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BL同人漫画家のライブ配信
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「おーい。配信始まってる?」
とある配信者のライブ配信通知がスマートフォンに表示された瞬間、私は配信サイトのアプリを立ち上げた。すぐさま生配信のページへ飛べば、ゆったりとしたベージュのニットを着た青年が、画面に向かって手を振っている。私はすかさず「見えてるよ」とコメントを送り、リラックスした体勢でこの配信を見守るため、ベッドに寝転んだ。
私のコメントなんて、大勢のコメントにすぐ埋もれてしまう。「配信楽しみにしてました」「今日は何するの?」「みっくん、ピアスかわいいね」など、コメントは徐々に増えていく。画面の中の彼――みっくんは、コメントを確認すると、無事に配信が始まっていたことに安堵し、胸をなで下ろした。実は過去に二回ほど、彼は配信開始に失敗し、誰も見ていない虚空に語りかけていた経験がある。そのどちらの失敗も覚えているほど、私はみっくんの熱烈なファンだ。
みっくんはタブレットとタッチペンを取り出し、我々に見せつける。
「配信タイトルにある通り、今日も作業配信です。ネーム、仕上げたい」
みっくんはBL同人漫画家である。
「アンブレラーズ」という、この春にアニメ三期を控えている話題の少年漫画がある。冷泉昴先生が描く独創的な作品だ。主人公たちが、特殊な魔力の込められた「傘」を武器に怪異を討伐していくバトル漫画。多種多様な傘を用いた戦い方で個性豊かなキャラクターたちが、手に汗握るバトルアクションを繰り広げる。戦闘に至るまでの過程で描かれる複雑な人間模様も相まって、口コミで徐々に話題を呼び、今や連載雑誌の看板作品だ。
もちろん私も「アンブレラーズ」の大ファンである。きっかけはファンアートだった。SNSで流れてきたイラストを見て、その日のうちに電子書籍を購入してしまった口だ。まんまと沼に引きずり込まれた私は、原作を三周ほど堪能したあと、二次創作を探し始めた。
数日間二次創作品を読み進めるうち、突出して人気を博している同人作家のアカウントを見つけた。とある登場人物同士のBL漫画を描いている人物で、ファンたちが口々に「あれはいい」と感想をつぶやいている。しかもクオリティの高い作品を、間を置かず次々と投稿していて、正直BLに興味のなかった私も、気づけば彼のファンになっていた。
それが「みっくん」である。大手BL作家の正体が男性だったことも衝撃だったが、顔出しで作業配信をするのが日常だと知ったときは、さらに驚いた。
「話の内容はもちろん言わねえけど、昨日いいネタが降りてきたんだよねー」
コメントと会話しながら、さっさっ、とペンで画面を擦る音が聞こえてくる。うきうきした様子から、相当手応えのある内容なのだろう。
「初見コメさんこんにちはー。作業画面映さないの珍しい? だろ。やっぱ漫画は初見で楽しんでほしいから」
私もそうだよね、と思いながらスタンプを押す。イラスト作業を配信している人は、たいてい顔を出さず、実際に描いている画面を映しながら会話する人がほとんどだ。なのにみっくんときたら、リビングに置いたソファに座り、うつむいた頭をメインに映しながら作業配信をする。みっくんは筆が早いので、配信から一週間ほどで完成した漫画がSNSにアップされるのも魅力である。
前髪をピンで留め、顔を丸出しにしたみっくんは、大きな瞳をきょろきょろさせながら楽しそうに筆を滑らせている。筆が乗ってくるとコメントを読む頻度が減ってしまうけれど、これだけ楽しそうに描いてくれるなら問題ない。むしろ同じカップリングを愛する者同士として、どうぞ良い作品を仕上げてください、この世に放ってくださいと願うばかりだ。
「そういえばみんな、こないだの本誌見た? まさかさあ、隣くんがあんな……ああ、本誌の話はあんまりしないようにしてるんだったわ。えー、俺だってそれくらいの気遣いできるっての。てかさー」
本誌の話題にざわついたコメントを見て、みっくんは咄嗟に口を覆った。いたずらっ子のように茶目っ気たっぷりに笑い、ウインクしてくる。こんな態度が許されるのは、ひとえに彼の人気ゆえだろう。
「ん? WEBで全部読めるのは嬉しいけど、紙の同人誌も欲しいって? そりゃ無理だよ。わかるでしょ。俺の彼氏ね、ああ見えてめちゃくちゃ嫉妬深いんだよ。オフで不特定多数の人に会ってほしくないんだって。言わなくても見てわかる? 嘘ぉ。みんな適当言ってるでしょ」
