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第二夜 酒も女も金も男も
辞める理由、働く理由
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sweet platinumの事務所に、優希の声が響く。
「……で、こうすると、ここで顧客管理ができるようになるんで」
部長のデスクに座り、となりのパソコンの画面を指さしながら続ける。
「たとえば女の子がブラックにしてる客だったら、ここに追加の情報として書き込むと、すぐに把握できるようになります」
真剣に画面を見つめるメイコがうなずき、キーボードで操作していく。
「なるほど、こうね」
「はい。簡単でしょ?」
深夜を過ぎた今、客からの依頼は落ち着いている。そのあいだ、若い優希が先輩のメイコに、新しく導入した管理ソフトの使い方を教えていた。
画面をずっと見ていたメイコが、疲れたようにため息をつく。
「意外と覚えることが多いのねぇ」
いつもおろしている髪を後ろで結び、前髪をとめていた。眉間にしわがよったまま、固まっている。
「わからなかったらまた教えるので大丈夫っすよ」
長いこと説明していた優希だが、底抜けに明るく笑っていた。メイコに顔を向けたまま腰を上げる。
「休憩します? あったかいお茶いれますね」
「ありがとう優希くん」
デスクを離れ、引き戸が開きっぱなしの洋室へ向かう。手前で立ち止まり、中に声を放った。
「社長も飲みますよね?」
洋室のソファに座るのは律だ。ローテーブルにノートパソコンを置き、前のめりに画面を見つめている。
歓楽街が誇るナンバーワンホストは、デリヘル会社の社長でもあった。アフターも枕も、しないのではなくできないのだ。
「ん、ありがと。新人さんのプロフィールちょっと変えるから確認しといて」
「はーい」
優希が離れていくと、律はキーボードをたたき始める。
律が見すえる画面に映るのは、メイコが面接した新人女性の紹介ページだ。
優希が作った仮のプロフィール内容に、男性が喜びそうな紹介文を付け加え、保存する。
次に、プロフィール画像を全体で表示させた。待機部屋でスタッフが撮ったものだ。
イスに座って足をななめに流すポージング。いかにも業界に入りたての新人、といった印象を与えている。顔にモザイクがかけられても、真面目で硬い雰囲気を隠せていない。
彼女には後日、プロのカメラマンによる撮影が控えている。どのようなポージングが適切か、どう修正してもらうか、律は真剣に考えていた。
「そういえば聞きました?」
キッチンに移動した優希の声が、洋室にまで届く。優希は紅茶の葉とお湯を、ポットに入れて蒸らしていた。
「Candyのヤエコちゃん、彼氏できたらしいっすよ」
Platinum CandyはPlatinum系列のレズビアン専用デリヘルだ。金額設定は高めだが、質のいい女性がそろっている。
その中でもヤエコは出勤率が高く、評判のいい人気嬢だ。
パソコンの画面を見すえるメイコが、マウスを動かしながら気だるげに返す。
「あーそういえば、ヤエコちゃんって男もオッケーだったっけ?」
「はい」
優希はカップに紅茶を注ぐ。湯気とともに、香りが立ち込めていた。
「しっかり者のヤエコちゃんが、めっちゃのろけてたんですよ。写真まで見せちゃって。よっぽど嬉しいんでしょうねぇ」
最初についだカップを律の元へ運び、ローテーブルに置く。律は二人の会話に入ろうとはせず、他の女性のプロフィールを確認していた。
キッチンに戻った優希は、二人分のカップを持ってメイコのもとへ向かう。
「ここに置きますね、メイコさん」
パソコンから少し離れた場所にカップを置き、立ったまま自身のカップに口をつけた。
作業を切り上げたメイコは、腕を上げて背伸びする。息を吐くと同時におろし、優希を見上げた。
