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THE DEVIL ~星空の出会い~

星空の約束 3

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「……ほんとうに、きみは、不思議な人だね」

 いや、俺からしたらあんたのほうが不思議なんだが。

 星空せいらは喉を鳴らす。

「僕が占い師だって言うとね、大体の反応は二つに分かれるんだ。興味津々になるタイプと、頑なに占いを否定するタイプ。前者は女性、後者は男性に多いかな。でもどっちも、共通してることがあってね」

 星空せいらの目が、まっすぐに俺を向く。相変わらず吸い込まれそうなほど、輝かしい瞳だ。

「どちらも、『さあ、言い当ててみろ』って感じで黙り込むんだ。……きみみたいに、会話がしたいってわざわざ言ってきた人は、いなかった。そんなきみだからこそ、ここで、悪魔の逆位置が出たんだろうね」

「それは、褒めてんのか?」

「少なくとも、悪い意味では言ってないよ。きっと、僕も、きみと同じ。……対話、したかったんだ」

「ああ、そう」

 星空せいらは、目を伏せ、バッグのひもを両手で握りしめる。ためらうように、ぎこちなく声を出した。

「だからさ、これからは名前で呼んでもいい?」

 そういえば、俺はこいつの名前知ってるけど、こいつは知らないんだよな。いつまでもきみって呼ばれるのもな~。

 ……ちゃんと教えといてやるか。

「ありがとう、ヒナタ」

 みずみずしい声が、俺の耳に入り込む。温かいなにかが、体を包んだ。

春日野かすがの陽太ひなた。身長は百八二センチ。血液型はB型。生年月日も言おうか?」

 こいつ……。

 ああ、そうだった。俺のことなんてなんでもお見通しだもんな。

「僕の名前はわかるよね? 星空せいらって書いて、せいら。如月きさらぎ星空せいら。年齢は、ヒナタの五つ下」

 わけえじゃん。人生これからじゃん。それでも死ぬ必要があんのかね。

「わかってるんだったら最初から名前で呼べばいいのに」

「呼ぶ必要がなかったんだ。今までは占う相手を知るために必要だっただけで、占いが終わればもうさよならだった。……だから、誰かと名前を呼びあえるのは、うれしい」

 満面の笑みを浮かべる星空せいらの周囲は、より輝きだした。

 ……こいつも友達がいなかったんだな。これから俺がめんどう見てやるか。なーんか全体的に世間知らずっぽいし。

「そうと決まれば、どこで占いやるか決めないとな。女がよく来るような場所で……人通りが多くて入るのに抵抗がなくて……ってなると、結構金がかかるぞ~」

「確かに、僕たちの所持金じゃ足りないかもね」

 言いながら、星空せいらはがさごそとボディバッグを探る。取り出したのはハイブランドの財布と某お菓子のパッケージ。百万円がちょうど入るサイズで、歓楽街に通ってるやつにはおなじみのやつだ。

「おまえ、それ……」

 おそるおそるハイブラの財布を指さす俺に、星空せいらは平然と答える。

「そう。さっき報酬としてもらったんだ」

「誰から?」

「さっきのおじさんから。財布がなくなってることにはまだ気づいてないだろうけど」

「盗んでんじゃねえかよ」

 星空せいらはムッとして言い返す。

「違う。ちゃんとした報酬なんだ。僕が受け取ってもいいやつなんだよ」

「いやいやいやいや、どうすんだよ。あのおっさんが気付いてまた襲ってきたら」

 俺の心配をよそに、星空せいらは笑った。財布を上に投げて、得意げに遊んでいる。

「大丈夫だよ。あの人を救ったお礼、なんだから。これをもらってなかったら今頃もっと悲惨なことになってるよ」

 星空せいらは財布を手に持ち、まじまじと見すえる。

「中身は、五万くらいだね。財布はいつか返すから売れないけど」

 もはや透視じゃん。……っていうか。

「俺に比べておっさんからもらう額えぐすぎないか? ってか、そっちのやつはなに?」

 もう片方の手にあるお菓子のパッケージを指さす。

「え? ああ、こっちは違うよ?」

 星空せいらは先ほどまで眺めていたほうの財布をしまい、お菓子のパッケージを振ってみせる。

「これは昨日の報酬」

「あ? 昨日?」

「そう、昨日。きみとゴミ捨て場で会ったとき、ぼくがホストのお兄さんに助言してたでしょ? その報酬を今日もらったってわけ」

「え? ああ……」

 なんか、そんなことしてた気も……? あのときもボコボコにされてて、よく覚えてねえなぁ。

「言ってたんだよ、あのお兄さんに。寝取られた分を取り返したいなら女の子に連絡しろって」

「それで百万?」

「さっきみたいに僕が助言をして、いい未来が確定したときに報酬をもらう。未来が変わる度合いが大きいほど、必然的に報酬は高くなる」

 星空せいらって報酬設定にルーズだと思ってたけど、意外としっかりもらっていくタイプだったんだな。

「まあね。あのホストのお兄さんがこれからも女性たちから金を搾り取れると思えば、百万くらい大したことないでしょ」

「……なるほどな」

 こいつ、思った以上に金になるかもしれない。

「今すごい本音が聞こえたけど?」

「そんなことより、それどうやって手に入れたんだよ。あの茶髪野郎が素直に払うとは思えねえし」

「あ、無視したな」

「ホストのために客が大事に握りしめてるやつだぞそれ。金がふってわいたわけでもないだろ?」

 星空せいらはあっけらかんと答えてくれる。

「その表現はあながち間違ってないよ。きみにご飯をごちそうしてもらったあと、歓楽街をうろついてたら目の前でこれを落とされたんだ。女の人は気づかずに昨日のホストとデートしてた」

「いや、だからそれは窃盗……まあいいか。あの茶髪野郎が今頃どうなろうと知ったこっちゃないし」

「もう少ししたら、ホストのお兄さんも女の人も大パニックだろうね。でも、今日だけだよ」

 そろそろ、ホストクラブが開く頃合いだ。

 ホストも客も、売り上げをたたき出すつもりでクソ高い酒を下ろすはず。さんざん盛り上がった結果、大事に持ってきたはずの金がないとなると……。

 あのクソ茶髪ホスト野郎による断末魔の叫びが、今からでも聞こえてきそうだ。

「報酬はね、大体は運命みたいに自然と手に入るものなんだ。でも中には、それを無理やりねじまげてでも、支払いを拒絶する人がいる」

 星空せいらはいつになく真剣な表情だ。

「これもまた、需要と供給のバランス。莫大な報酬をしぶれば、最悪、命が代わりとして奪われる。……まあ、でもヒナタのことだから、報酬の未払いを見過ごすことはないだろうけどね」

 その表情は、信頼のある笑みに変わる。

 瞳から放たれる紫色の光が、あまりにも謎めいて、キレイで、おそろしい。こんなやつとこれから一緒に過ごすのだと思うと、なかなかに興奮してきた。

 俺は、今、人生で一番、生きがいってものを感じている。

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