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本編
名前で呼ばれたら ●
しおりを挟む「指示通りに部屋を整えているから、まず部屋を紹介してくれればいい。料理に至るまで、アマーリエさまの好みを踏まえて準備は一通り整えているけど、フリードリッヒからもさりげなく聞いてみてほしい」
「わかった。ギュンターたちから聞いたのなら間違いはなさそうだがな。アマーリエは嫌いなものはなかったはずだし」
昨年、ギュンターの結婚式に行った時など接触するたびにいろいろ聞いているらしい。さらに旅中で雑談をしたときにいろいろ聞いていた。
「でもお好きなものはあるし、お好きなものもいろいろ変わるものだよ。ギュンターさまやアンナさまにも聞いてるから、メインからデザート、内装に至るまで完璧を自負しているけど、念のため……そしてアマーリエさまとの愛を深めるために頑張って話しかけるんだ」
「……なぜそこまで……」
フリードリッヒは浮かれないように自制している一方で、ローマンはやけに気合が入っている。温度差にフリードリッヒは驚いてしまう。
「いつ、アマーリエさまをお迎えしてもいいようにだよ。何かの拍子に……例えばそうだな遠駆けをした帰りに湯を使うとか食事をするとかいったときに、アマーリエさまにお気に召していただけるよう、いろいろな場面を想定して常に情報を得ている。午睡に利用していただけるよう部屋の内装も変えている」
「家の主は私なのだが……」
内装を弄ったとは聞いていない。別邸は荷物置き場のような利用方法なので、内装や外装は――公爵夫人たる母の意向がじゃっかん混じっているとはいえ――簡素にしている。アマーリエを連れて行っても味気ないので、今まで連れて行ったことはなかった。
「主がちゃんとしないから、家人が頑張ってるんだよ」
「仕事しろ」
「この上なく頑張っている部下にそういうこと言うかな。奥様にばれないように、ハンスとコツコツ変えたんだよ」
フリードリッヒの従者というだけではなく、軍に所属して軍の仕事をしている。頑張ってくれているとは思うが、いささか腑に落ちない。
ヨハネスの親戚だという侯爵家の部屋でローマンから準備と調査を指示していたので報告を受けていたが、従者兼乳兄弟の妙な情熱を目の当たりにしていささかげんなりとした気持ちが胸に広がる。
指示の完了報告以外では、ゲラルトについての追加報告を受けた。ゲラルトは最初はきちんとしていたそうだが、金を持ってだんだん身を持ち崩してきた。ここ数年は賭け事と女遊びが激しいのだという情報もきいた。
カジノにハマっている男くらいの認識だったが、まさか薔薇の雫の胴元とつながりがあるとは思ってもなかった。
ゲラルトは昨日の内に王城地下に収監され、本日は取り調べがある。ルートヴィッヒ自ら立ち会うのだとローマンは教えてくれた。ローマンから師団長より、明後日――日が変わったので明日となった――ルートヴィッヒのところへ顔を出すようにと伝言をうけた。おそらくゲラルトからの情報を伝えてくれるのだろうが、わざわざ呼び出す理由がつかめない。
(まあ、いい理由ばかりではなさそうだ)
王族の一員でありながら王族の守護と王都の平和、そして甥っ子弄りに心血を注ぐルートヴィッヒは、やや人格が歪んでいるため会いたくなかった。
しかしアマーリエの為に行動するべきだとフリードリッヒは気を取り直す。アマーリエをつれて三日間過ごす程度でもきちんと整えてやりたい。
「世話役は母のみだけど、たぶん問題ないと思う。理由を話して奥様には絶対に話さないでほしいと伝えてるけど、これもフリードリッヒから釘をさしておいてほしい」
「そうだな。ザンドラに任せておけば大丈夫だろうが……」
ローマンの提案で世話役を乳母のザンドラに任せた。気はきく上に世話焼きなのできっとアマーリエは不自由しないだろう。
しかし、一方で懸念すべきことがある。ザンドラはカサンドラの忠実な女官だった女性で、未だに忠誠心は高い。カサンドラの子供の乳母になれるように、早めにバルツァー家と近い家門の男と結婚し子供を設け、カサンドラと同じタイミングで子供を作ったほどだった。そんなザンドラがカサンドラから何かを問われたときに黙っておくことができるのだろうか。
「フリードリッヒから言えば、まあいうこと聞くよ」
「……そうだな」
乳母は第二の母親ともいえる存在だ。乳を与え、通常五歳くらいまでは養育も行う。
いうことを聞いてくれるかはさておき、フリードリッヒには甘いところもあるザンドラなので、そこに期待するよりほかはない。
「お待たせいたしました」
ザンドラの声に洗面所の方向を振り返る。。
白いエンパイアドレスにハーフアップ姿のアマーリエがザンドラに手を引かれて洗面所出てきた。
清楚な姿に目を見張る。どうやら薄く化粧をしてもらったらしい。
髪を下ろした飾らない自然な姿を見せてくれるのが嬉しい。ザンドラが準備をしたということはわかっていても、自分にもプライベートを見せてくれているということは心を許してくれている証のようで心が弾んだ。外食の時もフリードリッヒと二人の時は髪をまとめている。こうした姿を見るとプライベートに入ることが許された感覚に陥った。
もちろん髪をまとめた姿も美しさを損なわない。品のある凛とした姿が美しく、愛らしさを損なわない。
アマーリエは愛らしさと美しさのバランスがちょうどよい。いつどんな姿であっても心地よいバランスでフリードリッヒの隣に立っている。
目を細めてアマーリエの美しも愛らしい姿を見つめた。自然と頬が緩んで自然と口が開いた。
「良く似合っている。綺麗だ」
「……そんな」
白い頬をぱっと赤くした。はにかんだ顔はいつもの騎士然としたきりっとしたものではなく、ヴェッケンベルグ領でみせた愛らしく緩んだ普通の女の子らしい表情だ。
「ドレスを準備してくださったフリードリッヒさまのおかげです」
「団長」ではなく「フリードリッヒさま」と名で呼んだ。
鼓動が驚いたように跳ねる。思ってもみなかった呼び方に呆気に取られて見つめてしまう。
いつもの上司と部下ではなく、完全にプライベートに入ったように感じられた。
じわりと兆す喜びの波紋に浸っていると、アマーリエが狼狽え始めた。反応がないフリードリッヒに慌てたのだろう。
ザンドラは「あらあらしょうがないですわね」と言わんばかりのあきれ顔だ。こほんと軽く咳ばらいをして取り繕う。
「い、いや……気に入ってくれたのならいい。……ザンドラ、ご苦労だった」
「勿体ないお言葉でございます」
ザンドラは丁寧に何事もなかったかのようにすまし顔でお辞儀をする。しかし、どこか得意げな顔だった。
手を引いて用意してあったバルツァー家の馬車に乗る。ヨハネスの親戚の侯爵にはすでに挨拶をしているので、アマーリエの姿をむやみに晒すことなく別邸に帰宅した。
別邸は四階建てに地下一階の屋敷に庭がついている。庭が少し広いくらいで、造りとしては一般的な作りだった。かつて両親が侯爵位を継ぐ前に住んでいたところだ。庭に薔薇が多いのは母親の意向が反映されているのはそんな理由もある。
アマーリエを予定通り――アマーリエ好みに改装しているという客間へ案内した。
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