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本編
今日、嫁ぐ日に ~母と娘~ 2
しおりを挟む「え?! 初耳だわ」
イルムヒルデが恋愛推奨派だったとは思わなかった。何となく聞いてみたことを肯定されてアマーリエは驚いた。
「あら、言ってなかった? 大恋愛というわけではなかったのよ。年上の男性に片思いしてその方は他の方と結婚しただけだけれど、失恋は失恋よ。失恋してすぐに伯との見合いをしたの。……誠実に向き合ってくれた伯の為に頑張ろうと思ってこれまでやってきたのよ」
以前アンナに「辺境伯夫人のために辺境伯はヴォルティエとの交易を積極的に行って、刺繍の図録とかレースとか取り寄せてきたんだって。辺境伯閣下のおかげで図録とか手に入れられたって、刺繍好きの私の母が教えてくれたの。ご両親、仲いいのね」と最初に雑談した時に話してくれた。
社交界では仲の良い夫婦として有名なのだと言う。社交界のうわさなど知らなかったが、娘の眼から見ても確かに仲のいい夫婦で、アマーリエだけでなく子供たちの理想の夫婦だったと思う。
「だから、「辺境の熊」だのなんだのと揶揄してくる連中を叩きのめしてやりたくて社交には念を入れてきたのです。伯は貴様ら如きとは格が違うんだよ! ……とずっと思ってきたわ。だから、お前も旦那さま――フリードリッヒさまのために胸を張って戦いなさい。嫁いでもヴェッケンベルグの心を忘れてはなりません。いいですかお前は社交に関して経験が足りなさすぎです。嫁いで数年はお姑さまについて修行なさい」
「わかったわ、お母さま」
青筋を立てて強い眼差しで訓告する母に、アマーリエも力強くうなづいた。
夜会に何度も参加したけど、本格参加ではない。本格的なお茶会もアンナや先輩たちと身内だけの気楽なお茶会を開いただけだ。
慣れるまで時間はかかるかもしれないが、ちゃんとものにしなければいけない。
「愛がなくても結婚できるけど、やっぱり愛がないと身が入らないし、続かないのだと思うのよ」
「じゃあ、大丈夫。私はフリードリッヒさまを愛しているもの」
にこりと笑うと母も口元をほころばせた。「もう……そういうやたらと前向きなところはお爺さまに似たのね」と呟いて続ける。
「もし既婚者を好きになって苦しい思いをさせたくないとかなんとか騒いでいたのはギイたちだけなのよ。……まったく大きな図体して情けない。そんなの若手部隊でもあるでしょうに……と思ったのだけど、最終的には直前まで在籍していた三人の意見を尊重しました」
面接の前にどこの部隊に希望を出すか家族で話したときに
『強い人のいる部隊がいいわ! 一から六までどこでもいいの。……おじさまばっかりでもいいもん。強いおじさまならいいの』
そのようなことを言って兄たちに困惑され、説得にかかられた。ただ、母親からは特に反対されなかったなと思い出す。
「じゃあ私が二十歳くらい年上の男性と結婚したいと言っても許してくれたの?」
「きちんとした方ならよろしい。ルートヴィッヒの末の姫君も年上の方と結婚なさったでしょう? あのくらい離れていても私は気にしませんよ。伯はどうだかわからないけれど」
エリーゼの結婚式には両親とギルベルトが参加していた。ギルベルトはエリーゼの同期で仲が良かったので、入団前に妹をよろしくとエリーゼに頼み込んでくれた。
イルムヒルデは気を取り直したようにアマーリエを見てきっぱりと言い切る。
「アマーリエ、まずお父さまをお呼びしますから、感謝でも文句でも言いなさい。すでに泣いていらっしゃるから、何を言おうが言うまいが構いません」
あまりのいいようにアマーリエの口の端に苦笑が浮かぶ。
「文句はないわ。……というかお父さま、もう泣いてらっしゃるのね」
「ええ。フリードリッヒさまには「嫁に出す覚悟をする時間をいただきたい」とか言っていたのに、いざとなったら寂しくてたまらないのですって。もう三日も神経質になってるのよ」