「ってことは、ヤエコちゃん。近いうちに辞めるとか言いだしちゃうかな?」
「ああ……確かに。店としては残っててほしいですけどね」
肩を回すメイコが間延びした声を出す。
「ヤエコちゃんはエースだからね~。でもこの業界、辞めるのを止めるのも野暮だしな~」
「不思議ですよね、この業界」
「ん~?」
優希はちびちびと飲みながら続けた。
「男ができたから辞める子もいれば、男のために働く子もいるし、男に無理やり働かされるような子も、いるじゃないですか」
メイコが優希を見上げ、ほほ笑む。腰を上げてカップを取り、イスに座りなおした。
「確かに、そうだね。優希くんはどう? 自分の彼女が風俗嬢だったら」
んー、と考え込んだ優希は首を振った。
「俺、彼女いたことないからわかんないす」
「あ~……そうだったねぇ」
「でも、メンタルぶっこわれてまで他人のために体を売るのは、理解できないかも。いわゆるホス狂、とか」
「まあ、ねえ……」
メイコの視線が気まずそうに洋室へ向く。
とうの律は、二人の会話を聞き流しながら画面を見つめていた。確認作業を終えるとノートパソコンを閉じ、カップを手に取る。
律のことを気にするそぶりも見せない優希は、平然と続けた。
「まあ、うちにはそういう子、いないですけどね。アイドルとか歌劇団ファンの子はいるけど。ホストとかメン地下にハマってる子はとらないようにしてるでしょ?」
「うん。そういう方針だからね。例外もあるけど」
メイコは薄い笑みを浮かべ、湯気の立つ紅茶を見下ろす。
「稼いだお金は、自分の幸せに使ってほしいっていうのがウチのモットーだから。誰かのために風俗で働くことが悪いわけじゃないけど……結局、人の気持ちは、お金では買えないからさ」
「……ですね」
リビングはしんみりとした空気に満たされる。洋室も静かだ。
律は湯気のたつ紅茶に、おそるおそる口をつけ、すする。ほどよく熱い紅茶は、甘さのないシンプルな味だ。酒にまみれた体によく染みた。
律にとっての適温ではないので、すぐにテーブルに戻す。熱いのは、好みではない。
「……で、こうすると、ここで顧客管理ができるようになるんで」
部長のデスクに座り、となりのパソコンの画面を指さしながら続ける。
「たとえば女の子がブラックにしてる客だったら、ここに追加の情報として書き込むと、すぐに把握できるようになります」
真剣に画面を見つめるメイコがうなずき、キーボードで操作していく。
「なるほど、こうね」
「はい。簡単でしょ?」
深夜を過ぎた今、客からの依頼は落ち着いている。そのあいだ、若い優希が先輩のメイコに、新しく導入した管理ソフトの使い方を教えていた。
画面をずっと見ていたメイコが、疲れたようにため息をつく。
「意外と覚えることが多いのねぇ」
いつもおろしている髪を後ろで結び、前髪をとめていた。眉間にしわがよったまま、固まっている。
「わからなかったらまた教えるので大丈夫っすよ」
長いこと説明していた優希だが、底抜けに明るく笑っていた。メイコに顔を向けたまま腰を上げる。
「休憩します? あったかいお茶いれますね」
「ありがとう優希くん」
デスクを離れ、引き戸が開きっぱなしの洋室へ向かう。手前で立ち止まり、中に声を放った。
「社長も飲みますよね?」
洋室のソファに座るのは律だ。ローテーブルにノートパソコンを置き、前のめりに画面を見つめている。
歓楽街が誇るナンバーワンホストは、デリヘル会社の社長でもあった。アフターも枕も、しないのではなくできないのだ。
「ん、ありがと。新人さんのプロフィールちょっと変えるから確認しといて」
「はーい」
優希が離れていくと、律はキーボードをたたき始める。
律が見すえる画面に映るのは、メイコが面接した新人女性の紹介ページだ。
優希が作った仮のプロフィール内容に、男性が喜びそうな紹介文を付け加え、保存する。
