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本編
報告と選択
しおりを挟む「団長!」
(何で……来てくれた……)
アマーリエもゲラルトの肩越しに刺した人物を見た。
戸惑いと歓喜が、ぱっと心の中に広がる。
騎士服を纏ったフリードリッヒが鋭い眼差しゲラルトを見据え、愛剣で手を突き刺していた。
周囲を見ると、マティアスをはじめとした第十一騎士団員の姿がちらほらとあった。
「っくそっ」
ゲラルトが悪態をつくと、フリードリッヒは剣を引き抜く。ゲラルトは手を抑えて数歩足もとがふらつきながら横に移動する。
だがすぐにアマーリエを人質にしようとしたのか、アマーリエとの距離を詰めようとする。
だが――
「ぐはっ、がっ……」
左拳を握り込んで、ゲラルトの右腹部に叩き込む。同時に足払いをかけて転ばせる。
倒れたゲラルトをよく見ると右手だけではなく、左腹部もけがをしていた。先ほどアマーリエが殴った時にフリードリッヒが刺したのだろう。
フリードリッヒは厳しい面を崩すことなく、呻いてうずくまるゲラルトの両大腿を斬った。足を傷つけることで逃走防止になる。
「拘束しろ。師団長及び王城へ連絡。暴行の現行犯だ」
騎士団員の犯罪は師団長に報告が行き、ひとまず王城地下の牢屋へ収容される。そこから既定の監獄へ移送される。王城への移送までは騎士団の仕事だ。
血振るいをして剣を収める。一枚絵のような凛々しさと美しさのある姿を改めて認めると、体の奥がじんと熱を持ったのを自覚した。
じわっと染み出るように熱が広がっていく。
(あれ……)
心臓の鼓動が駆け、体の奥がむずむずするような感覚に苛まれる。熱くて意識が霞がかかったようにしっかりしない。
「アマーリエ嬢、大丈夫?」
ぼーっとしたアマーリエを気にしてマティアスが駆け寄ってきてくれた。
「副長……」
マティアスは気遣いの色も濃くアマーリエを覗き込む。ふわりと気持ちよくなってマティアスにもたれるように抱き付いてしまう。
マティアスは少々驚いたようだが、優しくアマーリエの背をぽんぽんと叩いてくれた。
「よしよし……よく頑張ったね」
アマーリエが落ち込んでいるとでも思ったのか、励ますように声をかけてくれた。
(副長……優しいなぁ)
入団した時から穏やかで優しくアマーリエを気遣ってくれたマティアスだ。もたれかかるようなことをしたことはなかったが、とても安心する。兄に甘えている時のような心地よさだ。
(あ……いけない……)
マティアスは兄ではない。既婚者なのだから、いつまでも抱き付いては失礼だ。
「す、すみません……副長」
「いや、大丈夫?」
「……はい」
頭がぼーっとして上手く体が動かないが何とか身を離す。
(薔薇の雫の薬効が強くなってきたのかな……体の自由がままならない……)
頭が働かず、それに伴って体の動きもままならない。
(団長も……こんな感じだったのかな……)
フリードリッヒは凛々しい立ち姿のままこちらを睨むように見ている。もしかしたら捜査をしていたことがばれてしまっているのだろうか。
「アマーリエ!」
「……ヨハン……来てくれたのね」
「ごめんね、遅くなって……」
ヨハネスが駆け寄ってきてくれる。来てくれただけで嬉しいが、ヨハネスは泣きそうな顔をしている。
「ヨハン」
大丈夫だよと言ってあげたいと思いながら自然と抱き付いてしまう。
(あれ……駄目だ……友達なのに……)
ますます気持ちよくなって、眠りに落ちる前のように体がいうことをきかない。眠りに落ちる前とは違って、体が熱くて熱くてたまらない。
「アマーリエ? ……怖かった? ごめんね」
「ヨハン……」
大丈夫だと言ってあげたいのに、上手くしゃべれない。代わりに身を摺り寄せてしまう。
「っえ、アマーリエ」
びっくりしたようだが、安心させてくれようとしたのか、アマーリエを抱きしめてくれる。
「……っひっ団長……」
ヨハネスはびっくりしたような声をあげて手を離してしまう。
(団長?)