おそらく新規ファンからの要望を、みっくんは豪快に歯を見せて笑い飛ばした。ついつられて私も画面の前で吹き出してしまった。
みっくんに男の恋人がいることは周知の事実だ。恋人の話題はとある事情により配信では頻出する。そうそう、みっくんは自覚がないけれど、恋人はみっくん命なのだ。
そして私たちがみっくんを応援し続ける理由は、みっくんの創作が大好きだからというだけでなく、「彼」を支えてくれる存在がほかならぬみっくんだから、というのも大きい。
と、みっくんがタブレットからふいに顔を上げた。カメラではなく、その向こう側を見ている。というより、耳を澄まして遠くの音を聞いているようだ。途端に、みっくんは慌てだした。
「えっ、今日帰らないって言ってたのに!」
どうやら「彼」が帰宅したらしい。みっくんが配信をするのは、彼が留守のときだけ。入念にスケジュールを確認しているはずなのに、時々こうして不意打ちで「彼」は帰ってくる。
おそらく彼は、わざとやっている――というのがファンの共通見解だ。だって、彼の性格からして、こんな些細なミスを繰り返すとは考えにくい。
みっくんがどたばたしている間に、彼はリビングへ入ってきたようだ。カメラの外に立つ彼に向かって、みっくんは声を荒げる。
「帰るなら先に言えってば!」
「……なぜ出迎えない。俺が帰宅したのに」
「そりゃ配信してたんだからそうだろうがよ」
「礼儀知らずだな」
「あ!? どの口が言ってんだよ。って、おい、ちょっと!」
カメラに映ることのない彼は、さっさと配信を終えてほしかったのだろう。二人の言い争いを聞いていたかった私たちの期待とは裏腹に、配信画面は突如として真っ暗になった。
「あー、今日も面白かったぁ」
さてさて、今日も配信の感想をつぶやこうかと、私はSNSを立ち上げる。みっくん、彼と仲良くね。あと、今日描き終えたネーム、ちゃんと仕上げてアップしてくださいね。祈りとともに送信ボタンを押した。
◆
「せっかくファンの子たちと交流できる貴重な機会が……」
真っ暗になった画面を覗き込む俺の前で、男は不機嫌を隠そうともせず、俺の顎に指をかけて無理やり上を向かせた。真っ黒なタートルネックに黒のスキニー。髪も瞳も闇夜のように暗く、眉間には深い皺。鋭く凍てつく眼光を向け、低い声で言い放つ。
「お前が何より優先すべきは俺だろう。満」
「はいはい……わかってますよ、昴・先・生」
これ以上機嫌を損ねて端末を取り上げられ、データが吹き飛んでしまってはたまらない。俺はさっさと保存を済ませて端末を片付け、凍えるような美貌を持つ大男に正面から抱きついた。
「おかえり。お土産ある?」
「俺より土産が目的なのか」
「そんなわけねえだろ。美味いもん食べながらお茶でも飲もうぜ。昴の旅行話、聞きたいんだ」
「……ふん」
さっさと茶を入れろと命令してくるくせに、背中に回された腕の力は緩まない。すり、と昴の胸板に頬を寄せると、昴は俺のつむじに顔を埋めた。
さっきリスナーに向けて話した通り、俺は現在オフラインで同人活動することはない。が、「アンブレラーズ」の連載が開始して間もない頃、一度だけイベントに参加したことがある。その頃、俺の存在はこれほどまでに注目を浴びていなかったけれど、そこそこ俺のカップリングが好きだと言ってくれる人もいて、まあまあな部数を印刷して持ち込んだ。
イベントは大盛況で、今後も精力的にオフライン活動していこうかな、なんて思いながら、残り一冊になるその時まで次に開催されるオンリーイベントの日程を調べていた。
――のに。
急に現れた男は、挨拶もせずに俺に不遜な態度で話しかけてきた。
『貴様か……この漫画の作者は』
『え? はい……そうっすけど』
黒いマスクに、深く被ったキャップ。そして尊大な話し方。
俺がSNSに上げた画像を見せつけながら確認を取ってきたそいつは、残り一冊となっていた漫画を購入すると同時に、メモ帳になにごとかをすらすらと書き始め、代金とともにこちらへ差し出した。
(それが、連絡先と、その場でさっと描いた推しカプの絵だったわけで……どんなに画風を寄せても、さすがに本物かどうかは見分けがつく。そしてその絵は、まぎれもなく「昴先生」のもので……)
イベント終了のアナウンスが会場に鳴り響いても、俺はその紙を凝視したまま、しばらく硬直していた。どうして。ご本人がイベント会場に? というか、なぜ俺にこんなものを? 作者自らお叱りに来たのか?
