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第一夜 Executive Player「律」
締め日の優雅な攻防戦 1
しおりを挟む今日は締め日。売り上げ、順位が確定する日だ。どのホストも、売り上げを出すのに必死で、そわそわしている。
そんな中、拓海はトイレの洗面台で、スマホを見ながら震えていた。
「くそっ……くそがっ……」
電話をかけ、耳に当てる。接続音が続き、誰も出ない。
「くそが! 出ろよ!」
トイレに拓海の声が反響する。スマホを見る目は血走っていた。
画面にうつるのはメッセージアプリのトーク欄だ。女性からメッセージが入っているものの、どれも店に来ない交際目的の女か、大した金額を使わない細客ばかりだ。
「ちくしょうが……」
金を使ってくれる太客の女子大生が、掛け未収のまま連絡がつかない。彼女だけではない。拓海の客の中で、大金を使ってくれる女性たちと、一切連絡がとれないのだ。なにを送っても既読がつかない。
一人二人なら気のせいで済む話だったが、金を使ってくれる女性がほとんどとなるとなにかある。まるで示し合わせたかのようだ。嫌な予感しかしない。
ようやく、そのうちの一人から、返信が来た。すぐにトーク画面を開く。送られてきたのはサイトのURLだ。
拓海の中で、嫌な予感が膨れ上がっていく。震えだした指で、おそるおそる、タップした。
開いたのは、夜職の人間なら絶対に耳にする、夜の店に特化した掲示板サイト。店と拓海の名前でスレッドがたてられていた。並ぶのは、拓海に関する悪評ばかりだ。
無理やりシャンパンを下ろすという身に覚えがあるものもあれば、まったく心当たりのない悪事もめちゃくちゃに書かれている。
「はあ? こいつ、勝手にのせやがって……」
匂わせの写真や投稿もあり、スレッドは拓海の悪口で盛り上がっていた。
枕の内容も、プライベートの暴露も、容姿への批判も全部ある。いないはずの彼女の偽情報まで書かれていた。
「んだよ、もう……」
焦燥感が体に出てくる。うろうろと歩き回って、なんとか自身を落ち着かせようと必死だ。
とにかく、今日は締め日だ。なんとしてでも売り上げを確定させるしかない。こうなればもうやけくそだ。
メッセージアプリに登録している女性に、手当たり次第にメッセージを送る。少しでも母数を増やして売り上げを出すしかない。
食らいつくほど画面を見つめ、なるだけ同情を誘って店に来るようメッセージを送る。必死になって文字を打っている最中、リオからメッセージが届いた。
『今日はたくさんお金持ってくるね。掛けのぶんはちゃんと払うよ。今日はロマネコンティ下ろす予定だから。楽しみにしといて。閉店の一時間前には絶対来るから』
その文面に、拓海の口から安堵の息が漏れる。
リオというエースがいてくれるだけで心強い。
『ありがと~。やっぱり俺にはお前しかいねえよ。今日めちゃくちゃ不安でしんどかったんだ。早く会いたい』
しかし油断は禁物だ。リオだけでは他のツケをカバーできない。やはり、もっと、客足は必要だ。
拓海は必死な形相で、女性たちにメッセージを送り続けていた。
†
締め日だというのに、律の指名客はいつもより少ない。初回客につきながらヘルプの仕事もこなし、酒を飲みすぎるということもなかった。
休憩に入り、厨房の奥で水を飲む。同じく休憩に入った志乃が後ろから声をかけた。
「おつかれー」
律の後ろから手をのばし、グラスをとる。用意されているボトルの水を注いだ。
「そういや聞いた?」
「なにを?」
ボトルを置いた志乃は、辺りを見渡す。
厨房に来ている休憩中のホストは律と志乃だけだ。視線を律に戻し、声を潜める。
「拓海の太客が何人か飛んだんだって」
小ばかにする笑みを浮かべた志乃に、律は真面目にうなずく。
「ああ、だから今日ずっと機嫌悪いんだ?」
「なんかネットにいろいろ、えぐいこと書かれてるらしいよ?」
「ふうん?」
「それ見た客が拓海を信じられなくなって飛んだってところだろうな」
「ネットの書き込みが直接の原因じゃないだろ。ネットになに書かれようが、日ごろの接客がちゃんとしてたら簡単に飛びやしねえよ」
「まあな~。逆に書かれたことうまくいかして売り上げにつなげることだってできるんだし。あいつにその力がないってことなんだろうな」
水を飲む律に、志乃は鼻を鳴らして続ける。
「まあ、最近目に付くところが多かったからせいせいするわ。これもあいつにとっちゃいい薬だろ」
律はあくまでも冷静だ。
「そうやってあんまり余裕ぶんなよ。明日は我が身、なんだから」
「なに言ってんだ。おまえだって思うところあっただろ」
否定はしない。
いずれこうなるであろうことは十分予想できていた。女性を大切にせず、感謝もせず、金を使ってくれて当たり前だという考えが態度に出るホストに、先はない。
「とはいえ、結局は今日の売上次第だろ」
志乃は肩をすくめる。
「いや~、無理だろ。巻き返せねえよ」
「……わかんねえよ? 志乃の売上くらいなら超えるかも」
「はあ~? ナンバーワンの俺は超えないけどって?」
「まだ結果はわからないんだから、せいぜい頑張れよ」
水を飲み干した律は振り返り、流しの中にグラスを置いた。
休憩を終えて厨房を出ようとした矢先、店長と鉢合わせる。
「律。指名だ。ヘルプだけどな」
「ああ、そう」
客は本指名と別に、ヘルプも指名することができる。新人がつくのは嫌、どうせならヘルプも見慣れた相手がいい、その理由はさまざま。
特に、ナンバーや役職持ちといった人気のホストを指名している客に多かった。席を外す機会が多く、必然的にヘルプと顔を合わせることが多いからだ。
「どのテーブルで誰の客? 自分で行くけど?」
店長は顔をしかめ、答えようとしない。神妙な顔でどう切り出そうか考えている。
店長と律の異様な空気に、まだ水を飲んでいる志乃や厨房スタッフも顔を向けていた。
「律。本来だったら、店としては出禁にするはずだった」
「うん?」
「でも拓海がどうしても売り上げを出せるって言うから、卓に入れた」
拓海の名前に、大体の状況を察した。上を見つめながら、うなずく。
「あー、なるほど?」
「律、おまえの好きにしていい」
力強く、背中を押す声だった。
「無理そうなら卓から抜けてもいいし、徹底的にやり返したいならやってもいい」
律は不愛想に返す。
「いいの? 店が、俺に肩入れするようなこと言って」
「ああ。構わん。やりたいようにやれ」
真面目に言い切った店長に、鼻を鳴らした。
「っつっても、俺はホストだからな。ホストとして、やり切るだけだ。……で、卓はどこ?」
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