次に、プロフィール画像を全体で表示させた。待機部屋でスタッフが撮ったものだ。
イスに座って足をななめに流すポージング。いかにも業界に入りたての新人、といった印象を与えている。顔にモザイクがかけられても、真面目で硬い雰囲気を隠せていない。
彼女には後日、プロのカメラマンによる撮影が控えている。どのようなポージングが適切か、どう修正してもらうか、律は真剣に考えていた。
「そういえば聞きました?」
キッチンに移動した優希の声が、洋室にまで届く。優希は紅茶の葉とお湯を、ポットに入れて蒸らしていた。
「Candyのヤエコちゃん、彼氏できたらしいっすよ」
Platinum CandyはPlatinum系列のレズビアン専用デリヘルだ。金額設定は高めだが、質のいい女性がそろっている。
その中でもヤエコは出勤率が高く、評判のいい人気嬢だ。
パソコンの画面を見すえるメイコが、マウスを動かしながら気だるげに返す。
「あーそういえば、ヤエコちゃんって男もオッケーだったっけ?」
「はい」
優希はカップに紅茶を注ぐ。湯気とともに、香りが立ち込めていた。
「しっかり者のヤエコちゃんが、めっちゃのろけてたんですよ。写真まで見せちゃって。よっぽど嬉しいんでしょうねぇ」
最初についだカップを律の元へ運び、ローテーブルに置く。律は二人の会話に入ろうとはせず、他の女性のプロフィールを確認していた。
キッチンに戻った優希は、二人分のカップを持ってメイコのもとへ向かう。
「ここに置きますね、メイコさん」
パソコンから少し離れた場所にカップを置き、立ったまま自身のカップに口をつけた。
作業を切り上げたメイコは、腕を上げて背伸びする。息を吐くと同時におろし、優希を見上げた。
「ってことは、ヤエコちゃん。近いうちに辞めるとか言いだしちゃうかな?」
「ああ……確かに。店としては残っててほしいですけどね」
肩を回すメイコが間延びした声を出す。
「ヤエコちゃんはエースだからね~。でもこの業界、辞めるのを止めるのも野暮だしな~」
「不思議ですよね、この業界」
「ん~?」
優希はちびちびと飲みながら続けた。
「男ができたから辞める子もいれば、男のために働く子もいるし、男に無理やり働かされるような子も、いるじゃないですか」
メイコが優希を見上げ、ほほ笑む。腰を上げてカップを取り、イスに座りなおした。
「確かに、そうだね。優希くんはどう? 自分の彼女が風俗嬢だったら」
んー、と考え込んだ優希は首を振った。
「俺、彼女いたことないからわかんないす」
「あ~……そうだったねぇ」
「でも、メンタルぶっこわれてまで他人のために体を売るのは、理解できないかも。いわゆるホス狂、とか」
「まあ、ねえ……」
メイコの視線が気まずそうに洋室へ向く。
とうの律は、二人の会話を聞き流しながら画面を見つめていた。確認作業を終えるとノートパソコンを閉じ、カップを手に取る。
律のことを気にするそぶりも見せない優希は、平然と続けた。
「まあ、うちにはそういう子、いないですけどね。アイドルとか歌劇団ファンの子はいるけど。ホストとかメン地下にハマってる子はとらないようにしてるでしょ?」
「うん。そういう方針だからね。例外もあるけど」
メイコは薄い笑みを浮かべ、湯気の立つ紅茶を見下ろす。
「稼いだお金は、自分の幸せに使ってほしいっていうのがウチのモットーだから。誰かのために風俗で働くことが悪いわけじゃないけど……結局、人の気持ちは、お金では買えないからさ」
「……ですね」
リビングはしんみりとした空気に満たされる。洋室も静かだ。
律は湯気のたつ紅茶に、おそるおそる口をつけ、すする。ほどよく熱い紅茶は、甘さのないシンプルな味だ。酒にまみれた体によく染みた。
律にとっての適温ではないので、すぐにテーブルに戻す。熱いのは、好みではない。
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