「お父さま……」
溺愛と言っていいほど可愛がってくれたカルーフの切ない気持ちを想像すると胸が痛む。
フリードリッヒと結婚の許しを得るためにヴェッケンベルグの本城へ行ったときに「すぐに結婚したい。一カ月あれば式もドレスもバルツァーの名誉にかけて完璧に整えられる」というフリードリッヒと「ヴェッケンベルグ辺境伯家の娘を一カ月で嫁に出すなどもってのほか。アマーリエへの教育を含めて最低一年は準備にかける」というイルムヒルデと意見が真っ向から対立した。
兄たちとヴェローニカはどちらにも味方はしていなかった。とくにヴェローニカはどちらの意見にもうんうんと頷いてからカルーフに意見を求めた。
『私に、アマーリエを嫁に出す覚悟をするための時間をいただきたい』
カルーフのまっすぐにフリードリッヒを見据えての言葉は、迸る鬼気迫る迫力に溢れていた。戦に臨むような鬼気迫るカルーフの勢いにフリードリッヒも折れざるを得なかった。
しかし、カルーフは折衷案として十月の国王陛下の誕生日パーティーの前か後にする意向を示した。
フリードリッヒとイルムヒルデがこんこんと話し合い、国王陛下の誕生日パーティーの前に結婚式をし、新婚旅行はパーティーが終わってから一カ月という結論に至った。
社交界デビューのエスコートをカルーフに譲ってまで国王陛下の誕生日パーティーの前に結婚式を勝ち取ってくれたのは「結婚するギリギリまで騎士でいたい」というアマーリエの気持ちを優先してくれたからだ。
(ああもう、フリードリッヒさまのそういうところが好き)
ずっとアマーリエの気持ちを優先してくれていた。ずっと守ってくれていたフリードリッヒのことをますます好きになってしまった。
「先方もすでに泣いていらっしゃると聞き及んでいます。こちらが泣いていても許していただけると思うけど、一泣きして落ち着いてから式になるようにとりはからっているわ」
「そうなの? 侯爵夫人もお寂しいのね」
「王大后陛下もだそうよ。最愛の息子、最愛の孫ですからね。泣き崩れていらっしゃるそうなのよ」
(泣き崩れるとはまたすごいわ……愛の深さがすごい)
愛ゆえに、嬉しさと寂しさで感情が高ぶっているのだろうと結論付けた。
「ねえ、お母さまもお兄さまが結婚したとき寂しかったの?」
この母も泣いたのだろうかと気になった。イルムヒルデにとってギュンターは大切な長男である。何かとギュンターを立ててきた。
「私は……準備に遺漏ないかとそればかり気にしてたわ。式の片付けが終わってしばらくしてから、あなたたちが赤ん坊の頃使っていたベッドが出てきて……ああ、お嫁さんもらうような年になったのねと思うとほっとするというか寂しいというか……複雑な気持ちになったのよ。多分、今回もしばらくしてしんみりするのでしょうね」
「お母さま……」
イルムヒルデは小さくため息をついて、柔らかな苦笑を浮かべて懐かし気に呟く。
「お前が生まれた時に、伯があまりに頬ずりするから、首がもげないか心配したものです。それが……」
アマーリエの頬に手を伸ばして触れるか触れないかの位置で微笑む。
「大きくなったわね」
「お母さま……」
母を呼ぶ声が上ずる。イルムヒルデの目に僅か涙が浮かぶ。
「女が人前で簡単に涙をみせてはいけません。泣くのなら戦略的視点をもち、戦術の一つとして行いなさい」
「うーん。どうしてもの時は、どうしたらいいのかしら?」
「旦那さまの前で泣きなさい」
「うん。ありがとうございます、お母さま」
イルムヒルデは小さく頷いてくれて、控えている侍女に声をかける。
「辺境伯をお呼びしてちょうだい」
*******************
イルムヒルデはアマーリエの母親ですので……。
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