途方に暮れながらも、神のような存在である原作者様を無視するわけにもいかず、俺はイベント後、がくがく震えながら連絡を取った。そしてたどり着いたのは、高級そうな、よく分からない料亭だった。
で、結局。
昴先生は俺の創作のファンであり、自分のキャラクターをいきいきと描いてくれることへの感謝を伝えたかったらしいのだが――ご覧の通り、昴はどうしようもなく俺様気質でひねくれ者のため、最初は何を言っているのかさっぱり分からなかった。
ろくにコミュニケーションも取れない先生は、俺と何度も言い争い、挙げ句の果てには自分のアカウントで俺の漫画を引用して呟いてしまったりと、それはそれは今に至るまで騒動盛りだくさんで。もちろんその際にはもれなく先生は大炎上し、俺にも着火した。
最初は大先生相手に恐れ多くて何も言えなかった俺も、「これは遠慮してたらダメだな」と真正面から切り返すようになり、だんだん仲を深め――なぜか恋人の座に収まっていた。どうしてっても分からない。だが次第に昴は、重苦しいものを俺に向ける様になってきた。俺はというと、元々強く信奉していた大先生の、こうみえて実は繊細な性格を知っちゃって、段々ほだされちゃったのだ。
俺たちの間に世間様を巻き込んで紆余曲折がありすぎた結果、ファンのみんなには、俺ことみっくんが先生公認で同人活動していることも、先生と同居している恋人であることも、とっくにバレている。
いや、ダメじゃね? と冷静な俺がツッコミを入れたくなるのだが、「気難しい先生のコントロールを取っていただけるのであれば、この際なんでもいいです」と編集部からも了承を得ている時点で、もうなるようになれ、という感じだ。顔出し配信で好き勝手していても、特に何も言われないし。
さて、例え恋人の抱擁であろうと、我慢の限界というものがある。
「……もういいだろ? 満足した?」
過去を振り返れるほど長い時間抱きしめられていたが、さすがにそろそろ解放されたい。ぽんぽん、と昴の背中を叩いても返事はない。むっとして、暴れてもがいて抜け出そうとするが、悲しいかな、無駄に筋肉をつけたこの男の腕力からは逃れられない。
「ガキみたいに暴れるな。少しは大人しくできないのか」
「お前が無視するからだろーが!」
「ふん。お前だって、俺が帰ってきたのに無視していただろう」
「いや、だから配信で気づかなくて……って、まだ根に持ってたのかよ!」
やれやれ、図体のでかい子供だこと。と心の中で悪態をついたのがバレたのか、さらにぎゅううと力を入れられてしまった。骨が砕ける、と思ってじたばたすると、ようやく腕が緩む。
ぜえはあ、と肩で息をする俺を鼻で笑い、昴は俺を放置してリビングの椅子に腰かけた。
「早く茶を入れろ。濃い緑茶がいい。この間、編集からもらったやつがあっただろう」
「おまえ……」
俺様っぷりもいい加減にしろ、と捲し立てようとしたが、机の上に置かれた饅頭を見て足が止まる。
「あれ、確かこれ……」
ネットで調べ、どうしても食べたくなった俺が、思わずこの間の漫画に登場させてしまった地方銘菓だ。朝早くから並ばないと買えず、容易には手に入らないと知って、涙を呑んで諦めていたもの。
はっとして昴を見ると、「崇め称えよ」と言わんばかりに、偉そうに足を組んでいた。ぐう、と文句が喉の奥で潰れる。
そう、なんだかんだでこいつは俺のことが好きだし、俺の漫画も好きなのだ。こんなやつだけど、こんな態度だけど。
そして俺もこいつの漫画を愛しているし、昴のことも……まあ、好きなんだよ。
こいつの言うがままに茶を入れるのは癪なので、とりあえず胸倉を掴んで唇を奪うことにする。
それさえも、こいつの手のひらの上なのかもしれないけれど――今日だけは、甘えさせてやる。
とある配信者のライブ配信通知がスマートフォンに表示された瞬間、私は配信サイトのアプリを立ち上げた。すぐさま生配信のページへ飛べば、ゆったりとしたベージュのニットを着た青年が、画面に向かって手を振っている。私はすかさず「見えてるよ」とコメントを送り、リラックスした体勢でこの配信を見守るため、ベッドに寝転んだ。
