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本編
愛は語るものだよ ●
しおりを挟む「楽にして差し上げましょうか、義父上」
ルートヴィッヒの隣で塑像のように立っていたエルヴィンが口を開く。
シトリンの眼はどこまでも淡々とし、ダブグレーの髪の色と同じく静かで淡々とした声でエルヴィンはルートヴィッヒに問いかけた。
四十も半ばとなったというのに、未だに騎士団最強の騎士であり、隙のなさから「鉄壁」と言われている。
淡々としたエルヴィンのいう「楽に」は「息の根止めるぞ」と同義語である。
さすがにルートヴィッヒは笑いを治めて「それには及ばないよ」と手を振ると、エルヴィンは静かに会釈をする。フリードリッヒに向き直り、熱のない口調を変えることなく「フリードリッヒ団長」と静かに呼びかけた。
「ゲラルトの傷を見ました。手の腱は綺麗に斬れていましたが、足の斬り方が甘いですよ。あの体格ならもう少し足を斬っておかないと、ものの一週間ほどで回復します。せめて片足の足首の腱を斬りなさい。しばらく動けませんから」
「は、ご指導ありがとうございます」
エルヴィンが最強と言われるのは技術の高さと判断の冷徹さだ。フリードリッヒはまだエルヴィン程正確に斬ることはできない。
「いやあ、人二人斬り刻んだ男が言うと説得力が違うなぁ」
「お言葉ですが、義父上。私の趣味で行ったわけではありません。「女性に乱暴してはいけません」「上官が話をしているときに勝手に場を離れようとしてはいけません」「上官が話をしている時にはきちんと顔をあげて上官を見なさい」「止血は圧迫止血が基本ですよ」……と常識を指導したにすぎません」
淡々とした声をいささかも乱すことなく、先の言葉を言いながらエリーゼに酔って乱暴しようとした男二人を即切り伏せた。薄暗い中でも正確に足の腱を斬り、手の腱を斬った。圧倒的実力差に怯える二人の肩を潰し、一言言うたびに戯れのように皮一枚ずつ斬っていったため、男たちには無数の傷跡があったという。
止めのように「圧迫止血」と称して血が流れている足を体重をかけて踏みつけた。ここまでしても決して檄することなく、一分の狂いもなくやってのけた。
なぜ詳しく知っているかというと、フリードリッヒは天敵とはいえ一応エリーゼの従妹であるため、見舞いに行ったらうっとりしながら惚気とともに教えてくれた。
この件がきっかけでエルヴィンはエリーゼと結婚することになる。長年の恋が実ってエリーゼはこの上なく浮かれていたのを覚えている。傷ついているだろうと心配していた自分が馬鹿らしくなるほど、何の心配もなかったというわけだ。
「私が斬るところどこもなかったじゃない。エルヴィンのいけず」
笑顔で言うが当時は溺愛する娘に仇名そうとした不埒もの二名にルートヴィッヒも静かに怒っていた。不埒もの二名の行方は杳として知れない。エルヴィンは二人を剣は握れないほど握力は相当弱いが、一応日常生活は不自由ながらも送れないことはないという絶妙な潰し方をしたが、行方が知れないということは……と団で噂になったことがあった。多弁なルートヴィッヒはこの件について多く語らない。そのため深く言及していない。
「前胸部と背部それぞれ残しておりましたよ」
「それにしてもねえ。エルヴィンあれで落ちるんだって思ったよ。私の娘が十数年も頑張ってたのに、切っ掛けあれなんだって。エルヴィンそういう趣味なの?って」
「胸倉掴んで恫喝されましたので、とうとう諦めたんですよ。エリーゼ五歳のころから愛していた方が自然と思われてはおられないでしょう。せめて結婚可能年齢を過ぎないと話になりません。そこからの年月でお考え下さい」
胸倉をつかんで結婚しろと迫ったというのはエリーゼから聞いている。どこまでも事実を言っているのだろう。
エリーゼは「エルヴィンったらつれないの。愛を語りましょうと言っても、仕事で忙しいって言ってなかなか相手してくれなかったのよ。最近やっと本を読んでくれるようになったわ。これはやっと私の愛が通じてきたのだわ。二十歳離れてるから、エリーゼから愛を深めていかないと。愛は戦いなの!」と六歳のとき、いとこ同士の交流を深める茶会で言っていた。
つっこみたいところは山のようにあるが、五歳のころから本気でエルヴィンを好きになり、驚異の行動力で押しに押していた。本人もどうかと思うが、行動を許していたのは父親のルートヴィッヒだ。親子二代で絡まれたエルヴィンにはいささか同情するところがあった。
