律と欲望の夜

冷泉 伽夜

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第一夜 Executive Player「律」

なぐさめといたわり

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「もう! だから言ったじゃん、社長!」

 エレベーターに乗ってそうそう、ヒナノの声が耳をつんざく。

 レミが飛んだ話は、すでにスタッフや女の子たちへ知れ渡っていた。

「五十万も貸して結局逃げられるなんて!」

 律はうんざりとした顔で返す。

「勘弁してよ、さっきユリさんにも同じこと言われたんだから」

 先ほどマンションに入ろうとしたとき、仕事に向かう女性と鉢合わせ、似たような苦言をつきつけられた。今日は女の子と顔を合わせるたびに、それが繰り返されることだろう。耳にタコができそうだ。

 ボタンの前に立つミズキが、同情的な目を向けていた。かわいそうなものを見る目つきに、律は冷ややかな声を出す。

「大丈夫だって。そんなに心配することじゃねえから」

「するに決まってるじゃん!」

 ミズキではなくヒナノが声を荒らげた。

「五十万だよ! ちゃんと返してもらってないんだよ? しかも、他に貸してた女の子の借金たてかえたんでしょ? 昨日の給料ちょっと多かったもん!」

「ああ。部長、ちゃんとやってくれたんだ?」

「社長は人がよすぎだよ! そんなんだからだまされちゃうんだよ!」

 ミズキがうんうんと何度もうなずく。

「社長も女の子にだまされることがあるんすね……」

「ああん?」

 律は不快気にミズキをにらみつける。

「俺のことす~っごいバカにしてんな?」

 ミズキの代わりにヒナノが声を上げる。

「そりゃそうでしょ。だって、す~っごくかわいそうなんだもん」

「え~……?」

「よしっ。私、決めた」

 ヒナノはガッツポーズで、かわいらしく続ける。

「私、頑張る。社長が奪われた五十万円分。チャラになるくらいたくさん稼いであげる」

「はいはいありがと、ヒナノちゃん」

「あっ! その言い方、期待してないやつだ!」

 エレベーターが開き、律が先に降りていく。

「そんなことないよ~。ほら、もう待機室行きな~」

 続けて降りる二人を見て、律はフロア奥にある待機室に手を向けた。ヒナノの頬がむくれる。

「も~、こっちは真剣に言ってるのに~」

「ヒナノちゃんが頑張る必要ないし、俺のことを気負う必要もないから。みんなにもそう言っといて」

「まったく、本当に人がいいんだから」

 ヒナノは文句をぶつぶつ言いながら二人に背を向け、遠ざかっていく。待機室へ入るのを見届けた律は、ミズキに顔を向けた。

「この俺が、ただ人が良いだけでなにも考えてないと思う?」

「まさか~」

 ミズキはふざけたように笑うものの、その声は真剣だ。

「どうせ社長のことですから。すでに手は、打ってあるんでしょ?」

 律は薄い笑みを浮かべただけで答えない。二人はともに、事務所へと足を運んだ。

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