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一年目
ついにそのときがやってきて 2
しおりを挟む「いい加減にしてください! パパがそんなことするわけないじゃないですか! 証拠もないのに好き勝手言わないでください!」
スタッフやメンバーの前で声を荒らげるのは、これが初めてだった。必死の反論だったが、熊沢には毛ほどもきいていない。
「ぶっ……パパだって~」
あれ以降、恵は純の言葉を信じて共演を控えている。お互いに忙しく、連絡もままならないことを純は知っていた。
恵に余計な火の粉がふりかかることはない。絶対にない。
こんなところで余計なことを言う熊沢に、純のはらわたは煮えくり返る。
「俺にいろいろ言うのは全然いいですよ! 俺だって自分が無能だってわかってるし!」
涙があふれてくる。今までたまりにたまった怒りが一緒にふきだしているかのようだ。
「だからって父親は関係ないでしょ! なんで今父親がけなされなきゃいけないんですか!」
わかっている。こんなことは逆効果だ。ただ周囲から引かれてしまうだけ。
わかっていても、もう止められなかった。
「父親のことなら父親に直接確認したらいいじゃないですか! なんならここで電話してみましょうか? 自分の言葉に責任を持てないくせに、パパのこと悪く言うな!」
シンとした空気の中、誰かが、吹き出した。
「ふっ。やけにパパのことかばうね。ファザコンなの~?」
伊織の声だった。純はゆっくりと顔を向ける。
メンバーたちは、全員、笑っていた。子どもを見るような笑み、純のとっぴな行動に引きつった笑み、どう反応すべきかわからずとりあえず浮かべている笑み。
純はもはや、笑っていることそのものが、許せなかった。自分が今まで大事にしてきているものを、軽々しく踏みつけられた気分だ。
メンバーに向けている純の目から、光が消え失せる。顔からは、感情が消えていた。
控室中に、大人たちの笑い声が響き渡る。その場にいる全員ではなかったが、笑っていない者たちは、純の激高に引いているか、関心がないかのどちらかだ。
「やっばい、めっちゃむきになるじゃん」
「パパだって! もう高校生なのにやばくない?」
「あはは! かわいいかわいい! 大好きなパパのこと悪く言われたらそりゃ嫌だよねぇ!」
笑い声は純の耳を突きさし、心を蹂躙する。
純が両親のことをどれだけ大事に思っているのか、彼らは知らない。純が傷ついていることすら、誰もわかってはくれない。
純の目から涙がとまらないのに、誰もその理由を知ろうとしないのだ。
「おまえの態度が悪いから、おまえの親も疑われるんだよ! ほんとわかってねえなぁおまえは」
熊沢は純を指さしながら笑っていた。
何を言っても笑われるような気がして、もう何もできない。
「おまえがもうちょっと仕事ができて態度もよかったら、俺に疑われることもなかったのにな! ほら! おまえが泣いたせいでまたメイクしなおさなきゃいけなくなるだろ! そういうとこなんだよな!」
泣きながらも、じっと耐える。
「家族が疑われたくないんだったら、おまえがもっと頑張れよ! もっとダンスうまくなるだとか、さっきの冗談にうまく返すとかさぁ! なにガチになってんだよおまえはよ~」
冗談ではなかった。悪意のある意地悪だった。純にはわかる。そうなのだ、絶対。
「おまえの返しのせいで恵さんの評価が下がるんだよ、わかってんのか? 俺が本気であんなこと言うわけないだろ」
「……そうですか」
純はメイク直しのために、鏡の前に座りなおす。メイクスタッフがこれ見よがしにため息をつき、近づいてきた。純の涙を、コットンで雑にふき取っていく。摩擦で肌が痛んでも、絶対に文句は言わなかった。
純のキツネ目は、妖しくつり上がる。眼光が鈍く光っていた。その口角が少しでも上がることはない。冷徹で、無感情だが、内面から荒々しさをにじませる。
純は、決意した。
イノセンスギフトに天下を取らせても、ここにいる全員の望みはかなえない。
熊沢が父親を馬鹿にした発言は、一生忘れない。いくらこの男が業界から転落しようと、助けることだけは絶対にしない。
こうして、純はアイドルとしての一年目を、終えることになった。
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