「フリードリッヒ団長とは違って、年齢差も身分差もかなりありましたので覚悟が決まるまでに時間がかかりました」
ちらりとフリードリッヒを見て淡々と答える。何となく当てこすられているように感じられる。
「お前は年齢も身分差もないくせに覚悟を決めるのはたやすいだろう。でも覚悟を決めてないのはお前が優柔不断なんだ」と言われているように感じられた。
淡々と塑像のように表情が動かないエルヴィンの口元にシニカルな笑みが浮かぶ。
「ねえ、フリードリッヒ団長?」
「いえ、そのような……」
(やはり皮肉か。自分でもわかっているのだから、放っておいてくれればいいのに)
さすがにルートヴィッヒの元直属の部下で、長年付き従い、なおかつエリーゼを娶るだけのことはある。先程からの雑談はフリードリッヒへ当てこするためのものだったらしい。
「でもね、フリードリッヒ。お前も覚悟を決めなさい。アマーリエ嬢とはどうするつもりなんだい? 中途半端はいけないよ」
「アマーリエは騎士になるという夢を抱いて入団してきて、努力を続けています。そんな彼女に思いを伝えたらどうなるかはお判りでしょう、叔父上」
「え? キャシー姉さまと母上が泣いて喜んでどんな結婚式でもドレスでも旅行でもすぐにセッティングしてくれるよ? あ、カルーフも泣くかな」
あっさり言うルートヴィッヒに怒りがこみあげる。フリードリッヒの言わんとするところをわかっていて外してきた。
「閣下、私はアマーリエが騎士を続けたいのに、強引に結婚にもっていかれることを憂慮していると申し上げております」
「そこは説得したらいいでしょ? キャシー姉さまも母上も話せばわかるよ。フリードリッヒ、まず愛する人に愛を語らなければいけないよ。フリッツはのんびり屋さんというよりずぼらさんだねぇ」
「初対面で結婚申込みした男からみたらそれはもうじれったいでしょうな」という台詞を苦労して飲み込んだ。ルートヴィッヒは公爵夫人に一目ぼれしてすぐに結婚を申し込んだ男だ。その後もぐいぐい距離を縮めて愛を勝ち取った。愛を語らないのはあり得ないのだろう。その精神は四女へと受け継がれているのだから、甥に求めないでもらいたい。
「わかっていただけないから困っているのです。幸いにして父と祖父は理解してくれているからまだ何もないだけです。少なくともアマーリエに話ができる段階まで静観していただきたい」
「ああ、ということは具体的に話を進めていくつもりなんだね。安心したよ。大切な娘をヤリ棄てだなんて我が友カルーフが知ったら、決闘を申し込まれるよ。甥が惨殺されるのを見るのは心苦しい。カルーフが本気出したら私では止められないからなぁ。エルヴィンに頑張ってもらわないと」
カルーフは熊伯と渾名されるのは熊のように体格がいいことと、誰よりも強いことから呼ばれているのだと聞いたことがある。フリードリッヒよりも頭一つ大きく、フリードリッヒの倍くらい胸板は分厚い。あの膂力から繰り出される一撃は文字通り骨身も砕くだろう。
「嫌ですよ。腕がもげます。誠実な友人たる義父上が身を挺してください。骨は拾います。義母上へのお託がありましたら承りますよ」
どこまでも熱のない声で言うと、ルートヴィッヒは「酷いなあ」と笑ってから、フリードリッヒに微笑む。邪気のない穏やかな微笑みだ。
「アマーリエ嬢が待っているんだろう? ちょっとしたチョコでも買って帰ってあげなさい」
「お気遣いありがとうございます。失礼いたします」
一礼して師団長の執務室を足早に後にした。
********************
ストレス回終了しました。
甥っこ虐めに全力を注ぐルートヴィッヒと、意図を正確に読んでそのノリに淡々とついてこれるエルヴィンにいびられて傷心のフリードリッヒはこのあとアマーリエのお土産を沢山買って帰りました。
フェミニストなルートヴィッヒはさっさとアマーリエに愛を誓って、アマーリエの意向に添えるように全力で取り組むべきだと考えているので、フリードリッヒの見守り姿勢がじれったいんです。
ルートヴィッヒなりにフリードリッヒを可愛がっていますが、フリードリッヒには通じていません。
多分相性が悪いんです。
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