見ればフリードリッヒが先程のように厳しい目でみている。
(ああ、団長……睨んだお顔も凛々しいなぁ……)
ヨハンから手を離してふらふらとフリードリッヒの前に歩み寄る。
「アマーリエ、どうした?」
硬い声で問うフリードリッヒの唇が目に入る。
(団長……またキスしてほしい……)
『抱きたくなかった!』
脳裏によみがえった声にはっと我に返る。体中を蝕むような熱をいささかなりとも冷ます。
(しっかりしなさい! 団長にきちんと報告しなきゃ。騎士としてはお役に立ちたいって思ったんだから)
「いえ……あの……報告です」
霞みそうになる意識を保ちたくて拳を握る。
「ゲラルト・シンデルマイサーは、薔薇の雫の売人か元締めと親交があったようです。安価で譲渡を受けていると言っておりました」
アマーリエの報告にフリードリッヒのみならず、周囲にいた団員たちは息を飲み、周囲に緊張が走る。
「その者をゲラルトは「おっさん」とか「伯爵閣下」と表現しておりました。カジノで……困っていたところを助けられたと言っていました。ゲラルトは嘘はついていないと言っていましたが、ミスリードかもしれません」
「わかった」
「フリードリッヒから師団長にあわせて報告してくれ。私は二人から事情を聞こう……何かありそうだ」
マティアスは油断なく視線をアマーリエとヨハネスに巡らせる。
何をしていたか、はっきりとした内容はばれていないようだが、時間の問題のようだ。
「私の責任です。私がお願いしてヨハネスを巻き込んだんです」
「いえ、違います。僕……いえ、私は私の責任で動きました。アマーリエを止めませんでしたし、私にも責任があります」
「ヨハン!」
「間違ってないだろ? 君を止めなかったし、僕が他の同期とやっても良かったんだし」
「そんなことないもん。私が言い出したことなのよ」
「はいはい。そこまでにしなさい」
白熱しかけたやり取りを冷静なマティアスの声が止める。
「簡潔に何してたか言いなさい。今日はバタバタしてるから、詳しい説教は明日にするよ」
穏やかだけれど有無を言わさないきっぱりとした響きだった。
「薔薇の雫について探っていました。団としての調査だけでなく個人的な調査を併用したほうが、敵に感づかれることなく捜査ができると思っておりました」
ヨハネスの説明にマティアスは「なるほど」と言いつつも何か言いたそうだ。だが「説教は明日」と言った手前飲み込んだのだろう。
明日には説教をされてしまうと思うと気が重い。
だが、アマーリエはそれどころではない。
(どうしよう。すごく体が熱い。お腹の下の方がへん……触られてもないのに……キスもされてないのに……)
深く口づけされたり、交わっているときにきゅっと疼くことがあった。今はそれのもっと穏やかな、むずむずとする感覚を感じていた。
(薬貰わなきゃ……貰って飲んで……自分で何とかしなきゃ。団長にはお願いできないもん)
他の人などもってのほかだし、フリードリッヒには頼めない。葛藤があるが、ふと以前の三日間のことが思い起こされる。
(……すごく気持ちよかった。薬も飲んでいないのに、私、ずっと気持ちよかった……っだめ、こんなこと考えちゃいけない)
思い出をかき消すようにふるふると頭を振る。こんなことを考えてはいけない。
「アマーリエ」
静かに名前を呼ばれた。冷たく研ぎ澄まされた低い声がどこか甘やいで聞こえる。目を向けると薄明の色の瞳がやや眇められる。
「ゲラルト・シンデルマイサーは薔薇の雫を譲渡されていると言っていたな」
「はい」
「では使用についてはどうだ? ……お前に使ったのではないか」
「……はい」
やや確信めいた響きでもってフリードリッヒは問いかける。問いにアマーリエはわずか迷った末に小さくうなづいた。マティアスやヨハネスにも息を飲むような緊張感が走る。
フリードリッヒは薄明の色に明らかな怒りの炎を宿した。
「なるほど」
しかし、呟いた声は冷静だった。
「アマーリエ、選びなさい。私に抱かれるか、それ以外か」
有無を言わせない、人を従わせるような威圧的な響きが込められた静かな声に、アマーリエは身を焼くような熱に浮かされたまま呟いた。
「団長が……いい……です」
「わかった。……来なさい」
促されるままフリードリッヒの胸に身を預ける。熱くむずむずしていたものが蕩けて滴った感覚を覚えた。
「済まない、マティアス。報告を頼む。馬車を用意してくれ、アマーリエを連れて私の別邸に……」
「団長、侯爵家は私の親戚です。部屋を用意してもらうこともできます。症状が出ているなら、早い方がいいと思われます」
「そうか……なら頼む」
「はい、了解しました」
軽く一礼して走り去る。
(ヨハンにも迷惑をかけてしまったわ……ごめんねヨハン)
フリードリッヒに縋るようにして立って、ヨハネスの遠くなる後姿を見送った。マティアスと軽く打ち合わせをしている整った横顔をぼんやりと見ていた。師団長への報告はマティアスが行うなどと話しているのがぼんやりと聞こえてきた。
「アマーリエ、抱き上げるぞ」
「っ……はい」
横抱きにしてガゼボまで行き、椅子に座らせてくれる。
「すみません」
「楽にしているといい」
「……すみません。さっきまで何ともなかったのに団長が助けてくれて、ほっとしたら急に体が変になって……あの、団長もこんな急になったのですか?」
「……ああ、違和感から始まってはっきりと自覚するまでにそう時間はかからなかった」
フリードリッヒは仕事中に薔薇の雫を飲まされたはずだ。そういう状態で働くのは辛かっただろうなと思った。飲まされた自覚がないのに体がおかしいと感じるのは不安が尽きなかっただろうなと思うと胸が痛むが、痛みすら飲み込む媚薬の熱がアマーリエの体を苛んだ。
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