私のコメントなんて、大勢のコメントにすぐ埋もれてしまう。「配信楽しみにしてました」「今日は何するの?」「みっくん、ピアスかわいいね」など、コメントは徐々に増えていく。画面の中の彼――みっくんは、コメントを確認すると、無事に配信が始まっていたことに安堵し、胸をなで下ろした。実は過去に二回ほど、彼は配信開始に失敗し、誰も見ていない虚空に語りかけていた経験がある。そのどちらの失敗も覚えているほど、私はみっくんの熱烈なファンだ。
みっくんはタブレットとタッチペンを取り出し、我々に見せつける。
「配信タイトルにある通り、今日も作業配信です。ネーム、仕上げたい」
みっくんはBL同人漫画家である。
「アンブレラーズ」という、この春にアニメ三期を控えている話題の少年漫画がある。冷泉昴先生が描く独創的な作品だ。主人公たちが、特殊な魔力の込められた「傘」を武器に怪異を討伐していくバトル漫画。多種多様な傘を用いた戦い方で個性豊かなキャラクターたちが、手に汗握るバトルアクションを繰り広げる。戦闘に至るまでの過程で描かれる複雑な人間模様も相まって、口コミで徐々に話題を呼び、今や連載雑誌の看板作品だ。
もちろん私も「アンブレラーズ」の大ファンである。きっかけはファンアートだった。SNSで流れてきたイラストを見て、その日のうちに電子書籍を購入してしまった口だ。まんまと沼に引きずり込まれた私は、原作を三周ほど堪能したあと、二次創作を探し始めた。
数日間二次創作品を読み進めるうち、突出して人気を博している同人作家のアカウントを見つけた。とある登場人物同士のBL漫画を描いている人物で、ファンたちが口々に「あれはいい」と感想をつぶやいている。しかもクオリティの高い作品を、間を置かず次々と投稿していて、正直BLに興味のなかった私も、気づけば彼のファンになっていた。
それが「みっくん」である。大手BL作家の正体が男性だったことも衝撃だったが、顔出しで作業配信をするのが日常だと知ったときは、さらに驚いた。
「話の内容はもちろん言わねえけど、昨日いいネタが降りてきたんだよねー」
コメントと会話しながら、さっさっ、とペンで画面を擦る音が聞こえてくる。うきうきした様子から、相当手応えのある内容なのだろう。
「初見コメさんこんにちはー。作業画面映さないの珍しい? だろ。やっぱ漫画は初見で楽しんでほしいから」
私もそうだよね、と思いながらスタンプを押す。イラスト作業を配信している人は、たいてい顔を出さず、実際に描いている画面を映しながら会話する人がほとんどだ。なのにみっくんときたら、リビングに置いたソファに座り、うつむいた頭をメインに映しながら作業配信をする。みっくんは筆が早いので、配信から一週間ほどで完成した漫画がSNSにアップされるのも魅力である。
前髪をピンで留め、顔を丸出しにしたみっくんは、大きな瞳をきょろきょろさせながら楽しそうに筆を滑らせている。筆が乗ってくるとコメントを読む頻度が減ってしまうけれど、これだけ楽しそうに描いてくれるなら問題ない。むしろ同じカップリングを愛する者同士として、どうぞ良い作品を仕上げてください、この世に放ってくださいと願うばかりだ。
「そういえばみんな、こないだの本誌見た? まさかさあ、隣くんがあんな……ああ、本誌の話はあんまりしないようにしてるんだったわ。えー、俺だってそれくらいの気遣いできるっての。てかさー」
本誌の話題にざわついたコメントを見て、みっくんは咄嗟に口を覆った。いたずらっ子のように茶目っ気たっぷりに笑い、ウインクしてくる。こんな態度が許されるのは、ひとえに彼の人気ゆえだろう。
「ん? WEBで全部読めるのは嬉しいけど、紙の同人誌も欲しいって? そりゃ無理だよ。わかるでしょ。俺の彼氏ね、ああ見えてめちゃくちゃ嫉妬深いんだよ。オフで不特定多数の人に会ってほしくないんだって。言わなくても見てわかる? 嘘ぉ。みんな適当言ってるでしょ」
おそらく新規ファンからの要望を、みっくんは豪快に歯を見せて笑い飛ばした。ついつられて私も画面の前で吹き出してしまった。
みっくんに男の恋人がいることは周知の事実だ。恋人の話題はとある事情により配信では頻出する。そうそう、みっくんは自覚がないけれど、恋人はみっくん命なのだ。
