律と欲望の夜

冷泉 伽夜

文字の大きさ
37 / 72
第二夜 酒も女も金も男も

不動のナンバーワン 2

しおりを挟む


「でも」

「俺は、枕をしないけど、寂しい思いをさせちゃうとそれも信じられなくなっちゃうだろうし」

「そんな、こと……」

 真摯な律に対し、女性がはっきりと否定することはできなかった。律は責めることなく、眉尻を下げて笑う。

「俺はね、ユウちゃんが大事だよ。毎日ちゃんと社会に出てがんばるユウちゃんが大好きなんだ。俺の存在が少しでもユウちゃんの支えになれているなら、それだけで嬉しいよ」

「うん……でも、私も律くんのためにできることがあるなら」

「俺は……俺のせいで、ユウちゃんの生活が壊れるなんてこと、あってほしくないんだ」

 律の笑みは穏やかで、やわらかい。女性のすべてを受け入れ、包み込んでいた。

「すごく好きだからこそ、ユウちゃんは自分のことを大事にしてほしいって思ってる。恋人として付き合うとしたら、そうだな……」

 考えるように目を伏せる。やがて、輝かしい笑みを女性に向けた。

「ホストを辞めたとき、かな」



          †



 繁華街の地下にある老舗の高級ホストクラブ、「Aquariusアクエリアス」。

 この日は締め日。月の指名本数、売上金額が確定する日だ。
 営業終了後、この店を象徴する豪勢なシャンデリアの下にホストたちが集まってくる。シャンデリアを囲うようU字型に設置されたソファ席に、全員が腰を下ろした。

 席の出入口に店長が立ち、ソファ席に座る全員を見渡す。髪を後ろに流したコワモテの店長は、売り上げ順位を口頭でたんたんと発表していった。

 名前を呼ばれたものはさまざまな反応をしながらお礼を言い、他のホストが拍手でたたえる。

「一位は、売り上げ千五百万オーバー。律」

 ホストたちの拍手に、律は軽く会釈する。女性を前にしたときのような愛想はなく、コメントもない。

「あいつ毎月毎月バケモンかよ」

「アフターも枕もナシでどうやって金とってんだっつの」

 下の順位にいる幹部の言葉に、耳を貸すことはなかった。スラックスに手を突っ込み、気だるげに目を伏せる。

「じゃあ、今日は解散。来月もまたがんばれよ!」

 店長の声で、ホストたちは散りぢりになる。アフターの予定がある幹部は店を出ていった。幹部以外のホストは私服に着替え、掃除だ。

 ナンバーワンの律は、幹部でもなくその他でもなかった。

 店での肩書きは、executive playerエグゼクティブ プレイヤー。あくまでも肩書きだ。幹部と呼ばれる役職ではない。
 幹部と同程度の売り上げをたたき出すことだけが条件だ。雑用はすべて免除。遅刻や欠勤、イベントの不参加など、わがままが許される特別な存在だった。

 当然、このあと店で律がすることはなにもない。席を抜け、そのまま店の出入口へと向かう。レジカウンターの手前にさしかかったとき、背後から店長の声が聞こえた。

千隼ちはやも最近がんばってるな」

 足を止め、振り返る。

 売り上げ四位だった副主任の千隼が、店長と一緒にフロアを横切っていた。

「アフターNGでランカー入れるのは律と千隼くらいじゃないか」

「ありがたいことです。ウチに来てくれるお客さんと相性がいいんでしょうね」

「何言ってんだ。おまえの実力だよ。律とは違って幹部の仕事もちゃんとやってくれるし、いつも助かってんだ」

 千隼は、ホストにしては落ち着いた容姿をしていた。清潔感のあるサラリーマンといった印象だ。
 律とは違い黒髪で、アクセサリーはブランド物の時計のみ。よく言えば純朴、悪く言えば地味。

 厨房ちゅうぼうに向かう千隼と目が合ったのを、即座にそらす。背を向け、店を出た。
 ホールを抜け、地下から地上に、階段をのぼっていく。目の前に広がる繁華街のネオンはまだ光っており、毒々しい。

「あ、おにーさん、ひとり~? 一緒に遊ぼうよ~」

 キレイに着飾った女性が、酔っぱらいながら声をかけてくる。律は無視して先を急いだ。

「お兄さんちょっといいですか~?」

 律に話しかけてくるのは女性だけではない。

「仕事帰り? ホストやってるよね? どこのお店? 稼げてる? もしかして幹部だったりする?」

 律は見向きもせず立ち去っていく。

 枕もせず、アフターもせず、売り上げ指名数ともに毎回トップ。それなのに、顔を出して売り出すことはしていない。店の宣伝にもかかわらない。

 トッププレイヤーとして律の名前を知る者は多くても、顔を知る者は決して多くはなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

処理中です...