういうものじゃない? 母親のお節介的な愛情が鬱陶しいとか面倒くさいとか……有り難いって思えるのって三十超えてからかな」
「あと数年でそう思えるようには思えんよ」
母親という懸案事項はあるものの、ひとまず通常の業務に戻れそうだ。
「マティアス、事務処理済まなかった。しばらく帰ってないのだろう? 今日は帰ったらどうだ。娘に顔を忘れられてしまうんじゃないか?」
マティアスを労って帰宅を促す。マティアスは妻帯していて、四歳になる娘が一人いる。妻を愛しているのは無論のこと、一人娘を溺愛していた。役職なので家に帰れないことが多く、小さいころ人見知りされたのが心の傷になっていると言っていたことを覚えている。
「何を言っている。ちゃんと父親と認識されているよ。ただ「お父さまは私よりお仕事が好きなんだわ」とか「今度はいつお泊りできるの?」とか聞かれるくらいさ」
「……今日は無理せず帰れ」
乾いた笑みを浮かべた副官に重ねて帰宅を促した。
騎士の仕事上、夜間の緊急時に備えて宿直待機をする必要がある。そのため妻帯していても毎日帰れるわけではない。妻帯者のほとんどが団の近くの騎士町と呼ばれる一角に居を構えているため、宿直待機前にちょっとだけ帰るという方法をとっている団員が多い。だが、マティアスはここしばらくそれすら行っていないはずだ。
マティアスは何か言いたげにフリードリッヒを観察しているのに気づいた。
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