そして私たちがみっくんを応援し続ける理由は、みっくんの創作が大好きだからというだけでなく、「彼」を支えてくれる存在がほかならぬみっくんだから、というのも大きい。
と、みっくんがタブレットからふいに顔を上げた。カメラではなく、その向こう側を見ている。というより、耳を澄まして遠くの音を聞いているようだ。途端に、みっくんは慌てだした。
「えっ、今日帰らないって言ってたのに!」
どうやら「彼」が帰宅したらしい。みっくんが配信をするのは、彼が留守のときだけ。入念にスケジュールを確認しているはずなのに、時々こうして不意打ちで「彼」は帰ってくる。
おそらく彼は、わざとやっている――というのがファンの共通見解だ。だって、彼の性格からして、こんな些細なミスを繰り返すとは考えにくい。
みっくんがどたばたしている間に、彼はリビングへ入ってきたようだ。カメラの外に立つ彼に向かって、みっくんは声を荒げる。
「帰るなら先に言えってば!」
「……なぜ出迎えない。俺が帰宅したのに」
「そりゃ配信してたんだからそうだろうがよ」
「礼儀知らずだな」
「あ!? どの口が言ってんだよ。って、おい、ちょっと!」
カメラに映ることのない彼は、さっさと配信を終えてほしかったのだろう。二人の言い争いを聞いていたかった私たちの期待とは裏腹に、配信画面は突如として真っ暗になった。
「あー、今日も面白かったぁ」
さてさて、今日も配信の感想をつぶやこうかと、私はSNSを立ち上げる。みっくん、彼と仲良くね。あと、今日描き終えたネーム、ちゃんと仕上げてアップしてくださいね。祈りとともに送信ボタンを押した。
◆
「せっかくファンの子たちと交流できる貴重な機会が……」
真っ暗になった画面を覗き込む俺の前で、男は不機嫌を隠そうともせず、俺の顎に指をかけて無理やり上を向かせた。真っ黒なタートルネックに黒のスキニー。髪も瞳も闇夜のように暗く、眉間には深い皺。鋭く凍てつく眼光を向け、低い声で言い放つ。
「お前が何より優先すべきは俺だろう。満」
「はいはい……わかってますよ、昴・先・生」
これ以上機嫌を損ねて端末を取り上げられ、データが吹き飛んでしまってはたまらない。俺はさっさと保存を済ませて端末を片付け、凍えるような美貌を持つ大男に正面から抱きついた。
「おかえり。お土産ある?」
「俺より土産が目的なのか」
「そんなわけねえだろ。美味いもん食べながらお茶でも飲もうぜ。昴の旅行話、聞きたいんだ」
「……ふん」
さっさと茶を入れろと命令してくるくせに、背中に回された腕の力は緩まない。すり、と昴の胸板に頬を寄せると、昴は俺のつむじに顔を埋めた。
さっきリスナーに向けて話した通り、俺は現在オフラインで同人活動することはない。が、「アンブレラーズ」の連載が開始して間もない頃、一度だけイベントに参加したことがある。その頃、俺の存在はこれほどまでに注目を浴びていなかったけれど、そこそこ俺のカップリングが好きだと言ってくれる人もいて、まあまあな部数を印刷して持ち込んだ。
イベントは大盛況で、今後も精力的にオフライン活動していこうかな、なんて思いながら、残り一冊になるその時まで次に開催されるオンリーイベントの日程を調べていた。
――のに。
急に現れた男は、挨拶もせずに俺に不遜な態度で話しかけてきた。
『貴様か……この漫画の作者は』
『え? はい……そうっすけど』
黒いマスクに、深く被ったキャップ。そして尊大な話し方。
俺がSNSに上げた画像を見せつけながら確認を取ってきたそいつは、残り一冊となっていた漫画を購入すると同時に、メモ帳になにごとかをすらすらと書き始め、代金とともにこちらへ差し出した。
(それが、連絡先と、その場でさっと描いた推しカプの絵だったわけで……どんなに画風を寄せても、さすがに本物かどうかは見分けがつく。そしてその絵は、まぎれもなく「昴先生」のもので……)
イベント終了のアナウンスが会場に鳴り響いても、俺はその紙を凝視したまま、しばらく硬直していた。どうして。ご本人がイベント会場に? というか、なぜ俺にこんなものを? 作者自らお叱りに来たのか?
途方に暮れながらも、神のような存在である原作者様を無視するわけにもいかず、俺はイベント後、がくがく震えながら連絡を取った。そしてたどり着いたのは、高級そうな、よく分からない料亭だった。
で、結局。
昴先生は俺の創作のファンであり、自分のキャラクターをいきいきと描いてくれることへの感謝を伝えたかったらしいのだが――ご覧の通り、昴はどうしようもなく俺様気質でひねくれ者のため、最初は何を言っているのかさっぱり分からなかった。
ろくにコミュニケーションも取れない先生は、俺と何度も言い争い、挙げ句の果てには自分のアカウントで俺の漫画を引用して呟いてしまったりと、それはそれは今に至るまで騒動盛りだくさんで。もちろんその際にはもれなく先生は大炎上し、俺にも着火した。
最初は大先生相手に恐れ多くて何も言えなかった俺も、「これは遠慮してたらダメだな」と真正面から切り返すようになり、だんだん仲を深め――なぜか恋人の座に収まっていた。どうしてっても分からない。だが次第に昴は、重苦しいものを俺に向ける様になってきた。俺はというと、元々強く信奉していた大先生の、こうみえて実は繊細な性格を知っちゃって、段々ほだされちゃったのだ。
俺たちの間に世間様を巻き込んで紆余曲折がありすぎた結果、ファンのみんなには、俺ことみっくんが先生公認で同人活動していることも、先生と同居している恋人であることも、とっくにバレている。
いや、ダメじゃね? と冷静な俺がツッコミを入れたくなるのだが、「気難しい先生のコントロールを取っていただけるのであれば、この際なんでもいいです」と編集部からも了承を得ている時点で、もうなるようになれ、という感じだ。顔出し配信で好き勝手していても、特に何も言われないし。
さて、例え恋人の抱擁であろうと、我慢の限界というものがある。
「……もういいだろ? 満足した?」
過去を振り返れるほど長い時間抱きしめられていたが、さすがにそろそろ解放されたい。ぽんぽん、と昴の背中を叩いても返事はない。むっとして、暴れてもがいて抜け出そうとするが、悲しいかな、無駄に筋肉をつけたこの男の腕力からは逃れられない。
「ガキみたいに暴れるな。少しは大人しくできないのか」
「お前が無視するからだろーが!」
「ふん。お前だって、俺が帰ってきたのに無視していただろう」
「いや、だから配信で気づかなくて……って、まだ根に持ってたのかよ!」
やれやれ、図体のでかい子供だこと。と心の中で悪態をついたのがバレたのか、さらにぎゅううと力を入れられてしまった。骨が砕ける、と思ってじたばたすると、ようやく腕が緩む。
ぜえはあ、と肩で息をする俺を鼻で笑い、昴は俺を放置してリビングの椅子に腰かけた。
「早く茶を入れろ。濃い緑茶がいい。この間、編集からもらったやつがあっただろう」
「おまえ……」
俺様っぷりもいい加減にしろ、と捲し立てようとしたが、机の上に置かれた饅頭を見て足が止まる。
「あれ、確かこれ……」
ネットで調べ、どうしても食べたくなった俺が、思わずこの間の漫画に登場させてしまった地方銘菓だ。朝早くから並ばないと買えず、容易には手に入らないと知って、涙を呑んで諦めていたもの。
はっとして昴を見ると、「崇め称えよ」と言わんばかりに、偉そうに足を組んでいた。ぐう、と文句が喉の奥で潰れる。
そう、なんだかんだでこいつは俺のことが好きだし、俺の漫画も好きなのだ。こんなやつだけど、こんな態度だけど。
そして俺もこいつの漫画を愛しているし、昴のことも……まあ、好きなんだよ。
こいつの言うがままに茶を入れるのは癪なので、とりあえず胸倉を掴んで唇を奪うことにする。
それさえも、こいつの手のひらの上なのかもしれないけれど――今日だけは、甘えさせてやる。
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